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『筋の良い仮説を生む 問題解決の「地図」と「武器」』高松康平さん|「考えているのに進まない」の正体は迷子

思考法・問題解決
『筋の良い仮説を生む 問題解決の「地図」と「武器」』

長時間考えたのに、最初の十分から思考が一ミリも進んでいない。

そんな経験はないでしょうか。

著者の高松康平さんは、これを「思考の迷子」と呼びます。考えが深まっているのではなく、同じ場所をぐるぐる回っているだけ。本書は、その迷子状態を脱出するための「地図」と「武器」を体系化した一冊です。

私が興味を引かれたのは、迷子の原因を「努力不足」や「センス不足」ではなく、「現在地を確認するツールを持っていないだけ」と切り分けている点でした。地図さえあれば、迷子は構造的に防げる。本書はその地図を、誰でも使える形で渡してくれます。

こんな人におすすめ

本書は、次のような立場の人に向けて書かれています。

著者は年間五千人のリーダー候補を指導している実務家で、ビジネス・ブレークスルーの問題解決力トレーニング講座の責任者です。机上の整理術ではなく、研修の現場で「迷子になる人」を観察し続けて出来上がった本だと思って読むと、入り方が変わります。

この本の核心

著者の主張をひと言にすれば、こうです。

「情報を集めてから考える」のをやめて、「筋の良い仮説を立ててから検証のために情報を集める」に切り替える

これだけ書くと、内田和成さんの『仮説思考』など類書と重なって見えるかもしれません。本書のユニークな貢献は、その仮説をどう立てるかを「事業部長の視点」という俯瞰図に落とし込んだところにあります。

センスや経験で仮説を立てるのではなく、ビジネスの一般法則をあらかじめ「地図」として持っておく。地図に当てはめるから、未経験の課題でも筋の良い当たりがつけられる。仮説力を属人スキルから形式知へと引き下ろした点が、本書の最大の手柄です。

そしてもう一つ。著者は仮説の前段に「自分は本当にこれを解決したいのか」という感情の確認を置きます。論理だけのロジカルシンキング本にはない、人間の覚悟を扱った節が用意されている。これも読んでいて新鮮でした。

本書の全体像

本書は「問題解決マップ」と呼ばれる七ステップの地図に沿って、各章で一つずつ「武器」を渡していく構成になっています。

地図の大枠は、たった三文字に集約されます。

WHERE(どこで起きているか) → WHY(なぜ起きているか) → HOW(どう解決するか)

この順番を守ることが、迷子を防ぐ最大の防衛線になります。

各ステップと武器の対応は次の通りです。

順番通りに七つを通すと、「現状理解 → 本質的課題発見 → 解決策立案」という大きな流れが自然に出来上がる仕掛けです。

「先走り症候群」がすべてを台無しにする

本書を貫く敵役が、著者が「先走り症候群」と呼ぶ脳の癖です。

人間の脳は、地味なWHERE(現状分析)を飛ばして、楽しいWHY(原因究明)やHOW(解決策)に飛びつきたがる。「売上が落ちた」と聞いた瞬間、「広告のせいだ」「営業のテコ入れをしよう」と話し始めてしまう。これが先走り症候群です。

著者が引き合いに出すのが、「業績悪化」のニュース報道です。本来なら「どの商品の、どの店舗の、どの顧客層で起きているのか」を分けるべきなのに、原因と解決策だけが先に語られる。先走るほど、その後の検討の精度はがくっと落ちます。

なぜ落ちるのか。問題は均等に起きないからです。

著者は経験則として、こう書いています。「問題は、まばらに起きない。どこかで集中的に起きている」八割の問題は、二割の領域から生まれている。だからこそ、まずは「分ける」ことで集中している場所を特定し、そこだけに資源を投下すればいい。これがパレートの法則の実践版です。

ここで効くのがMECEという基本動作です。漏れなくダブりなく分けることで、問題の偏りが浮かび上がる。ただし著者は、教科書通りに「四象限」「三C」と切るだけでは足りないと釘を刺します。「差が出る切り口」を選ぶことが大事で、ジムなら「プール利用者かどうか」、スーツ店なら「予約からの購入率」のように、その業態でしか効かない切り口を自分で見つけにいく必要があります。

