「顧客の声を聞こう」「ファンを育てよう」。
正しそうなこの2つを、芹澤連さんは静かにひっくり返します。事業を伸ばすのは、あなたの商品を「買わない人」のほうだ、と。
本書が主役にするのは、まったく買わないノンユーザーや、年に1〜2回しか買わないライトユーザー。著者はこれを「未顧客」と呼びます。購買データに表れず、企業からは顔が見えない。けれど市場の大半を占める、この見えない多数派をどう動かすか。理論と実践の両方を詰め込んだ一冊です。
こんな人におすすめ
- ファン育成や既存顧客向けの施策が、なんとなく頭打ちになっている人
- ペルソナやSTP戦略を作っても、新規顧客の獲得につながらない人
- 「いい商品なのに売れない」「客がわかってくれない」と感じている人
- データを見ているのに、市場が広がらないと悩むマーケター
この本の核心――成長を決めるのは「浸透率」だった
まず著者は、私たちが信じてきた常識を統計で崩しにきます。
中心にあるのがダブルジョパディの法則です。日本語だと「二重苦の法則」。シェアが低いブランドは、そもそも買ってくれる人(顧客数)が少なく、しかもその少ない人たちの購買頻度(ロイヤルティ)も低い、という統計的な事実です。二重に苦しい。
ここから導かれる結論が、けっこう衝撃的です。ブランドの成長を決めるのは、ロイヤルティではなく浸透率――つまり「何人に買われたか」のほう。ロイヤルティは浸透率に伴って後からついてくる補助的な指標にすぎない。
なぜそうなるのか。負の二項分布(NBD)というモデルが説明します。どんなカテゴリーでも、購買回数を横軸にグラフを描くと逆J字型になる。何度も買うヘビーユーザーは極端に少なく、年に1〜2回のライトユーザーが大多数を占めます。
ヘビーユーザーはもともと数が少なく、これ以上買わせるのは難しい。だとすれば、伸ばせるのは「購入回数ゼロ」の層に「新しく1回」買ってもらうことしかない。だから未顧客が宝になる、というわけです。
「離反率を5%改善すれば利益が大幅に増える」という有名な説にも、著者は注意を促します。パーセントとパーセントポイントの取り違えによる誤解である場合が多い、と。ファン重視のセオリーは、思っているほど盤石ではないのです。
昼は我慢、夜は食べる。これは不合理ではない
では、なぜ未顧客は買わないのか。著者の答えは明快です。彼らにとって、買わないことが合理的だから。
ここで本書最大のキーワード、顧客の合理が登場します。
消費者は常に合理的です。
不合理に見えるのは、私たちがマーケター自身の枠組み(企業の合理)で顧客を裁いているから。立場を変えれば、相手の行動はちゃんと筋が通っています。
本書の名物事例が、チーズケーキの話です。あるビジネスマンは、昼間は「太るから」と甘いチーズケーキを我慢します。なのに夜の帰宅時には、アイスとワインを買ってしまう。矛盾しているように見える。
でも、本人の中では一貫しています。仕事中心の昼間は健康を優先する。夜は「1日をちゃんと締めくくる充実感」という報酬が欲しい。文脈が違えば、同じ甘いものでも意味が変わる。
この行動の裏側を、著者は3つの言葉で読み解きます。何かをしたいという欲求。それを抑え込む抑圧(昼の「太りたくない」)。行動の先に待つ報酬(夜の「締めくくる充実感」)。この3点が見えれば、不合理は合理に変わります。
ちなみに、なぜ買ったかを本人に直接聞いてはいけない、とも著者は言います。人には選択盲という性質があり、自分の行動に合わせて理由を後から作ってしまうからです。聞くべきは理由ではなく、行動の前後にある事実。ここは調査の落とし穴として重要です。
「お風呂嫌いの子供」が教える、再解釈の技術
顧客の合理がわかったら、次は動かす番です。その技術がブランドの再解釈。
未顧客はブランドが嫌いなのではなく、自分の生活の中にそのブランドの「入り口」がないだけ。だから著者は、ブランドの「ターゲット」「ベネフィット」「ポジショニング」を、未顧客の文脈に合わせて翻訳し直すことを勧めます。
たとえ話が秀逸です。お風呂が嫌いな子供にとって、お風呂は「楽しい遊びを中断させる嫌な作業」。これを変えるには、子供を説得するのではなく、お風呂の意味を変える。水鉄砲や泡立つシャンプーを用意して、「お風呂=水遊びの続き」へと再解釈する。すると子供は自分から入りたがる。
ここで重要なのがCEP(カテゴリーエントリーポイント)です。生活の中で「このブランドを使おう」と思い浮かぶ、きっかけのシーンやタイミングのこと。シェアの大きいブランドは、このCEPをたくさん持っています。
未顧客はそもそも無関心なので、入り口を生活の中に多数ばらまき、ブランドにたどり着く確率を上げる。著者はこれを「サイコロを振る回数を増やす」と表現します。考えさせず、手軽にたどり着ける状態(メンタル・フィジカルなアベイラビリティ)を作ることが、市場拡大の鍵になります。
