本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『マーケティングとは「組織革命」である。』森岡毅|あなたの提案が通らないのは、内容が悪いからではない

マーケティング・営業
『マーケティングとは「組織革命」である。』

良いアイデアなら、正しく説明すれば通るはず。そう思っているうちは、あなたの提案はおそらく通りません。

USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)をV字回復に導いた森岡毅さんは、本書でこう断言します。人間は本能レベルで変化を嫌い、現状維持を選ぶ生き物だ、と。提案が通らないのは、相手の「自己保存」という本能に逆らっているからなのです。

『マーケティングとは「組織革命」である。』は、マーケティングの本ではありながら、その9割が「人と組織をどう動かすか」に費やされています。私はこれを、権限のない一個人が会社を変えるための、冷徹で実践的な戦術書だと受け取りました。

図解

こんな人におすすめ

この本の核心――マーケティング革命とは「組織革命」である

著者の主張はタイトルそのものです。どんなに優れたマーケティング戦略を立てても、それを実行できる「組織」がなければ業績は上がらない。マーケティングは、策を立てるより実行する方が100倍難しいからです。

ここで言うマーケティングは、広告や販促のことではありません。本書はそれを「狭義のマーケティング」と批判します。本来のマーケティングとは、消費者の頭の中に「選ばれる必然」をつくり、会社を市場に適応させる「市場価値を創造する仕事全般」です。

マーケティングは、会社を市場(≒消費者)にフィットさせ、消費者の頭の中に”選ばれる必然”を構築し、売上を中長期的に獲得できるようにします

だから商品開発(R&D)も、独立した専門部署ではなく、マーケティング・システムの中に組み込まれるべきだと著者は言います。「作ってから売る」のではなく「売れるものを作る」体制への転換です。

組織を支える4つの機能と、組織力の方程式

著者は、ビジネスを行う組織の機能は4つしかないと言います。これを落とさず押さえます。

1. マーケティング・システム――売上を獲得する能力。消費者視点で「売れるもの」を定義する。

2. ファイナンス・システム――お金を管理する「血液」のような機能。

3. 生産マネジメント・システム――商品やサービスを継続的に生み出し供給する機能。

4. 組織マネジメント・システム――ヒトと仕組みを最適化し、上の3つを土台として支える機能。

この4つが連動する「機能の鎖」として組織を捉えるのが本書の視点です。そして全体の成果を制限している最小の箇所が「ボトルネック」。重要なのは、一つ潰すと別の場所へ移動するという真理です。

『ボトルネックは動く』というのは、1つのボトルネックを解決した瞬間にボトルネックは移動してしまう真理を言います

理想の組織モデルとして著者が挙げるのが「人体」です。各臓器が上下関係ではなく、明確な役割による「共依存関係」で繋がっているから、内ゲバを起こさず全体が連動できる。組織もこうあるべきだ、と。

そして組織力を、こう定式化します。

組織力 = 個人技(個人の能力)× システム(仕組み)

強い組織とは、60点の人をシステムの力で90点のパフォーマンスへ引き上げる装置だというのです。

人間の本質は「自己保存」である

本書の人間理解は、徹底して冷徹です。著者は、組織を構成する最小単位である人間の本質を「自己保存」だと断言します。

人間の脳には『とりあえず生きているならば、それを変化させることで死んでしまうかもしれないリスク』を避けようとする機能がある

会議で誰も発言しないのは、見当外れなことを言って攻撃されたくないから。情報を抱え込むのも、変化を拒むのも、すべて自分を守る本能です。

ここで著者は精神論を完全に否定します。気合や根性で人は変わらない。だから本能を逆手に取れ、と。

『組織づくりの本質とは何か』と問われれば、『自己保存の本能を逆手に取ること』だと、間髪入れずに答えることにしています

会社にとって正しい行動をとることが、個人の利益(自己保存)に繋がるよう、システムを設計する。具体的には、相対評価を導入し、結果を報酬や昇降格に厳格に反映させる。USJでは最高評価者に「何倍も」の報酬差をつけていました。差をつけないのは公平ではなく、上司の自己保身であり、優秀な人から搾取する行為だと著者は言い切ります。

そして組織を停滞させるのが「神経伝達回路の破断」です。年齢・役職・性別による「上下関係の呪い」が忖度を生み、現場の正しい情報が中枢に届かなくなる。上司と部下は人間的な上下ではなく、「決める役割」と「実行する役割」の違いにすぎない、という再定義が効いてきます。

下から組織を動かす「社内マーケティング」

ここからが、権限のない一個人のための実践編です。著者はこれを「社内マーケティング」と名づけます。自分の提案(WHAT)を、社内という市場の相手(WHO)に買ってもらう技術です。

自分が売りたい『提案』を上に買わせるのは、社内という市場を開拓するマーケティングです

核心はシンプル。自分の言いたいことを言うのではなく、「自分の言いたいことを、相手が聴きたいように話す」こと。この成否を分けるのが、次のステップです。

WHO:ターゲット・アナリシス

提案を通す相手の頭の中を分析します。ターゲットには2系統あると意識する。組織目的に忠実な「第1系統」と、自分の利益やエゴで動く「自己保存に忠実な第2系統」です。

その上で、限りある時間を集中させるため、3つの視点で優先順位をつけます。「意思決定者は誰か」「合意形成の重心になる人は誰か」「提案を潰せる人は誰か(上の上など)」。誰が賛成し、誰が既得権の喪失から反対するかを事前に読むのです。