武器の中心、「事業部長の視点」

本書の白眉は、第三章で出てくる「事業部長の視点」です。

これは、ビジネスの全体像を一枚の図に整理した俯瞰図です。

左から右へ、こう並びます。

市場 → ターゲット → 顧客ニーズ → 商品・サービス → バリューチェーン → 組織 → 会計数値 → 競争力(シェア)

問題は普通、右側の「会計数値」や「シェア」として表面化します。売上が落ちた、利益率が下がった、シェアを奪われた。けれど原因は、必ず左側のどこかに潜んでいる。市場が変わったのか、ターゲットがズレたのか、ニーズが変質したのか、商品が陳腐化したのか、バリューチェーンの一部が劣化したのか、組織が機能不全を起こしているのか。

この俯瞰図を頭に入れておくと、自分が営業担当でも、商品開発の問題まで仮説で射程に入れられるようになります。著者の表現を借りれば、「自分が営業であっても、営業以外の面で何が原因か考えられないか仮説を作り出すことができる」ようになる。

専門性が高い人ほど視野が狭くなる、というパラドックスを著者は警戒します。専門領域の中だけで原因を探すと、本当の原因は別の場所にあるのに気づけない。だから意図的に、自分の領域の外まで仮説の枝を伸ばす道具が要る。それがこの俯瞰図です。

ここに、著者の用意した「七つの原因仮説パターン」を当てはめていきます。市場の変化か、ターゲットのズレか、ニーズの変質か、競合の動きか、自社のバリューチェーンの劣化か、組織の問題か、外部環境の影響か。仮説を三つから五つほど書き出してから、検証のために情報を集めにいく。順序は徹底的に「仮説 → 情報収集」です。

当事者意識を「武器」として扱う

第二章の「イライラ・キラキラを探す」が、私には一番意外でした。

問題解決の本で、感情の確認を独立した武器として置いているのは珍しい。著者は問題をこう定義します。「組織人として自分が本当に解決したいと思う『あるべき姿』と『現状』の差」

ポイントは「本当に解決したい」のところです。

問題解決には膨大なエネルギーがいる。誰かの受け売りや「やらされ感」で取り組んでいると、必ず途中で妥協が生じる。だから着手する前に、自分の心と対話して「これを解決したい」と心から言える状態かを確認する。著者はこのモチベーションの源泉を、現状への怒り(イライラ)と未来への憧れ(キラキラ)の二種類で点検させます。

そしてもう一つ、「立場の引き上げ」をセットで行います。課長なら部長の目線、部長なら役員の目線で問題を再定義する。「単なる残業削減」が「利益を伸ばしながら残業を減らす」に変わる。視座が一段上がるだけで、課題の質も解決策の射程も別物になります。

ロジックと感情の両輪で問題を握り直す。この章があるおかげで、本書はただのフレームワーク本にならずに済んでいます。

課題抽出と「3Cの正しい使い方」

第四章では、集めた情報をどうまとめるかを扱います。

ここで著者が繰り返し戒めるのが、フレームワークの誤用です。「フレームワークを使えばとりあえずOK、というのは思考停止と同じ」と言い切る。情報を箱に当てはめて埋めれば仕事をした気になるが、それでは何も言えていない。

具体例として挙げられるのが、3C分析の使い方です。多くの人は「市場・顧客/競合/自社」をバラバラに整理して終わる。著者の処方箋は順序を固定することです。

市場・顧客 → 競合 → 自社

まず顧客は何を求めているか。次にそのニーズに競合はどこまで応えているか。最後に、自社はどこまでやれているか。この順で並べて初めて、自社が応えられていない部分が「本質的課題」として浮かび上がります。

そして、本質的課題は一つに絞ります。著者の表現は「ずる賢く考える」。リソースは限られているのだから、複数の原因のうち最大の影響度を持つ「一番悪い部分」だけに集中する。それ以外は捨てる勇気を持つ。八〇対二〇の法則を、課題抽出のステップに具体化したものです。

解決策とアイデアの育て方

ここまでで「どこを変えるか」が決まりました。第五章以降は、いよいよ解決策の話です。

最初にやるのは、アイデア出しではなく「方向性の決定」です。著者の言葉では、「アイデアを考える前に、解決できる理由づくりが大切」。なぜ自社がこの打ち手で勝てるのか、その論理が先になければ、思いつきはただの思いつきで終わります。

