賢いほど、間違った問いを解き続ける
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あるチームが、「なぜ新規顧客が3ヶ月で離れるのか」を分析しました。
調査は徹底していました。離脱タイミング、行動履歴、満足度スコア。データを丁寧に分解して、改善施策を出した。プレゼンの精度も高かった。
でも、会議の終盤で上司が言いました。「この問いって、本当に解くべき問いだったの?」
沈黙。
「離脱を防ぐより、最初からリピートしやすい顧客を獲得しにいった方が早くないか?」
正しく解いた。しかし問いが間違っていた。
「解く力」と「問いを立てる力」は別物
元BCGコンサルタントの高松智史さんは、著書の中でビジネスパーソンの思考パターンを3つに分類しています。
「打ち手バカ」。課題を定義しないまま、解決策から考える人。「TASKバカ」。タスクの羅列から仕事を考える人。そして「論点バカ」。常に「どの問いに答えるべきか?」を最初に問う人。
高松さんの観察によれば、打ち手バカとTASKバカが職場の大多数を占めています。
なぜか。理由はシンプルで、「打ち手を考える方が仕事をしている感が出る」からです。施策を検討し、スケジュールを組み、資料を作る——これは目に見えて動いている。一方、「その問いは本当に正しいか?」と問い直すのは、傍から見ると何もしていないように映る。
しかしここに、知識や能力の高い人が陥りやすい罠があります。
解く力が高ければ高いほど、問いを疑わずに答えを出せてしまう。問いへの違和感があっても、解ける喜びが上回る。気づけば、精度の高い答えを間違った問いに積み上げている——これが「賢いほど間違った問いを解き続ける」のメカニズムです。
問いを設定する力と、問いを解く力は、別種の能力です。前者を「論点設定」と呼びますが、これは知識量や分析力とは独立して磨く必要があります。
社会規模で起きる「問いの設定ミス」
このパターンは、個人レベルだけでなく社会規模でも繰り返されています。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏は『21 Lessons』の中で、テクノロジーの急変に対して人類が「問いの設定ミス」を犯し続けていると指摘しています。
「AIが仕事を奪うか?」これはよく議論される問いです。報道でも、政策議論でも、個人のキャリア相談でも頻繁に登場する。しかしハラリ氏によれば、この問いに答えを出しても、根本的な課題は解決しません。
より正確な問いは「仕事が変容した後の人間のアイデンティティをどう再構築するか」だからです。前者は技術の問い、後者は意味の問いです。技術的な問いを精緻に解いても、意味の問いには答えられない。
ハラリ氏はこう書いています。「当惑(confusion)を恥じるな」と。
答えがわからないことより、問いを間違えていることの方が危険だ——という意味です。「わからない」と認め、問いを立て直す余白を持つ人だけが、正しい方向に進める。
これ、直感に反しませんか。多くの人は「答えを出すこと」を期待されると感じています。でも、精度の高い答えを出すより前に、「どの問いに答えるべきか」を確認することの方が、実は先に来る。
問いを立て直す、実践的な技術
問いを疑う習慣を持てば、「解く前に一度立ち止まる」感覚が身に付きます。
鈴木進介さんは著書の中で「リフレーム」という手法を紹介しています。問いに行き詰まったとき、あるいは問いの正しさを確認したいときに、一段上の視点から問いを立て直す技術です。
例を一つ。「会議時間をどう削減するか?」という問いがあるとします。この問いを解こうとすると、アジェンダの整理や時間管理ツールの導入が解決策として出てきます。しかし問いを一段上に上げると、「そもそもこの会議は必要か?」になる。さらに上げると、「目的に合った情報共有の方法は何か?」になる。
同じ現象に対して、どの高さで問いを立てるかによって、解くべきことが変わります。
具体的な手順はシンプルです。解き始める前に、「この問いが正しいとしたら、どんな前提に乗っているか?」と確認する。その前提が崩れれば、問いも変わります。
「なぜ新規顧客が3ヶ月で離れるのか」という問いには、「離脱を防ぐことが最善の戦略である」という前提が潜んでいます。この前提を疑うと、「そもそも3ヶ月以上続けてくれる顧客を最初から選ぶ」という別の論点が浮かびます。
実務での使い方:論点を確認する二つの問い
実務に落とし込むと、次の二つの問いが有効です。
「これは本当に解くべき問いか?」:解き始める前に、論点の正しさを確認する。施策検討やプロジェクト開始の前に「何を解くのか」を一文で言語化する習慣が、積み重ねると大きな差を生みます。
「この問いを解いて、何が変わるか?」:答えが出たとしたら、何がどう変わるかを事前にイメージする。変わることが言語化できなければ、問いそのものが曖昧な可能性があります。
高松さんはこう言っています。「ダメなのはタスクから考えてしまうこと。順番の問題だ。どんな問いに答えるべきかを十二分に検討してから、タスクに移ってほしい」と。
問いを解く前に、問いを疑う。この順番だけを変えると、仕事の成果は変わります。
知識量でも、論理力でも、処理速度でもない。「どの問いを解くか」を決める力が、思考の質を決めています。
解く前に一度問い直す——そのわずかな習慣が、ずっと前の段階でのミスを防ぎます。
この記事で参考にした本
『変える技術、考える技術』高松智史さん → 論点バカ・打ち手バカ・TASKバカの類型と、「どの問いに答えるべきか」を最初に問う論点設定の重要性。
『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ氏 → テクノロジーの変化に対して社会が「問いの設定ミス」を犯しているという観点。「当惑を恥じるな」という指摘。
『ノイズに振り回されない情報活用力』鈴木進介さん → 問いを一段上から立て直す「リフレーム」の技術と実践方法。
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