問題を解く前に、問いを疑え
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アインシュタインの言葉とされるフレーズがあります。
「世界を救うために1時間あるなら、55分を問題の定義に使い、5分で解く」
出典が曖昧なので、本人が本当にそう言ったかはわかりません。ただ、この比率──95%を「問い」に、5%を「答え」に──という感覚は、問題解決の核心を突いています。
私たちは、答えを急ぎすぎています。
「売上が下がった。どうすれば上がるか?」 「離職率が高い。どうすれば下がるか?」
この「どうすれば」に飛びつく瞬間、すでに問題の半分を見失っている可能性があります。
なぜ「答え」に飛びつくのか
正直に告白すると、私もずっと「答えを出す速さ」に価値があると思っていました。会議で素早く結論を出す。上司に「で、どうするの?」と聞かれて即答する。それが仕事ができる人だと。
でも、ある時気づいたんです。速く出した答えの多くが、半年後に「あれ、そもそも何を解こうとしてたんだっけ」になっていた。
これには構造的な理由があります。
細谷功さんは『問題解決のジレンマ』の中で、問題解決の能力が高い人ほど「問題発見」が苦手になるというジレンマを指摘しています。知識や経験が蓄積されるほど、「閉じた系」──つまり既存の枠組みの中で最適化する思考に引きずられる。
与えられた問いを素早く解くことに慣れた人は、問い自体を疑う発想を持ちにくい。これは能力の問題ではなく、思考の構造の問題です。
「既知の既知」(知っていること)と「既知の未知」(知らないと自覚していること)の中で戦うことには慣れている。でも「未知の未知」──知らないことすら気づいていない領域──には、意識が向かない。問題解決が上手い人ほど、自分の枠の中で精緻に考えてしまう。
オハイオ州立大学のポール・ナット氏の研究は、これを裏づけています。中規模以上の企業350社の意思決定プロセスを調査したところ、半数以上が望ましい結果を得られていませんでした。原因の多くは、時間的なプレッシャーから問題を多角的に検討することを怠ったことにあります。
つまり、問題を解くスピードではなく、問いの精度が成果を分けている。
「論点を研ぐ」という発想
では、良い問いはどうやって立てるのか。
戦略コンサルタントの則武譲二さんは、『論点を研ぐ』の中で興味深いアプローチを示しています。問題解決で最も重要かつ難しいのは「論点設定」であり、その核心は前提を疑うことにある、と。
具体的には、「3つの質問」を前提に投げかけます。
「漏れはないか?」 考えるべきなのに、考えられていない観点はないか。
「妥当か?」 他の見方や選択肢ではなく、本当にそれが正しいのか。
「あえて逆にしたら?」 あえて違う前提を置いてみると、何が見えるか。
たとえば、あるエネルギー企業のプロジェクトで「EV化が進むから内燃機関は終わる」という前提があった。ここに「あえて」の問いを投げたところ、EU以外の地域ではEV普及のインフラが整っておらず、市場がフラグメント化する可能性が見えてきた。結果として、当初の前提では見えなかった合成燃料という新しい選択肢が浮上しています。
問いを変えたら、答えが変わった。正確に言えば、答えの「土俵」自体が変わった。
これは特別なスキルではありません。「ずらし」と「逆張り」の微差の積み重ねが大差を生む、と則武さんは言います。大きな発想の転換ではなく、前提を少しずつ揺さぶる。その小さな疑いが、やがて論点を根本から再構築する力になる。
「何のために」を問い直すと、問題が消える
もう一つ、問いの質を根本から変えるアプローチがあります。
望月安迪さんの『目的ドリブンの思考法』では、あらゆる問題解決の起点は「何のために(Why)」にあると指摘しています。問題を解く前に、その問題がどんな目的に紐づいているかを確認する。
これ、当たり前に聞こえますよね。でも、実際にやれている人は驚くほど少ない。
