「うちの部署は頑張っている」のに会社が沈む、部分最適の仕組み
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ある保険会社の支払い部門で、「迷ったら払っておけ」という暗黙のルールが新人に受け継がれていました。
担当者が怠けていたわけではありません。会社は「請求を受けてから2日以内に支払った割合」を測り、評価していました。確認の手紙を書けば、その数字が落ちます。
営業は「開発が遅い」と言い、開発は「営業が無茶な約束をしてくる」と言う。どちらも嘘はついていません。部署ごとに見れば全員がまじめに働いているのに、会社の成果だけが目減りしていく。
この現象は、社員の意識の低さでは説明できません。組織の作りそのものから生まれます。
部署がズレるのは、専門化が進んだ結果でもある
ハーバード・ビジネス・スクールのポール・ローレンス氏とジェイ・ローシュ氏は1967年、プラスチック業界の6社を調べた論文を発表しました。同じ会社の中でも、営業、研究、製造の各部門は、目標、時間の感覚、仕事の進め方、人との接し方がはっきり違っていたそうです。
たとえば研究部門は何年も先の技術を考え、営業は今期の顧客を追い、製造は今日のラインのコストを気にします。これは欠陥ではありません。それぞれが向き合う相手に合わせて専門化した結果です。
二人はこの違いを「分化」、違う部門の動きをそろえることを「統合」と呼びました。業績の良い会社は、分化が強いうえに、統合もうまくいっていたと報告しています。
6社という小さな標本で、測り方にはのちに批判も出ています。それでも、「部署がズレること」と「会社が沈むこと」を分けて考える視点は、今も十分に使えます。
問題が起きる場所は、部署の中よりも部署と部署のつなぎ目です。
三枝匡さんの『経営パワーの危機』に、その様子が細かく描かれています。再建を任された赤字企業では、営業が技術的な難しさを設計に伝えないまま特注品を安値で受注していました。設計は手戻りに追われ、しわ寄せを受けた製造では納期遅れが当たり前になっていたのです。
粗利益率は14%まで落ちていました。それでも、営業は受注を取り、設計は図面を描き、製造は作っていました。どの部署も自分の仕事はしていたわけです。
主人公の新社長が最初にしたのは、この連鎖を1枚の図にして幹部に見せることでした。三枝さんは、開発して、作って、売り、顧客の声がまた開発に戻る流れを「商売の基本サイクル」と呼びます。赤字も納期遅れもクレームも、このサイクルのつなぎ目で情報が途切れることから生まれる、という見立てです。
評価の仕組みは、部署の内側しか映さない
つなぎ目が放っておかれるのには理由があります。そこでの働きは、評価の仕組みにほとんど映らないからです。
冒頭の保険会社は、経営学者のスティーブン・カー氏が1975年の論文「Aに報いながらBを望む愚かさについて」で紹介した例です。会社は支払いの正確さを望んでいました。ところが、払いすぎても契約者から苦情は来ず、2日以内の支払い率だけは確実に記録されます。その結果、報われたのは素早く払うことのほうでした。
カー氏は1995年の改訂版に、よくある報酬の食い違いを表にまとめています。会社が望むのはチームワークでも、実際に報いているのは個人の成果。カー氏は理由の一つに、目に見えやすい行動ばかりが評価されることを挙げました。チームづくりのような行動は観察しにくいので、報われないのです。
部署も同じです。部署の目標は、部署の中で完結する数字で作られがちです。隣の部署の手戻りを減らした、情報を早めに渡した、といった貢献は、どの部署の数字にも載りません。
この構造が最悪の形で表に出たのが、米銀大手ウェルズ・ファーゴの事件です。
2016年9月、米消費者金融保護局などは、同行の社員が販売目標を達成するため、顧客の承認がないまま口座を開いていたとして、合わせて1億8,500万ドルの制裁金を科しました。同行自身の分析でも、承認がなかった可能性のある預金口座は約150万件、クレジットカードの申し込みは約56万5,000件にのぼります。
2017年4月に公表された社外取締役の調査報告書は、根本原因を、個人向け銀行部門の販売文化と業績管理の仕組みがゆがんだことだと結論づけました。
さらに報告書は、分権的な組織構造がこの部門の幹部に大きすぎる自律性を与えていたと指摘しています。社内には「自分の会社のように経営せよ」という合言葉があり、リスク管理や人事の機能も部門ごとに分かれていました。人事部門には、販売をめぐる問題を部門をまたいで追跡し、分析する取り組みがなかったそうです。
