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ブクドリ | BOOK DRIP

なぜ王者は転落するのか。原因は組織図と予算の中にある

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約7分で読めます 戦略・経営・事業
目次

1970年代、半導体の露光装置で、当時主流だった方式の市場の約半分を握っていた会社が、ライバルの新製品を自社の基準で評価しました。結論は「うちの機械のコピーにすぎない」。

判定は外れていました。

その後、市場を制したのはライバルのほうでした。この会社の売上は落ち続け、1981年に事業から撤退しています。

見誤った側は、技術を知らない会社ではありませんでした。むしろ、その分野でいちばん経験を積んだ会社の一つです。

王者の転落は、よく慢心や油断で説明されます。ただ、経営学の研究を追うと、もう少し冷たい答えが出てきます。いまの市場で勝つために組み上げた組織の仕組みそのものが、次の市場を見えにくくしている、という答えです。

首位企業は、次の世代にも投資していた

冒頭の話は、ハーバード大学のレベッカ・ヘンダーソン氏とキム・クラーク氏が1990年に発表した研究に出てきます。対象は、半導体の回路パターンをウェハーに焼き付ける「露光装置」の業界です。

2人は1962年から1986年までの製品開発を、研究開発費と売上のデータ、各社への聞き取りで追いました。この間、装置の方式は4回切り替わり、そのたびに首位企業は次の方式で首位を守れませんでした。

意外なのは、ほとんどのケースで首位企業が次世代の装置に多額の投資をしていたことです。怠けてはいない。投資したのに、うまくいかなかった。

では、何が足を引っ張ったのか。研究を並べると、仕組みは3つの場所に埋まっています。情報が流れる経路、お金が流れる経路、そして強みそのものです。

組織図は、いまの製品の形を覚えている

冒頭の会社はカスパー・インスツルメンツ社です。1973年には、マスクとウェハーを密着させて焼き付ける「密着型」装置の市場の約半分を押さえていました。

次に来たのが、両者の間にわずかな隙間を空ける「近接型」でした。部品の構成はほぼ同じです。ただ、隙間の精度は、隙間を作る機構と他の部品との組み合わせ方で決まります。密着型では気にしなくてよかった部分でした。

部品は同じまま、部品同士のつなぎ方が変わる。ヘンダーソン氏らは、こうした革新を「アーキテクチャル・イノベーション」と呼びました。

カスパー社は近接型を、密着型のちょっとした改良として扱いました。顧客から精度の苦情が来ても、密着型の時代に多かった「顧客側の加工ミス」が原因だと解釈します。キヤノンの近接型を調べたときも、密着型の時代に作った評価項目で見たので、作り直された隙間の機構に目が向きませんでした。

同じことは後の世代でも起きています。1980年代にニコンが第2世代の装置を出したとき、当時の首位だったGCA社もそれを「コピー」だと判定しました。GCA社の技術者は部品ごとの部署に分かれ、部署間の連絡経路も第1世代の構造に合わせて作られていました。

2人の説明はこうです。組織は、いまの製品の構造に合わせて部署を分け、連絡経路を作り、重要な情報だけを拾うフィルターを育てます。部品の改良はこの経路に乗って速く進みます。ところが、つなぎ方の変化は部署と部署の間に落ちるので、誰の担当にもならない。

ただし、これは1つの業界の事例研究です。カスパー社の衰退には、生産体制の問題や経営陣の交代も重なっていたと論文自身が書いています。

予算は、いちばん大きな顧客の声で配られる

2つ目の経路はお金です。クレイトン・クリステンセン氏とジョセフ・バウアー氏は1996年、ハードディスク業界の各社の聞き取りをもとに論文を発表しました。

結論は二段構えです。

既存の大手は、既存の顧客が求める技術なら、たとえ難しい技術でも業界を先導していました。遅れたのは、最初は小さな新しい市場でしか使えない、単純な技術のほう。

難しい技術で勝ち、易しい技術で負けたわけです。

たとえば14インチドライブの首位だったコントロール・データ社は、8インチドライブを開発していました。ところが大型計算機の顧客が求める容量は平均300MB。初期の8インチは60MBに届きません。

案件の優先度は下がり、担当の技術者は大事な顧客向けの14インチの問題解決に何度も呼び戻されました。同社の8インチは先駆けの新興企業より3年近く遅れ、ミニコンピューター向けの市場ではシェア1%も取れなかったと報告されています。

同社は1980年、次の5.25インチの開発部隊を、本社のあるミネアポリスから離れたオクラホマシティに置きました。本社は14インチで10億ドル近くを売り上げていました。ある管理職はその理由を、本社の文化から逃れるためではなく、主力顧客から切り離すためだったと振り返っています。

