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ブクドリ | BOOK DRIP

「せっかくここまで来たんだから」をやめられない、本当の理由

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約7分で読めます 思考法・問題解決
目次

定価で年間チケットを買った人ほど、劇場によく通う。ただし、その差は半年で消えました。

1982年、心理学者のハル・アークス氏とキャサリン・ブルーマー氏は、オハイオ大学の劇場で年間チケットを買いに来た最初の約60人に、無作為に3種類の値段で売りました。定価の15ドル、2ドル引き、7ドル引きです。

シーズン前半の5公演で、定価組は平均4.11回足を運びました。割引組は3.32回と3.29回です。差は1回に届きません。ところが後半の5公演では、差がはっきりしなくなりました。

払ったお金は人を動かします。ただ、その力は思われているほど強くも、長続きもしないようです。では、「せっかくここまで来たんだから」と私たちを引き留めているのは何なのでしょうか。

「払ったから続ける」は実在するが、効き目は小さい

すでに払って取り戻せない費用を「サンクコスト(埋没費用)」と呼びます。それに引きずられて続けてしまう傾向が、サンクコスト効果です。

この効果は、心理学の大規模な追試で確かめられています。2014年の「Many Labs」は、36の研究チームが同じ実験を一斉にやり直した共同プロジェクトです。6,000人を超える参加者に、次の場面を想像してもらいました。

凍えるほど寒い日に、応援するチームの大事な試合がある。チケットを自分で買った場合と、無料でもらった場合で、行く気はどれだけ違うか。

全体では、買った人のほうが行く気は強く、効果は再現されました。ただし大きさは、効果量(差の大きさを示す指標)で0.27。心理学の目安では「小さい」部類です。36のチームのうち、単独で統計的に意味のある差を出せたのは半数でした。

2015年には、ドイツの研究者ステファン・ロート氏らが約100の結果を統合したメタ分析を発表しています。平均すると効果は確かにありましたが、研究ごとの大きさのばらつきが大きく、ほとんどが「もしあなたなら」と尋ねる架空の場面を使った実験でした。

このメタ分析には、見逃せない結果が2つあります。経済学の知識がある人でも効果は弱まらなかったこと。そして観劇のような「使うかどうか」の判断では、支払いから時間がたつほど効果が薄れていたことです。冒頭の劇場で、後半に差が消えたこととも合います。

アークス氏らは1999年の論文で、幼い子どもは大人よりこの誤りを犯しにくいと報告し、原因を「もったいないことをするな」という規則の当てはめすぎに求めました。無駄を戒める教えが、取り戻せない費用にまで広がってしまう、という見方です。

人を引き留めるのは「自分が決めた」と「あと少し」

お金の効き目は小さい。それなのに、なぜ「やめられない」はこれほど身近なのでしょうか。手がかりになるのが、組織の意思決定を調べた研究です。

1976年、組織心理学者のバリー・ストー氏は、イリノイ大学の経営学部生240人に、架空の会社の財務担当役員を演じてもらいました。まず研究開発費1,000万ドルを、2つの事業部のどちらかに投じます。5年後、選んだ事業部は業績が落ち込み、選ばなかったほうは回復していた、という結果を見せます。

そのうえで、追加の2,000万ドルを2つの事業部に配分させました。自分で最初に選んだ学生は、落ち込んだ事業部に平均1,307万ドルをつぎ込みました。3分の2近くです。

比較のため、「前任者が選んだ」と説明された学生にも同じ判断をさせています。彼らが同じ事業部に回した額は、業績の良し悪しにかかわらず800万〜900万ドル台でした。自分で選んで成功した学生も、ほぼ同じ水準です。突出して多く注ぎ込んだのは、自分で選んで失敗した学生だけでした。ストー氏はこれを、自分の過去の判断を正しかったことにしたい「自己正当化」で説明しました。

もう1つの力は、ゴールまでの近さです。

1993年、経営学者のドナルド・コンロン氏とハワード・ガーランド氏は、それまでの実験に混ざっていた2つの情報を切り分けました。「予算のうちいくら使ったか」と「開発が何%進んだか」です。

経営学部生582人の実験で、追加の100万ドルを出すかどうかを左右したのは、進み具合のほうでした。226人で行った2回目の実験でも、90%完成と聞いた人が追加に応じる見込みは平均58%、10%完成と聞いた人は40%でした。使った金額による差は、どちらの実験でも見られませんでした。