2011年から2016年3月までに、販売慣行の違反で約5,300人が解雇されていました。取締役会がこの人数を知ったのは、2016年の制裁のときです。
報告書は、販売目標も分権的な組織も、それ自体が悪いわけではないと断っています。問題は、部門が自分の数字を忠実に追う一方で、部門をまたいで全体を見る仕組みが弱かったことでした。
森岡毅さんは『マーケティングとは「組織革命」である。』で、人は本能的に自分の身を守る方向に動くと書いています。精神論では変わらないので、評価と報酬の仕組みによって、会社にとって正しい行動が本人の得にもなるよう設計すべきだ、という主張です。
つなぎ目は、調整役より関係の質で結ばれる
では、つなぎ目をどう結べばいいのか。ブランダイス大学のジョディ・ホッファー・ギッテル氏は、部門間の連携を「関係性による調整」として測る方法を作りました。
中身は二つに分かれます。一つは、連絡が頻繁で、タイミングがよく、正確で、責任の押し付けではなく問題解決に向かっていること。もう一つは、目標の共有、知識の共有、相互の敬意です。
ギッテル氏らは1997年、ボストン、ニューヨーク、ダラスの9病院で、人工股関節や人工膝関節の手術を受けた患者878人と医療者338人を調べました。関係性による調整が強い病院ほど、患者が評価したケアの質が高く、術後の痛みが小さく、入院日数も短かったと報告しています。
ある時点の調査なので、因果の向きまでは確定できません。それでも、この9病院では、医師、看護師、理学療法士のつなぎ目がうまく回っている病院ほど、患者の回復もよかったという関係は、はっきり出ています。
ギッテル氏は航空会社の研究でも知られています。著書で紹介され、経営学者のジェフリー・フェファー氏も取り上げた例があります。サウスウエスト航空は、出発の遅れをどこか一つの部署の責任にせず、「チームの遅れ」として扱う考え方を取り入れました。
犯人探しは、隠す動機を生みます。責任を問われる側は遅れを隠し、他の部署のせいにするようになるからです。責任を共同で持てば、関心は「誰のせいか」から「どの受け渡しで詰まったか」に移ります。
ここで、よくある対策に一つ注意があります。連携が悪いからと、専任の調整役を置くことです。
沼上幹さんは『組織戦略の考え方』で、調整役が「お客様がお怒りだ」「専務が反対している」と、誰も確かめていない権力者の意向を持ち出して周囲を動かす現象を「キツネの権力」と呼びました。沼上さんは、安易に調整専門の役職を作らず、当事者同士を直接話させるよう勧めています。
つなぎ目を結ぶのは、間に立つ人の数より、当事者同士が同じ目標を持って直接話せる関係のほうです。
明日から変えられる3つのこと
誤解:部署間の対立は、担当者同士の相性や意識の問題 → まず受け渡しを1枚の紙に描きます。自分の部署が仕事を受け取る場所と渡す場所を書き出し、差し戻しや待ちが起きている箇所に印を付けてください。三枝さんの物語で新社長がしたのも、これでした。
誤解:トラブルは原因の部署を特定すれば減る → 部署をまたぐトラブルの振り返りでは、問いを「どこのせいか」から「どの受け渡しで詰まったか」に変えます。たとえば遅延の原因欄から部署名を外し、受け渡しの名前で記録するだけでも、会議の空気は変わります。
誤解:「全体を考えろ」と言えば全体最適になる → 5分でできることがあります。自分の部署の評価指標を並べ、それぞれ「この数字を最短で上げるには、隣の部署に何を押し付ければいいか」と問いかけてみてください。答えがすぐ浮かぶ指標が、部分最適の入口です。
カー氏も、動機づけに悩む管理者は最初に「今、実際にどんな行動が報われているか」を調べるべきだと書いています。たとえば、隣の部署の成功で上がる数字を1つだけ目標に加えるところから始められます。
おわりに
部署が頑張ることと会社が勝つことは、部署と部署のつなぎ目でしか結びつきません。
あなたの部署の目標のうち、隣の部署がうまくいったときに上がる数字は、いくつあるでしょうか。
この記事で参考にした本
『経営パワーの危機』三枝匡 → 営業と設計の情報断絶が赤字を生む過程と、「商売の基本サイクル」のつなぎ目を見る視点
『マーケティングとは「組織革命」である。』森岡毅 → 人は自分の身を守る方向に動くという前提で、評価と報酬を会社の目的にそろえる考え方
『組織戦略の考え方』沼上幹 → 調整役を安易に置くと「キツネの権力」が生まれ、当事者同士の対話が遠のくという警告
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