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ブクドリ | BOOK DRIP

「わかっているのにできない」のは、人が「最中の気分」で動くから

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目次

運動しようと本気で思っている人のうち、半分近くは実際には動いていません。

カナダのビクトリア大学のライアン・ローズ氏らが2013年にまとめたメタ分析の数字です。10件の研究、3,899人のデータで、運動するつもりだった人の46%が、公衆衛生の目安まで体を動かせていませんでした。

この人たちは、運動が体にいいことを知っています。そのうえで、やるつもりにもなっている。それでも動けない。足りないのは知識でも決意でもなさそうです。

では、どこで止まっているのか。研究を並べると、「わかっている」を支える物差しと、実際に体を動かす物差しが、そもそも別物だという姿が見えてきます。

「役に立つ」と「気分がいい」は、別々に測られている

心理学では、ある行動への評価を2つに分けて測ります。「役に立つか、体にいいか」という認知的な評価と、「楽しいか、気分がいいか」という感情的な評価です。

たとえば早起きなら、「朝の時間が使えて得だ」が前者で、「布団から出る瞬間がつらい」が後者です。「わかっている」とき、私たちが持っているのはたいてい前者だけです。

英リーズ大学のレベッカ・ロートン氏、マーク・コナー氏らは2009年、390人にこの2つの評価を答えてもらいました。対象は運動、飲酒、喫煙など14の健康行動です。1か月後に実際の行動を尋ねると、14のうち9つの行動で、感情的な評価のほうが行動をよく予測していました。

しかも9つの行動では、感情的な評価は「やるつもり」を経由せずに、行動と直接つながっていました。つもりの強さとは別の経路で、気分の見込みが行動を左右しているわけです。

米ネブラスカ大学リンカーン校のマーク・キヴィニエミ氏らの2007年の調査も、同じ方向を示しています。大人433人で、運動を思い浮かべたときの感情の連想が良い人ほど、よく運動していました。

目を引くのは、「健康に役立つ」といった信念の影響が、この感情の連想を通って行動に届いていたことです。ある時点の回答を比べた調査なので、因果の向きまでは言えません。ただ、知識がそのままでは行動に届かない理由の一つは、ここにありそうです。

行動を決めるのは、終わった後より「最中」の気分

では、感情の見込みはどこから来るのか。手がかりになるのが、実際に運動した体験です。

米ブラウン大学医学部のデビッド・ウィリアムズ氏らは2008年、運動を促す試験に参加した、ふだん運動しない大人37人のデータを分析しました。参加者はランニングマシンで、傾斜が少しずつ上がる歩行テストを受けています。心拍が中程度の運動の域に入った時点で、いまの気分を「とても悪い(−5)」から「とても良い(+5)」の11段階で答えてもらいます。

その気分が1段階良かった人は、半年後に週38分、1年後に週41分、多く体を動かしていました。テスト前の気分や、もともとの運動量を差し引いたうえでの結果です。

2015年、ローズ氏らは同じ問いを扱った24件の研究を系統的に見直しています。中程度の運動の最中の気分は、その後の運動量とつながっていました。一方で、運動を終えた後の気分は、その後の運動量と関係が見られませんでした。

意外な結果です。

「終わればスッキリする」は、多くの人が知っていることです。けれど、次にまた動くかどうかを左右していたのは、最中の気分のほうでした。

ここからは私の読みです。「わかっている」の中身は、終わった後の良さです。一方で「やるか、やめるか」を選ぶ瞬間に浮かぶのは、これから始まる最中のしんどさのほうでしょう。ここに、知識と行動のすれ違いが生まれているように見えます。

利点の説明より、気分に触れる言葉が人を動かした

感情の評価が行動を左右するなら、働きかけ方も変わるはずです。

コナー氏らは2011年、学生を対象に2つの実験をしました(383人と197人)。参加者を無作為に3組に分け、運動の感情面に訴える文章、健康上の利点など認知面に訴える文章、何も渡さない組を比べます。3週間後に自己申告してもらった運動量は、2つの実験とも、感情に訴える文章を読んだ組がいちばん増えていました。