2012年に発表された、この分野の研究をまとめたメタ分析も同じ方向を示しています。本人が最初の決定に責任を負っていることの影響は、54件の結果で安定して確認されました。一方で、進み具合の情報と切り離して調べたサンクコストの効果は、ゼロの可能性を否定できませんでした。

「せっかくここまで来たんだから」という言葉を、もう一度見てください。語っているのは、払った額ではなく道のりです。

しかも、たいていは自分で選んだ道です。自分で決めたことと、ゴールが近いこと。この2つが、払った金額より強く人を引き留めているようです。

やめる基準は、結果を見る前にしか決められない

では、どうすれば引き際を誤らずに済むのか。ストー氏は1992年、イタマール・サイモンソン氏と組んで、対策を直接比べる実験をしています。

経営学部生193人が、架空のビール会社で2つの新商品のどちらかに販促費を追加する役を演じます。3年後、選んだ商品の成績は期待を下回っていました。次の1,000万ドルのうち、最初の商品にいくら回すかを測りました。

何も手を打たない条件では、平均510万ドルが最初の商品に回りました。これを下げた方法は3つです。

  • 最初の判断の直後に「この数字を下回ったら方針を変える」という最低ラインを書かせる:390万ドル
  • 評価するのは結果ではなく判断の手順だ、と伝える:400万ドル
  • この課題の出来は能力や知性を映さない、回答は外に出ない、と伝える:430万ドル

効かなかった方法もあります。2つの案の長所と短所を書き出させても、510万ドルのまま。丁寧に考えさせるだけでは、配分は動かなかったことになります。「結果で評価する」と伝えると、580万ドルとかえって増える傾向がありました。

最低ラインが効く理由を、論文は次のように考察しています。結果が出る前に基準を決めておけば、悪い数字を「まだ判断できない」と読み替えにくくなる。計画に撤退の可能性が最初から書かれていれば、やめることが裏切りに見えにくくなる。

陸上の為末大さんは『諦める力』で、同じことを競技人生の側から書いています。成功の見込みが何%まで下がったら踏ん切りをつけるか、あらかじめ決めておく。「この日までにこれができなければやめる」という儀式を設けて、それを守る。

為末さんが諦めたのは100メートル走という手段で、世界で勝つという目的は手放しませんでした。やめる基準は、手段を乗り換えるための道具でもあります。

撤退基準は「いつ」「どの数字で」を1行で書く

誤解:やめ時は、状況を見ながら判断すればいい → 始めた後に基準を考えると、「自分が決めた」と「あと少し」の両方が判断に入り込みます。

正しいアプローチ:始める日に、判定日と数字を1行で書く → 結果を見る前に決めた基準は、あとから都合よく読み替えにくくなります。

具体的には、次の3つです。

1. 判定日と最低ラインを、始める前に書く

たとえば新しい講座を始めるなら、「6月末の時点で受講申し込みが20人に届かなければ、形式を変えるか終了する」と書きます。ここまで5分もかかりません。数字は根拠が完璧でなくてかまいません。書かずに始めることのほうが問題です。

2. 評価の対象を「基準どおりに判断したか」にする

チームで振り返るときは、成功したか失敗したかより、判定日に基準と照らして決めたかを問います。たとえば撤退した担当者を「基準を守った」と評価する場を作ると、失敗を隠す理由が減ります。

3. 「あと少し」を感じたら、残りの費用だけで比べ直す

グレッグ・マキューン氏は『エッセンシャル思考』で、「もしこれを今持っていなかったら、手に入れるためにいくら払うか」と問うことを勧めています。90%完成しているなら、残り10%の費用と、完成して得られるものだけを並べます。

完全にやめるのが怖ければ、マキューン氏が勧めるように、期間を決めて試しに止めてみる手もあります。たとえば週次の定例報告を2週間止めて、誰が困るかを確かめます。

おわりに

劇場の年間チケットで、払ったお金の効き目は半年ほどで薄れていました。長く残りやすいのは、「自分で決めた」という思いと、「もう少しで終わる」という感覚のほうです。

いま続けていることを1つ選んで、判定日と最低ラインを書いてみてください。「せっかく」が頭に浮かぶのは、その日付が来たときだけで十分です。


この記事で参考にした本

『諦める力』為末大 → やめる期限と基準を先に決める「儀式」と、手段を諦めて目的を守るという考え方

『エッセンシャル思考』グレッグ・マキューン → 「今持っていなかったら、いくら払って手に入れるか」という問いと、試しにやめてみる方法


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