方向性を決めるための引き出しが、四つの戦略論です。

自社がどの土俵で戦うかを先に決めておく。土俵が決まれば、出すべきアイデアの方向もしぼれます。

第六章のアイデア創出では、まず直感で大量に出せ、と背中を押されます。論理性は後で足せばいい。出した後に、三つの問いをぶつけて磨いていきます。

「つまり、どういうことか?」「具体的には?」「他にはないか?」

抽象化と具体化を行き来させる、シンプルで強力な往復運動です。さらに、自分が「面白い」と思う人になりきって考えてみる、自分のアイデアに自分でツッコミを入れる、といった自己批判の習慣も推奨されています。

第七章の評価では、自分の思い入れを切り離して、冷徹に選ぶ作法が解説されます。「やりたいと思うことは、常にできることよりも多い」。だから「実現性」と「業績インパクト」の二軸で、評点をつけて選ぶ。

評価の視点も自社だけでは足りません。「競合が一番嫌がる打ち手はどれか」「お客様が一番喜ぶ打ち手はどれか」と問いを置き換えると、独りよがりが消えます。最後に、KGI(最終目標)とKPI(中間指標)を連動させた「問題解決のストーリー」を描いて、現場を動かすところまでつなげる。

ケーススタディ「スーツスペシャル」が効く理由

本書を最後まで読み通せる理由の半分は、架空のオーダースーツ会社「スーツスペシャル」の存在にあります。

設立二〇〇八年、従業員五〇名、都内に十店舗、売上五・五億円。マーケティング予算の七割がウェブ広告。延べ購入件数は二〇一二年の五〇五九件から二〇一七年の七六三九件へ増加した一方で、購入単価は八・五万円から七・二万円へ低下している。事前予約件数も六七八四件から一万一三四五件まで伸びたのに、購入率は六〇%から四九%へ落ちている。

数字が具体的だから、読みながら自分で仮説を立てられる。「予約は増えたのに購入率が落ちているなら、来店時の接客に問題があるのでは」と当たりがつく。著者がそのまま導いていくのも、ほぼ同じ筋道です。新規顧客の流入で店舗が混雑し、接客の質が落ちている。最終的に「店舗販売スタッフのシフト変更」というクイックウィン策に着地します。

抽象論の章とケースの章が交互に出てくる構成なので、フレームワークが「使える知識」に変わっていく実感がある。これは類書ではなかなか得られない読後感でした。

実践アクション

明日からの行動に落とすなら、私はこの四つを推します。

一つ目。問題が出たら、最初の十秒は「WHEREを聞き返す」癖をつける

「売上が落ちた」と耳にしたら、「どの商品の、どの店舗の、どの顧客層で?」と返す。原因と解決策を口にしたい衝動を、十秒だけ我慢する。先走り症候群へのワクチンです。

二つ目。取り組む前に、自分のイライラ・キラキラを書き出す

「この問題のどこに腹が立っているか」「解決した先にどんな景色を見たいか」を、紙に三行で書く。書けないなら、その問題は他人に任せたほうがいい。覚悟の有無を、テキスト化して点検します。

三つ目。情報を検索する前に、紙に「事業部長の視点」を描く

市場、ターゲット、顧客ニーズ、商品、バリューチェーン、組織、会計数値、競争力。八つの箱を書き、どこに異常がありそうかで仮説を三つから五つ立てる。検索はそのあとです。順序を逆にしない。

四つ目。アイデアを評価するときは、必ず競合と顧客の視点を借りる

「自社にとって都合がいい」打ち手は、たいてい競合にとっても都合がいい。「競合が一番嫌がるのはどれか」「お客様が一番喜ぶのはどれか」を、自分の評価表に並べて書く。

これだけでも、思考の歩幅は変わります。

おわりに

本書を読んで残ったのは、「問題解決とは、地味な作業に耐える技術である」という感触でした。

派手なのはWHYとHOWです。原因を語り、解決策を提案する瞬間が、一番気持ちいい。けれど本書が一貫して説くのは、地味なWHEREの徹底と、地味なフレームワークの誤用回避と、地味な感情の確認です。

迷子になっているとき、私たちは大抵、地味な手順を飛ばしています。地図を見ず、現在地を確認せず、なんとなく歩いている。本書の「地図」と「武器」は、そのなんとなくを止めるための装置なのだと思います。

事業全体を俯瞰する目と、自分の心に手を当てる目。ロジックと感情の両方で問題を握り直したい人にとって、長く手元に置きたい一冊です。


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