職場でも似た結果があります。2020年、ビクトリア大学のアレクサンダー・リソポウロス氏、ローズ氏らは、職場ごとにくじで割り振る比較試験で、会社員116人の座りすぎに働きかけました。気分面を扱った組は、利点を説いた組や、自己管理の方法を教えた組より、職場で座る時間が短くなっています。

ただし、差が見られたのは4週目と8週目までで、12週目には組のあいだの差がなくなっていました。言葉だけで変えられる範囲には限りがあります。

ローズ氏らが2009年に102件の研究をまとめたメタ分析は、この限界をもう少しはっきり示しています。運動の楽しさの評価と運動量の相関は0.42で、中程度の強さでした。

一方で、説得や情報提供の働きかけでは、楽しさの評価そのものは変わっていませんでした。変えられる見込みがあったのは、環境を変える働きかけと、実際に体験させる働きかけです。

利点をもっと知れば動けるはず、という期待は、研究からはあまり支持されません。変える必要があるのは、最中の体験のほうです。

選ぶ「瞬間」に、何を感じているかを見る

ジェレミー・ハンター氏は『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』で、自分をマネジメントする最小の単位を約3秒の「瞬間」だとしています。結果を変えたければ、過去や未来ではなく、選んでいる瞬間に自分が何を感じ、どんな思い込みを持っているかに気づくことだ、という考え方です。

ハンター氏自身の例が本に出てきます。出張のたびに名物ばかり食べて太り、医者に少なくとも5キロ減らすよう言われました。振り返ると、食べる瞬間には「旅行中の食べ物にはカロリーがない」「いま食べないと後悔する」という思い込みが働いていました。本で紹介している「IRマップ」でその流れを書き出し、旅行中の食べ方を変えて、7キロ減ったそうです。

体にいいことを知らなかったわけではありません。選ぶ瞬間の頭の中が、知識とは別のもので埋まっていた。研究で見てきた構造と同じ形です。

誤解:利点を調べ直せば、やる気が出る → ロートン氏らの結果では、行動を予測していたのは多くの場合、利点の評価より気分の評価でした。知識はもう足りている可能性が高いです。

正しいアプローチ:やめた瞬間に浮かんだことを書き出す → 次に「今日はいいか」とやめたら、その瞬間に浮かんだ考えと体の感覚を1行で書きます。「寒い」「最初の10分がきつい」。ハンター氏が勧める、瞬間に気づく作業の簡単な形です。

5分でできること:「最中のいちばん嫌な場面」を1つ小さくする → たとえばジョギングなら、最初の5分は歩く速さで始める。資料作りなら、白紙から書かずに前回のファイルを開くところまでにする。中程度の運動の最中の気分が次の行動につながった研究から考えた、私の提案です。この手順そのものを試した研究ではありません。

時間が取れたら:説得より体験を増やす → 楽しめる形の運動を1回試す、仲間と歩くなど、気分が変わる体験を先に作ります。情報より体験が楽しさの評価を動かしうる、というローズ氏らのメタ分析の示唆に沿った方法です。

なお、ここで紹介した研究の多くは運動や健康行動が対象です。仕事の先延ばしにそのまま当てはまるかは確かめられていません。

おわりに

「わかっているのにできない」とき、責めたくなるのは意志の弱さです。けれど研究を読むと、意志よりずっと手前で、最中の気分の見込みが選択を決めていました。

次にできなかったときは、「なぜ自分は」と問う代わりに、「あの瞬間、何がいちばん嫌だったか」を尋ねてみてください。そこが、変えられる場所です。


この記事で参考にした本

『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』ジェレミー・ハンター氏 → 自己管理の単位は約3秒の「瞬間」であり、選ぶ瞬間の感覚と思い込みに気づくことが結果を変えるという視点と、著者自身の出張中の食事の例


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