ハーバード・ビジネス・レビューの2017年の記事「Are You Solving the Right Problems?」では、企業が問題の検討に十分な時間を割いていないと指摘しています。多くの組織が、問題を「与えられたもの」として受け取り、それを解くことに全力を注ぐ。でも本当は、問題の再定義(リフレーミング)にもっと時間を使うべきだ、と。
50年以上の研究が示すところによると、リフレーミングに長けた人は、より良い意思決定をし、より独創的なアイデアを生み、より充実したキャリアを送る傾向があるそうです。
私がこの話で一番しっくりきたのは、細谷さんの言う「Why型思考」です。5W1Hの中で「なぜ?」だけが、問題の上流──つまり、より本質的な目的──に遡れる。
喫茶店の競合は何か。「コーヒーを売る店」と答えれば、スタバやドトールしか出てこない。でも「なぜ客は来るのか」と問えば、「時間をつぶしたい」「静かに作業したい」が見える。競合はコンビニのイートインかもしれないし、スマホのアプリかもしれない。
問いの次元を一つ上げるだけで、見える風景がまったく違う。
望月さんはこれを「バックキャスト思考」と呼んでいます。過去の延長線上で考える「バックミラー思考」ではなく、望む未来から逆算する。目的を先に決めて、そこから問いを設計する。VUCA時代に過去の成功パターンを当てはめても、うまくいかないのは当然です。前提そのものが変わっているのだから。
「問い直す」を実務に持ち込む
ここまで読んで、「理屈はわかった、で、明日からどうすればいいのか」と思った方もいるはずです。
誤解:問題が出てきたら、すぐに原因分析に入る → 分析の前に、30秒だけ「この問いは正しいか?」と自分に聞いてみてください。紙に書いてある問いをそのまま解こうとしていないか。上司から降りてきた課題を、額面どおりに受け取っていないか。それだけで、解くべき問題が変わることがあります。
誤解:データを集めれば、正しい問いが見つかる → データは問いに従います。問いが間違っていれば、どれだけデータを集めても間違った答えが精緻になるだけです。則武さんの言葉を借りれば、まず「前提を自覚する」こと。自分が何を当然と思い込んでいるかを書き出す。書き出すだけで、疑うべきポイントが見えてきます。
誤解:問いを考えている暇があったら、まず動くべき → これが一番多い誤解かもしれません。「考えすぎるな、まず行動しろ」は、問いが正しいときだけ有効です。問いがズレたまま走ると、走った距離がそのまま無駄になる。正しい問いの設定に15分使えば、その後の3時間を節約できることは珍しくありません。
問いの質が、仕事の質を決めている
私たちは「正解のない時代」と言われる環境にいます。でも実は、問題はそこではありません。正解がないのではなく、問い自体が間違っているケースのほうがずっと多い。
良い問いを立てる力は、良い答えを出す力を凌駕します。
なぜなら、答えは問いに従うから。問いが変われば、見える世界が変わる。見える世界が変われば、出てくる答えが変わる。
明日の仕事で、一つだけ試してみてください。
いつもの「どうすれば?」を、「そもそも何を解こうとしているのか?」に置き換える。
それだけで十分です。
この記事で参考にした本
『論点を研ぐ』則武譲二 → 前提を疑い、問いを立て直す5ステップの実践的手法
『問題解決のジレンマ』細谷功 → 問題解決力が問題発見を妨げるという逆説的な構造の解明
『目的ドリブンの思考法』望月安迪 → 「何のために」を起点にした逆算型の問題設定アプローチ
合わせて読みたい
『論点を研ぐ』── 前提を疑うと、停滞が動き出す 「問いを疑え」の実践編。問題解決で行き詰まったとき、前提の問い直しがどうブレークスルーを生むかを具体的なケースで解説しています。
『問題解決のジレンマ』── 知識が発見を妨げる逆説 なぜ優秀な人ほど「正しい問い」を見落とすのか。知識と問題発見の構造的な対立関係を理解するのに最適です。
『目的ドリブンの思考法』── 「何のために」から始める問題解決 問いの精度を上げるもう一つのアプローチ。目的から逆算する思考法は、問いの再定義と相性抜群です。