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ブクドリ | BOOK DRIP

去年うまくいったやり方が、今年は通用しない理由

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約7分で読めます 戦略・経営・事業
目次

1970年代のはじめ、米国のタイヤ業界の頂点にいたのはファイアストンでした。創業から70年、成長が一度も途切れなかった会社です。

そこへフランスのミシュランが、ラジアルタイヤを米国に持ち込みます。従来のバイアスタイヤより安全で、長持ちし、経済的でした。1972年にはフォードが、新車すべてにラジアルを採用すると表明します。

ファイアストンは、この変化を見落としていません。欧州の事業でラジアルが一気に広がるのを目の当たりにし、米国でも普及するという予測も立てていました。そして素早く動きます。4億ドル近くをラジアルの生産に投じ、専用の新工場も建てました。

それでも1979年、工場の稼働率は59%まで落ち、売れ残りを置くために倉庫を借り、リコールも重なって、国内のタイヤ事業は2億ドルを超える現金を失っていました。1988年、同社はブリヂストンに買収されます。

変化に気づき、投資もした会社が、なぜ負けたのか。経営学者のドナルド・サル氏の答えは、「動き方が、成功していたころのままだったから」です。

成功した会社は、止まらずに「加速」する

サル氏は1999年のHarvard Business Review誌の論文で、この状態を「アクティブ・イナーシャ(能動的な慣性)」と名づけました。物理の慣性は、止まっている物体が止まり続けることだけでなく、動いている物体が同じ軌道を進み続けることも指します。

成功した会社は、環境が変わると何もしなくなるわけではありません。かつて自分を勝たせた活動を、さらに速く回し始めます。穴から抜け出そうとして、同じ穴を深く掘ってしまうわけです。

ファイアストンの場合、サル氏が挙げる具体的な症状はこうです。

まず、ラジアルを既存の工程の手直しだけで作ろうとし、製造と品質の問題を抱えました。設備投資は現場の工場長の提案を積み上げて決める仕組みで、自分の工場を閉鎖候補に差し出す工場長はいません。要らない生産能力への投資が続きました。

ラジアルはバイアスの2倍長持ちするので、米国のタイヤ販売は頭打ちになりつつありました。それでもCEOは需要が伸び続けるという前提を手放さず、工場を閉じる必要はないと取締役会に説明しています。

採用と昇進も、同じ型の人を再生産していました。1972年時点で、経営陣は全員が生え抜きで、3分の2がアクロン生まれ、3分の1は父親も同社の幹部でした。

サル氏はこれを4つの型にまとめています。戦略の枠組みが目隠しになる。業務の手順が惰性のルーティンになる。顧客や社員との関係が足かせになる。価値観が教条になる。どれも、もとは成功を支えた資産です。

同じオハイオ州アクロンに本社を置くグッドイヤーは、ラジアルへの移行を乗り切りました。移行を率いたCEOのチャールズ・ピリオド氏は、トップに就くまでの31年のうち29年を国際部門で過ごし、欧州でラジアルが広がる様子を見ていた人物です。会社の伝統を知りながら、それを外から眺められる立場にいました。

2社の差は、情報の量ではありません。成功した会社で問題になるのは、変化に気づいたあとの対応が、過去の成功の型を通ってしまうことです。

成功が大きいほど、やり方は変わらない

これは一社の不運なのか。ピーノ・アウディア氏、エドウィン・ロック氏、ケン・スミス氏は、規制緩和という大きな環境変化を経験した米国の航空業界とトラック運送業界の記録を、10年にわたって分析しました(2000年、Academy of Management Journal誌)。

結果は直感に反するものでした。変化の前に成功していた会社ほど、変化のあとも戦略を変えず、その固執が業績の低下を招いていたのです。

3人は実験室での研究も行い、成功した側で何が起きているのかを確かめています。成功した人ほど、過去の成果に満足し、今の戦略が正しいという確信を強め、目標と自信を高め、ほかのやり方についての情報をあまり探さなくなりました。どれも、ふだんなら好ましいとされる心理です。

仕組みの面から、この現象に名前を付けた研究者もいます。組織学習の研究で知られるバーバラ・レヴィット氏とジェームズ・マーチ氏は、1988年の論文でこれを「コンピテンシー・トラップ(能力の罠)」と呼びました。

劣ったやり方でも良い成績が出ると、組織はそのやり方の経験をさらに積む。その結果、より優れたやり方の経験が足りないまま、使っても得にならない状態が続く、という罠です。

たとえば、10年かけて磨いた展示会営業と、始めたばかりのウェブ集客を比べるとします。今年の数字だけ見れば、展示会が勝つのは当然です。経験の差がそのまま成績の差に出るからです。この比較を毎年繰り返すと、ウェブ集客はいつまでも育ちません。

