「顧客の声」を聞いても、イノベーションが生まれない理由
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「もし顧客に何が欲しいかと聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えただろう」
ヘンリー・フォードの言葉として、新規事業の会議でよく引かれる一節です。IDEOのティム・ブラウン氏も『デザイン思考が世界を変える』で、この言葉を引用しています。
ところが、フォード本人がこう言った記録は見つかっていません。名言の出典を調べるサイト Quote Investigator によると、フォードの言葉として直接書かれた最も古い例は、2001年に英国の業界誌に載った読者の投書です。フォードは1947年に亡くなっています。
「顧客に聞いても未来は分からない」という主張を支えてきた名言は、誰も確かめていなかったわけです。
では、顧客の声を聞けばイノベーションは生まれるのか。研究を追うと、答えは「誰の声を聞くか」で大きく変わります。
主要顧客の声は、いまの延長線上の改良を正確に指す
クレイトン・クリステンセン氏の『イノベーションのジレンマ』は、顧客の声を聞いて負けた会社の記録として読まれがちです。
たとえばハードディスクのシーゲイトは、3.5インチの小型ドライブを試作していました。ところが主要顧客のPCメーカーに見せても関心は薄く、本格的な参入が遅れます。顧客が求めていたのは、いまのPCに載せる大容量のドライブでした。
ただ、クリステンセン氏は「顧客の声を聞くな」とは言っていません。既存製品の性能を上げる改良(持続的イノベーション)では、主要顧客の声は正確な羅針盤になります。
外れるのは、最初は性能で劣るものの、小さい、安い、手軽といった別の価値で新しい市場を作る技術が現れたときです。主要顧客はいまの物差しで評価するので、その価値に反応しません。
声の中身が間違っているわけではありません。いまの物差しで最も満たされている人に聞けば、答えがいまの延長線上に集まるのは当然です。
この理論には異論もあります。経営学者のアンドリュー・キング氏らは2015年、クリステンセン氏らが著書で挙げた77の事例を79人の業界専門家に評価してもらい、理論の4つの条件をすべて満たしたのは7事例ほどだったと報告しました。調べ方への反論も出ています。
「顧客の声に従った会社は負ける」という法則として読むのは、行き過ぎです。
未来のニーズを先に抱えている人は、市場の端にいる
では、いまの物差しの外にある声は、どこで拾えるのか。
MITのエリック・フォン・ヒッペル氏は1986年、「リードユーザー」という考え方を示しました。市場全体がいずれ直面するニーズを、数か月から数年先に抱えている利用者のことです。解決できれば大きな得をするので、自分で解決策を作り始めていることも多い。
この方法を3Mで確かめた研究があります。ゲイリー・リリエン氏らが2002年に発表した論文で、3Mの5つの事業部が同じ時期に予算をつけた新製品案を比べました。リードユーザー法から生まれた案が5件、従来の方法から生まれた案が42件です。
5年後の年間売上の予測は、リードユーザー法の案が平均1億4,600万ドル、従来の案が平均1,800万ドルでした。8倍の差です。予測値は、3Mの過去の予測誤差をもとに25%割り引いた控えめな数字です。
中身も違いました。リードユーザー法の5件はすべて事業部の柱になる新製品ラインと評価され、従来の42件のうちそう評価されたのは1件だけでした。
話の聞き方が面白いのです。手術に伴う感染症を防ぐ方法を探したチームは、病院の中だけを回りませんでした。
一流の獣医外科医と、皮膚に素材を貼りつける技術に通じた舞台の特殊メイクの専門家。こうした人たちの知見を組み合わせて、新しい製品コンセプトを作っています。同じ問題をもっと厳しい条件で抱える人は、しばしば別の業界にいるわけです。
ただし限界もあります。比べたのは5件と42件で、無作為に割り振った実験ではありません。売上も実績ではなく予測です。手間もかかり、予算がついた案1件あたりの作業は平均154人日と、従来の方法の60人日の2倍を超えていました。
顧客はすでに作っている。ただ、ほとんど知られていない
リードユーザーは、企業の研究者や専門家だけではありません。
フォン・ヒッペル氏は、神戸大学の小川進さんらと、一般の消費者が自分で製品を作ったり改造したりしているかを、英国、米国、日本で調べています。
2011年に発表された結果では、過去3年間に余暇で、市場にまだない製品を自作または改造した人は、日本の成人の3.7%でした(回答者2,000人)。仕事での開発や、市販品と同じものを作った例は除いています。人数に直すと約390万人です。
論文には、日本の回答者の例も載っています。プラスチック容器に穴を開け、輪ゴムと小さな板で内側の圧力を調整して、電子レンジで炊けるご飯を他の熱源で炊いたのと同じくらいおいしくした人。脳卒中で手足が不自由になった母親のために、袖の下を切り開いてテープで開け閉めできるようにし、車椅子のまま着られる上着を作った人。
どちらも、既製品に満足できなかった人が、自分の手で先にニーズを形にした例です。
私が驚いたのは、その先の数字でした。日本の消費者が作ったもののうち、他の人や企業に採用されたのは5%。知的財産権で守った人は0%です。
市場の外側では、「顧客の声」より先に「顧客の試作品」が生まれています。そして、そのほとんどが誰にも拾われずに眠っている。
ブラウン氏が『デザイン思考が世界を変える』で、平均的な顧客より両端にいる「極端な利用者」を観察するよう勧めるのも、同じ方向の話です。キッチン用品メーカーのチリス社の仕事では、缶切りに苦労する7歳の少女や、プロの料理人を観察して道具を設計しています。
顧客の声を、聞く相手ごとに使い分ける
ここまでの話を、よくある誤解と対にしておきます。
誤解:顧客の声を聞くほど、イノベーションから遠ざかる → 主要顧客の声は、既存製品を改良するときには今も最も確かな情報源です。捨てる理由はありません。
正しいアプローチ:聞く相手と、聞く目的を分ける → 改良の優先順位は主要顧客に聞きます。新しい市場の手がかりは、自分で工夫している人や、同じ問題を極端な形で抱える人から探します。
明日からできることを3つに絞ります。
1つ目は、5分でできます。自社製品の名前と「改造」「自作」「代わりに」を組み合わせて、レビューやSNSを検索してみてください。たとえば文具メーカーなら、既製品に手を加えて使っている投稿が見つかるかもしれません。それは、誰かが先に作った試作品です。
2つ目は、顧客インタビューの問いを変えることです。「何が欲しいですか」と聞くと、答えはいまの製品の延長になりやすい。「その作業を、いまどうやってしのいでいますか」と聞くと、工夫や我慢が出てきます。
3つ目は、同じ問題を極端な形で抱える別業界の人を1人探すことです。たとえば精密部品の梱包材を作っているなら、美術品を運ぶ輸送業者に話を聞く。3Mのチームが獣医や特殊メイクの専門家を訪ねたのと同じ発想です。
おわりに
フォードの名言が作り話だったとしても、「もっと速い馬」という答えには、移動を速くしたいというニーズがはっきり含まれています。
足りなかったのは声を聞く姿勢より、声を拾う相手の幅でした。
次の顧客調査では、いつもの主要顧客のリストに、自分で何かを作っている人を1人だけ足してみてください。
この記事で参考にした本
『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン → 主要顧客の声が持続的な改良では羅針盤になり、別の価値で市場を作る技術の前では判断を誤らせるという区別
『デザイン思考が世界を変える』ティム・ブラウン → 平均的な顧客より、両端にいる「極端な利用者」を観察するという方法
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