未顧客理解の5原則
本書の骨格となるのが、5つの原則です。1つも飛ばさず押さえておきます。
1. 文脈が変われば、意味が変わり、価値も変わる 同じモノでも、置かれる文脈次第で価値は動く。再解釈という発想の土台です。
2. 未顧客は、本来戦うべき市場を見通す「レンズ」である 既存顧客だけを見ていると視野が狭まる。未顧客を見ることで、まだ開拓していない市場が見えてくる。
3. 行動の背後の「欲求・抑圧・報酬」から顧客の合理を理解する チーズケーキの男性のように、表面の矛盾の奥にある3点を読み解く。
4. 「ブランドの特徴」×「未顧客にとっての報酬」=文脈最適のベネフィット 機能をそのまま伝えるのではなく、報酬に掛け合わせて翻訳する。
5. モノの売り方ではなく、モノが使われる「行動の増やし方」を考える 売り込みではなく、使われる回数を増やす設計へ発想を移す。
このうち4つ目に出てきた製品特徴は、RTB(信じる根拠)として使います。「糖質オフ」という特徴は、それ単体で売るのではなく、「夜食べても罪悪感がない」というベネフィットを裏付ける証拠として置く、という考え方です。
オルタネイトモデル――顧客の頭の中をループで描く
5原則を実務に落とす道具が、オルタネイトモデルです。
未顧客の行動を、5つの要素のループとして書き出します。
- きっかけ:その行動が始まる引き金
- 欲求:何を求めているか
- 行動:実際に取っている行動
- 抑圧:その行動をためらわせる障害や我慢
- 報酬(罰):行動の結果として得られるもの
この背後で働いているのが随伴性という仕組みです。ある行動の後に良いこと(報酬)が起きれば、その行動は増える(強化)。悪いこと(罰・抑圧)が起きれば減る(弱化)。行動を条件づけるループ構造のことです。
だからやるべきは2つ。望ましい行動を邪魔している「抑圧」を取り除くこと。そして、行動を後押しする「報酬」と自社の特徴を掛け合わせ、新しいコンセプトを作ること。これが先ほどの4つ目の原則そのものです。
「S→T→P」ではなく「P→T→S」で考える
最後に、日本企業向けの実践的なヒントがあります。
従来のマーケティングは、市場を細分化し(S)、ターゲットを絞り(T)、立ち位置を決める(P)という順序でした。でも著者は、これにこだわらなくていいと言います。市場を狭めて獲得コストを上げてしまうからです。
代わりに提案するのが、逆順のP→T→S。自社プロダクトのどんな側面が価値になるか(P)から出発し、それが最も役立つ文脈や人(T)を探し、その市場規模(S)を逆算する。
プロダクトアウト(作り手の技術や思想を起点にするモノ作り)の文化が根強い日本企業にとって、この順序のほうが社内で受け入れられやすく、実用的だ、というわけです。著者はプロダクトアウトを否定せず、再解釈によって顧客価値へつなげる道を示しています。
明日から何を変えるか
1. ターゲットを「人」ではなく「文脈」で設定する 「30代健康志向の女性」というペルソナをいったん保留する。代わりに「仕事の合間にリフレッシュしたい時」のように、商品が使われる生活シーンをターゲットにしてみましょう。
2. 報酬と抑圧をセットで書き出す 自社商品を使った時の報酬(メリット)と、使うのをためらわせる抑圧(障害・我慢)を並べて書く。「美味しい、でもカロリーが高い」のように。抑圧を打ち消す提案が、次の広告メッセージになります。
3. 未顧客の「代わりの行動」を観察する 自社が買われていない時、顧客は何で代用しているか。筋トレ中の食事に悩む人が「仕方なくサラダチキン」を食べているなら、そこに「主食を楽しめる大豆フード」という提案が入り込む余地がある。これが便益競合を見つける視点です。
おわりに
読み終えて感じたのは、これは「説得をやめる本」だということでした。
私たちはつい、買わない人を「わかってくれない人」と見てしまう。もっと魅力を伝えれば、もっと差別化すれば振り向いてくれる、と。でも著者の立場は逆です。未顧客は細かい違いに気づかないし、考えたくもない。だから、こちらが彼らの生活に寄り添いに行く。
モノの売り方ではなく、モノが使われる行動の増やし方を考える。
買わない人の頭の中には、ちゃんとした理屈がある。その理屈の側に、ブランドのほうから歩み寄る。データに表れない多数派こそが、次の市場だと教えてくれる一冊です。
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顧客は商品を買っていない。『進歩』を買っている。 チーズケーキの男性のように「人は文脈の中で報酬を求めて行動する」という本書の核心を、コラム形式でやさしく噛み砕いた一本です。顧客の合理という発想にうなずいた人なら、すっと馴染みます。


