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ブクドリ | BOOK DRIP

答えのない問題で「答え」を探すと、決めるのは締め切りになる

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約6分で読めます 思考法・問題解決
目次

「5手でチェックメイトせよ」というチェスの問題なら、解けた瞬間に解けたと分かります。ところが、高速道路をどこに通すか、税率をどう変えるかといった問題には、その瞬間がありません。

1973年、カリフォルニア大学バークレー校のホルスト・リッテル氏とメルヴィン・ウェバー氏は、後者を「厄介な問題(wicked problem)」と名づけました。

そして、こうした問題の検討が終わるのは答えが見つかったからではない、と書いています。時間か、お金か、忍耐が尽きたからです。

答えのない問題には「ここで終わり」の合図がない

二人の論文「Dilemmas in a General Theory of Planning」は、厄介な問題の性質を10個挙げています。職場の問題に置き換えやすいのは、次の3つです。

  • 問題の定義が一つに決まらない。何を問題とみなすかが、すでに解決の方向を含んでいる
  • 解決策は「正しいか誤りか」では評価できず、「良いか悪いか」で評価される。その基準は評価する人ごとに違う
  • 「これで解けた」と判定する停止ルールがない

論文が扱ったのは都市計画や社会政策です。ただ、関係者の価値観で評価が割れる仕事の課題にもよく当てはまります。たとえば新規事業の方向性や、採用で何を重視するかです。

この性質を持つ問題で答えを探すと、探す作業に終わりがありません。

もう少し調べれば、もっと良い案が見つかるかもしれない。論文の言葉では、計画者は「いつでももっと良くしようとできる」。だから検討を止める理由は、問題の外からやってきます。会議の時間切れ、予算の締め切り、上司の忍耐の限界です。

止まった時点で手元にあった案が、そのまま通りがちです。自分で決めているつもりでも、実際には締め切りに決めさせていることになります。

「これで合ってますか?」が空回りする理由

高松智史さんは『「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術』で、仕事の多くを「答えのないゲーム」と呼び、算数のような「答えのあるゲーム」と区別しています。

高松さんが特に戒めるのは、上司に「これで合ってますか?」と聞く習慣です。このゲームでは、上司も正解を知りません。この質問は上司にだけ答えのないゲームをさせ、自分は「上司のOKをもらう」という答えのあるゲームに逃げている、と高松さんは指摘します。

リッテル氏らの整理と重ねると、この質問が空回りする理由が見えてきます。「合っているか」は、正誤を判定できる問題でしか意味を持たない問いです。評価が「良いか悪いか」で割れる問題に持ち込んでも、返ってくるのは相手の好みです。

高松さんが代わりに勧めるのは、2つ以上の選択肢を作って比べること。そして、議論が起きるのを前提にすることです。

リッテル氏らも、厄介な問題に向く進め方として、関係者が批判的に議論するなかで問題像と解決像が少しずつ見えてくる「議論のプロセス」を挙げていました。

では、その議論はどうすれば機能するのか。ここに、直感に反する実験があります。

反対意見は、役として割り当てても効かない

議論を深めたいときによく使われるのが「悪魔の代弁者」です。誰か一人に、あえて反対の立場を演じてもらいます。

カリフォルニア大学バークレー校の心理学者シャーラン・ネメス氏らは2001年、この方法と、本気で反対している人がいる場合とを比べました。

4人組の模擬陪審に、人身傷害の事件で賠償額を決めてもらう実験です。少数派が話す立場と論拠は、どの条件でも同じにしました。違いは、その人が事前に「悪魔の代弁者を演じてほしい」と頼まれていたかどうかだけです。

結果は、本気の反対意見のほうが多数派に論点の両側を考えさせる、というものでした。悪魔の代弁者の条件では、両側を考える量が減っただけでなく、多数派が自分の最初の立場を補強する考えを多く出しました。反対役がいることで、かえって元の意見が固まったのです。

同じ年の別の実験では、反対役の本心が分かるかどうかを変えても差は出ませんでした。どの条件でも、本気の反対意見ほど創造的な解決策は出てきませんでした。

ドイツのシュテファン・シュルツ=ハルト氏らが2002年に、企業や公的機関の社員と管理職201人で行った実験も同じ方向です。自分の案に都合のよい情報ばかり集める偏りは、悪魔の代弁者を置くより、本当に意見の割れたメンバーで組んだほうが防げました。