著者は、提案の成否は「WHOの理解」が9割を占めると言います。内容の論理的正しさ(WHAT)より、相手分析が先なのです。

WHAT:公の便益と個の便益

相手に響く便益を提示します。ここで重要なのが、2種類を掛け合わせること。

公の便益――「売上が上がる」など、組織全体のメリット。大義名分。

個の便益――「あなたの評価が上がる」「あなたの悩みが解決する」「やりがいが得られる」など、相手自身のメリット。

目的の明瞭な設定とは、自分自身のメリットではなく、意志決定者のメリットを探して選ぶということです

例えば営業の事務作業を減らすための増員提案。「私たちが大変だから」では上司に響きません。「事務を減らせば営業活動時間が増え、部門の売上(公)とあなたの評価(個)に繋がる」と変換するのです。

さらに、公の便益を信じてもらうには、相手の判断リスク(コスト)を小さくし、成功への道筋(逆算の階段)を論理的に示して「実現可能性」を信じさせることがカギになります。

HOW:相手のスタイルに合わせる

そして著者は、最終的な意思決定が論理だけでなく感情で動くことを隠しません。

提案の『理』や『利』だけでなく、提案する人についての好感が結果を大きく左右する。…好きか? 嫌いか? これが大事なのです

対人コミュニケーションを4つに分類します。「攻撃型」「積極型」「反応型」「消極型」。例えば相手が攻撃型なら、まず反応型で傾聴して相手のエネルギーを鎮め、落ち着いたところで積極型に転じて提案する。相手が消極型なら、オープンな質問で本音を引き出してから提案する。相性に頼らず、自分のスタイルを演じ分けるのが優秀なマーケターだ、というわけです。

V字回復を支えた具体例と数字

本書の説得力は、生々しい実例にあります。

USJの年間集客数は、2010年度の730万人から2013年に1050万人へ、その後1300万人レベルまで伸びました。転機の一つが、ブランドを「映画の専門店」から「アニメやゲームもあるセレクトショップ」へ広げたこと。そして年間売上の半分以上にあたる450億円を「ハリー・ポッター」エリアに投じる決断でした。

セブン-イレブンの鈴木敏文さんの例も印象的です。PB「セブンプレミアム」を、担当者の「NBより安く」という常識を退け「質を追求しろ」と指示して大ヒットに育てた。「金の食パン」は発売後1年で3回改良し、年間3500万食を販売しました。

組織が動き出す転換点として「ティッピング・ポイント(13%→34%→51%)」という数字も挙げられます。賛同者が1/8、1/3、過半数と増えるにつれ、集団行動が雪崩を打つのです。

明日から何を変えるか

本書の知見を、具体的な行動に落とします。

1. 上司の「スコアカード」を把握する 直属の上司やその上が「会社から何を求められ」「今、何に一番困っているか」を、雑談やランチを通じて掴む。提案を考える前に、相手の頭の中を先に知るのです。

2. 提案を「相手の便益」に翻訳する 「これをやらせてください」と陳情するのをやめる。「これを実行すれば、あなたの〇〇という課題が解決し、部門の売上(公)とあなたの評価(個)に繋がります」という文脈に変換して語る。

3. 会議後24時間以内に「アクション・サマリー」を送る 「目的・結論・理由・次のアクション(誰が・何を・いつまでに)」の4点を全関係者にメールする。意思決定をオープンにし、自己保存による「言った言わない」の逃げ道を塞ぐ習慣です。

おわりに

私がこの本で一番こたえたのは、提案が通らないとき「会社が分かってくれない」と他責にしてきた自分の姿勢でした。

会社が理解してくれないのは、自分の力が足りないからだと、まずは認める。…矢印を自分に向ければポジティブな変化が起こります

人間の弱さを精神論で責めるのではなく、システムと戦術で乗りこなす。冷徹に見えて、その根っこには「たった一人でも変化の起点になれる」という強い肯定があります。組織の壁にぶつかっているなら、武器をくれる一冊です。


合わせて読みたい

『マーケット感覚を身につけよう』ちきりん 「売れるもの」を見抜く感覚を扱った本。森岡さんの「選ばれる必然をつくる」という発想と響き合い、マーケティングを市場視点で捉え直すのに最適です。

『顧客起点の経営』西口一希 成長の壁を突破するフレームワークを示した一冊。本書の「消費者視点で全社を連動させる」という主張を、経営の構造から補完してくれます。

『とにかく仕組み化』安藤広大 「人を責めるな、仕組みを責めよう」という思想は、森岡さんの「精神論ではなくシステムで人を動かす」と完全に地続き。組織設計の実務に落としたい人におすすめです。


この記事をシェア:

前の記事
『マネジャーの最も大切な仕事』テレサ・アマビール氏ほか|やる気を生むのは報酬ではなく「小さな進捗」だった
次の記事
『プロダクトマネジメントのすべて』及川卓也ほか|「ミニCEO」なのに権力を持たない人の戦い方