入山章栄さんは『世界の経営学者はいま何を考えているのか』で、この罠を「知の深化」と「知の探索」の偏りとして紹介しています。当面の事業が成功するほど、手元の知を深める活動に偏り、新しい知を探す活動を怠るようになる。

入山さんによれば、これは経営者の認識不足というより、組織にもともと備わった傾向です。個人の心がけだけでは防げないので、仕組みで手当てする必要があります。

成功からは、学んだつもりで学べていない

もう一つ厄介なことに、成功はそもそも学びにくい経験です。

ピーター・マドセン氏とヴィニット・デサイ氏は、世界の人工衛星打ち上げロケットの記録を使い、組織が成功と失敗のどちらからよく学ぶかを調べました(2010年、Academy of Management Journal誌)。

組織は成功より失敗から効果的に学んでいました。しかも、成功から得た知識は、失敗から得た知識より早く薄れていました。私の解釈では、失敗には原因の調査が入りやすい一方、成功は「なぜうまくいったのか」を問われないまま次の案件に流れていくからだと考えています。

では、成功も振り返れば学べるのか。テルアビブ大学のシュムエル・エリス氏とインバル・ダヴィディ氏は、イスラエル国防軍の地図読み訓練でこれを試しました(2005年、Journal of Applied Psychology誌)。

訓練日ごとの振り返りで、失敗だけを検討する従来のやり方と、成功と失敗の両方を検討するやり方を比べたところ、後者のグループの成績がはっきり伸びました。

興味深いのは、振り返りを変える前の段階では、どちらのグループでも、失敗した場面の理解のほうが成功した場面の理解より細かかったことです。成功の理解が粗いという差は、成功も振り返るうちに少しずつ縮まりました。

熊平美香さんは『リフレクション』で、振り返らずに結果を出し続けるリーダーのリスクを2つ挙げています。成功の理由を説明できないので、他人に伝えられないこと。そして、過去の成功体験にしがみつき、環境の変化に対応できなくなることです。

熊平さんによれば、行動を変えられないとき、その裏には「このやり方を続けたほうがいい」という、過去の成功から生まれた持論があります。成功を振り返らないと、この持論は言葉にならないまま判断を動かし続けます。

去年の計画を開く前に、やること

誤解:うまくいった施策は、そのまま繰り返せばいい → 航空業界とトラック運送業界の研究が示すように、成功が大きいほど、やり方を変える力は弱まります。成功した施策ほど、見直しの対象から外れやすいのです。

正しいアプローチ:去年の成功を「条件つきの仮説」に書き直す → たとえば「去年の展示会で受注が伸びた」を、「競合が出展を控え、新製品の発表時期と重なり、ベテランが担当したので受注が伸びた」と書き直します。そのうえで、各条件が今年も成り立つかを1つずつ確かめます。

入山さんも同書で、不確実な事業の計画は、仮定を洗い出して常にチェックするためのものだと紹介しています。去年の計画書の冒頭に、成功の前提を3行書き足すだけなら、5分で済みます。

誤解:振り返りは、失敗したときにやるもの → 失敗には、たいてい原因の検証が入ります。検証されないまま次に持ち越されやすいのは、成功のほうです。

正しいアプローチ:うまくいった案件にも、15分の振り返りを入れる → 問うのは「何が効いたか」「それは自分たちの実力か、たまたまの条件か」の2点です。案件が終わった週のうちに、定例会議の最後の15分を使えば始められます。

正しいアプローチ:「何をすべきか」の前に「何が邪魔をするか」を問う → サル氏の提案です。変化への対応策を決める前に、予算の決め方、評価の基準、長年の取引先との関係のうち、どれが新しい動きを古い型に引き戻しそうかを書き出します。ファイアストンの工場長たちは怠けていたわけではありません。設備投資の仕組みが、閉鎖の提案を出させなかったのです。

おわりに

ファイアストンとグッドイヤーは、同じ街で、同じラジアルの情報を手にしていました。分かれ目になったのは、その情報を過去の成功の型に流し込んだか、型そのものを疑ったかです。

去年の成功は、去年の条件とセットで保存しておく。来年の計画を立てるとき、条件のほうが先に古くなっていることに気づけます。


この記事で参考にした本

『世界の経営学者はいま何を考えているのか』入山章栄さん → 成功するほど「知の深化」に偏り「知の探索」を怠るコンピテンシー・トラップは、経営者の認識より組織に内在する問題だという視点

『リフレクション』熊平美香さん → 成功も失敗も振り返り、過去の成功から生まれた持論を言葉にして問い直す方法


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