役として出された反対は、聞く側が「役だから」と割り引けます。一方、本気の反対は割り引けないので、考え直すしかない。私はこの差をそう読んでいます。

正解に合意できなくても、次の一手には合意できる

議論の後に残るのは、どこで決めるかです。問題の側に停止ルールがない以上、決め方は自分たちで作るしかありません。

政治学者のチャールズ・リンドブロム氏は、1959年の論文「The Science of “Muddling Through”(なんとか切り抜ける科学)」で、行政の現場で実際に働いている決め方を描きました。

教科書的なやり方では、まず目標をはっきりさせ、選択肢をすべて洗い出し、最善を選びます。リンドブロム氏は、この方法は「人間が持っていない知的能力と情報源」を前提にしていると書きました。

現場の実務家は代わりに、今の状態から少しだけ違う選択肢をいくつか比べ、一歩ずつ進みます。決定を「一歩」とみなすので、誤りがあっても比較的早く直せます。政策は一度で決まるものではなく、際限なく作り直されるというのが氏の見立てです。

私がいちばん使えると感じたのは、良い決定の基準です。リンドブロム氏によれば、関係者が目標について合意していなくても、その施策そのものに合意できるなら、それが良い政策のしるしになります。

たとえば新規事業で「最終的に何を目指すか」は、営業と開発で価値観が違えば何週間議論しても揃いません。それでも「来月、既存顧客5社に試作品を見せる」という一手なら、両方が賛成できることがあります。

ティム・ブラウン氏が『デザイン思考が世界を変える』で紹介するIDEOの合い言葉「早めの失敗は成功への早道」も、同じ方向を向いています。ブラウン氏は、プロトタイプは検証の手段であると同時に、考えを生み出す手段だと書いています。

形にして反応を見ると、問題そのものの見え方が変わる。リッテル氏らの言う「問題の理解と解決は同時に進む」という性質と、よく噛み合います。

ただし、リッテル氏らは、厄介な問題への解決策は一発勝負で、試してから直すという手が使えない場合が多いとも書いています。高速道路は、作ってから具合を見るわけにいきません。後戻りの難しい決定ほど、一歩を踏み出す前の議論に時間を使うべきです。

「正解探し」を「決め方の設計」に置き換える

誤解:正しい答えが見つかるまで検討を続ける → 正解の決まらない問題では検討が終わらず、締め切りが代わりに決めます。

正しいアプローチ:議題を「どれが正しいか」から「次に何を試すか」に書き換える → たとえば「A案とB案のどちらが正解か」という議題を、「次の1か月で、A案の何を確かめるか」に変えます。目標で揃わなくても、一手なら合意しやすくなります。

誤解:反対役を決めておけば、議論は深まる → 実験では、役としての反対はかえって元の意見を固めました。

正しいアプローチ:本当に別の案を推している人を、決める場に呼ぶ → 会議の前に、反対していそうな人を探して最初に話してもらいます。社内に見当たらなければ、その決定の影響を受ける部署の人に声をかけます。

誤解:上司に「これで合ってますか?」と確認する → 上司も正解を知りません。返ってくるのは好みで、議論は起きません。

正しいアプローチ:2つの案と、選んだ理由と、いちばん自信のない前提を持っていく → 自信のない前提を先に見せると、相手は賛成か反対かを具体的に返せます。そこが、本気の反対意見を引き出す入口になります。

5分でできることもあります。いま「どれが正解だろう」と迷っている案件を1つ選び、その問いを「次に何を試すか」の形に書き直してみてください。

おわりに

リッテル氏らは、社会の問題は解決されることがなく、せいぜい何度も解き直されるだけだと書きました。

仕事の厄介な問題も、たぶん同じです。一度で当てる必要はありません。本気の反対を聞いたうえで次の一手に合意し、解き直し続けられるかどうか。問われているのは、そこです。


この記事で参考にした本

『「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術』高松智史さん → 仕事の多くは「答えのないゲーム」であり、「これで合ってますか?」と聞く習慣がその戦い方を壊しているという指摘

『デザイン思考が世界を変える』ティム・ブラウン氏 → 頭の中で正解を完成させる前に、形にして考えるプロトタイピングの発想


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