「5万ドルの注文に喜べる組織が必要だった。本社では、100万ドルの注文でなければ誰も振り向かない」

クリステンセン氏は後の著書『イノベーションへの解』で、会社の本当の戦略は経営陣の言葉ではなく、日々の資源配分の積み重ねで決まると書いています。予算の審査が既存の大口顧客の要望と高い利益率を基準に組まれていれば、新しい市場の案件はそこで落ちます。誰かが悪い判断をしたわけではありません。

強みは、人と設備と評価と価値観に埋め込まれる

3つ目は、強みそのものが硬くなる仕組みです。ハーバード大学のドロシー・レナード=バートン氏は1992年、フォード、ヒューレット・パッカード(HP)など5社の新製品開発20件を調べ、この現象を「コア・リジディティ(中核の硬直)」と名付けました。

同氏によれば、会社の強みは4つの層でできています。社員の知識と技能、設備や社内システム、評価や育成の制度、そして何を重んじるかという価値観です。この4層が過去の成功に合わせて噛み合っているほど、別の種類の製品では足かせになります。

たとえばHPの設計者は、「隣の作業台の同僚」の必要や技能を基準に設計を決めてきました。計測機器では、このやり方で成功を重ねてきた会社です。

ところがパソコン「HP 150」の開発では、隣の同僚はパソコンの利用者を代表していません。完成品は端末に近い製品になり、パソコンとしてより端末としてのほうが売れた、と同氏は書いています。

評価や序列も効きます。地味ですが、根深い。調査先では、製造の技術者が設計の拠点へ出向くことのほうが、その逆よりはるかに多く見られました。本流の分野が上に見られ、傍流の知識は現場に届きにくくなります。

ある化学系企業では、特殊用途のカメラの開発が、最も伝統的な強みの牙城だったフィルム部門の中では停滞しました。機器部門へ移すと、受け入れられて進み始めます。同じ案件でも、どの組織の中に置くかで扱いが変わった例です。

仕組みで負けるなら、仕組みを分ける

ここまでの研究から「王者は必ず転落する」と読むのは行き過ぎです。経営学者のアンドリュー・キング氏とクリストファー・トゥッチ氏は2002年、同じハードディスク業界のデータで、既存市場での経験がむしろ新市場への参入の確率を高めていたと報告しました。歴史家のジル・ルポール氏も2014年、ニューヨーカー誌でクリステンセン氏の証拠の集め方と事例の選び方を強く批判しています。

クリステンセン氏らの論文自体も、新しい方式で一定の成功を収めた既存大手を3社挙げています。仕組みは強い傾向を生みますが、経営者が仕組みに沿って手を打てば、流れは変えられます。

実務に置き換えると、こうなります。

誤解:競合の新製品は、自社の評価項目で採点すれば実力がわかる → カスパー社もGCA社も、自社の物差しで測って「コピー」と判定しました。部品の比較表より、部品同士のつなぎ方がどう変わったかを見ます。評価表に載っていない違いを3つ挙げるまで、結論を出さないのも手です。

誤解:有望な新事業なら、本業の予算会議で勝ち抜ける → 本業の予算審査は、大口顧客と高い利益率を基準に作られています。コントロール・データ社のオクラホマシティの部隊のように、別の顧客と別の損益で見る場所を先に作ります。

北嶋貴朗さんの『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』も、既存事業と同じ評価制度や投資利益率の物差しを新規事業に当てると芽を摘むと指摘しています。既存事業に左右されない投資の原資を確保し、撤退の基準は始める前に決めておく。分けるべきは、予算と評価の物差しです。

5分でできることもあります。直近の予算や人員配分の上位5件について、「誰のための案件か」を書き出してみてください。既存の大口顧客向けではない案件がいくつあるか。ゼロなら、それがいまの本当の戦略です。

おわりに

王者を転落させるのは、たいてい外の敵より先に、内側の仕組みです。部署の分け方、予算の審査基準、評価の序列。どれも、いまの市場で勝つために磨いてきたものです。

次に競合の製品を見て「うちと同じだ」と感じたら、その判断がどの評価表から出てきたのかを確かめてみてください。


この記事で参考にした本

『イノベーションへの解』クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー → 会社の戦略は日々の資源配分で決まり、資源配分は価値基準に支配される。予算の経路が新市場を締め出す仕組みの理論的な土台です

『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン → 小さな市場には、小さな注文に喜べる組織を当てる。コントロール・データ社の「5万ドルの注文」の話を含む、ハードディスク業界の全体像が読めます

『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』北嶋貴朗 → 既存事業に最適化された評価制度が新規事業の芽を摘む。分けた後に、撤退基準と投資原資をどう設計するかの実務がわかります


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