「わからない」に耐えられない人は、最初の判断から降りられない
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うるさい部屋に入ると、人は説得されやすくなります。そして同じ部屋で、説得されにくくもなります。
矛盾して聞こえます。でも、1993年に報告された実験の結果です。メリーランド大学のアリー・クルグランスキー氏らは、参加者に陪審員役として裁判の事例を検討してもらい、もう1人の陪審員役と話し合わせました。部屋によっては、そばでプリンターが大きな音を立てています。
騒音の中にいた人は、事前に判断材料を渡されていなかった場合、相手の意見に流されやすくなりました。ところが事前に材料を読み、自分の意見を持っていた場合は、静かな部屋の人より強く説得に抵抗しました。
同じ騒音が、ある人を流されやすくし、別の人を頑固にする。この2つをつなぐのが、「わからない」を早く終わらせたいという欲求です。
「早く決めたい」は、考えを閉じる力として働く
社会心理学者の三浦麻子さんは『「答えを急がない」ほうがうまくいく』で、答えを急ぐことを、のんびり構えるかどうかの心構えとしては扱っていません。瞬間的に、ほとんど無意識に湧く「答えを急ぎたい」という衝動の話だと書いています。
精神科医の帚木蓬生さんも『ネガティブ・ケイパビリティ』で、わけの分からないものが放置されると脳は落ち着かず、とりあえず意味づけをして「分かろう」とする、と指摘しています。
クルグランスキー氏は、この衝動を「認知的完結欲求」と名づけました。ある問いにはっきりした答えを持ちたい、あいまいなままでいたくない、という欲求です。
1996年の論文で、同氏とドナ・ウェブスター氏は、この欲求が2つの傾向を生むと整理しています。1つは、答えを今すぐ手に入れたい傾向で、手元にある最初の手がかりに飛びつかせます。論文はこれを「つかむ(seizing)」と呼んでいます。
もう1つは、手に入れた答えを手放したくない傾向です。一度決めた答えの上で固まり、新しい情報を受け付けにくくなります。こちらは「凍る(freezing)」です。
冒頭の実験は、この2つで説明がつきます。自分の意見がまだない人は、相手の意見をつかんで早く終わらせる。すでに意見がある人は、それを凍らせて終わらせます。向きは逆でも、どちらも「早く決着したい」という同じ動機から出ています。
しかもこの欲求は、状況で強くなります。論文が挙げるのは、騒音、退屈な作業、疲労、時間の制約のように、考えることがしんどくなる状況です。
疲れているときほど、最初に聞いた話で決まる
「つかむ」側の代表例が、第一印象の効きすぎです。人物についての情報を順に聞くと、後の情報より先の情報が印象を大きく左右します。心理学で「初頭効果」と呼ばれる現象です。
クルグランスキー氏とタリー・フロイント氏は1983年、判断を急かされる条件でこの初頭効果が強まり、判断があとで評価されると知らされた条件では弱まることを報告しました。同じ論文では、作文の採点に書き手の出自への固定観念が入り込む度合いも、時間に追われると大きくなっています。
疲労でも同じです。ウェブスター氏らは1996年、長い期末試験を受け終えたばかりの大学生と、疲れていない学生に、ある人物の印象を判断してもらいました。疲れた学生のほうが、先に示された情報に強く引きずられていました。
ただし、印象の理由を後で説明してもらうと伝えた条件では、この差は消えています。疲れて考えられなくなったわけではありません。考える手間が割に合わないと感じて、最初の情報で決着させていたと著者らは見ています。
たとえば、夕方6時からの会議で3つの案を順に聞く場面を考えてみます。最初の案に納得した時点で、2つ目と3つ目は「最初の案より劣る点」を探す聞き方になりがちです。案の出来より、話す順番が結論を決めてしまいます。
どれも1980〜90年代に大学生を対象にした実験室の研究で、効果の大きさが職場でも同じだとは限りません。それでも、急かされたり疲れたりすると最初の答えに寄りやすくなる、という方向は複数の研究でそろっています。
締め切りが近づくと、反対意見の人が疎まれる
「凍る」側は、頭の中だけで終わりません。手にした答えを守るために、周りの意見まで締め出すことがあります。
クルグランスキー氏とウェブスター氏は1991年、テルアビブのスカウトのグループに、2週間の合宿地を2つの候補から選ぶ話し合いをしてもらいました。多くのメンバーがどちらを好むかは、あらかじめ分かっていました。
各グループの1人に頼み、みんなと同じ候補か、あえて不人気な候補を推してもらいます。発言するのは、話し合いの序盤か、締め切り間際のどちらかです。
差ははっきり出ました。同じ候補を推した人への評価は、タイミングでほとんど変わりませんでした。一方、反対意見を言った人への評価は、締め切りが近づくほど下がっていきました。
目を引くのは、発言の時刻は締め切り間際と同じでも、締め切りが延びたと知らされていたグループです。まだ時間があると感じていたメンバーは、反対者をそこまで低く評価しませんでした。残り時間を短く感じるほど、全員一致を乱す人が邪魔に見えてくるわけです。
たとえば、終業間際に「本当にこの案でいいんでしょうか」と言い出した同僚が、場の空気を悪くした人に見える。そのとき、疎まれているのは意見の中身より、決着を遅らせたことかもしれません。
専門家も例外ではありません。帚木さんは、胃の中で菌は生きられないという定説が広まった結果、胃に細菌らしきものを見ても「ゴミ」として片づけられていたはずだ、とピロリ菌の歴史を振り返っています。
1954年には、1,000人を超える人の胃の組織を調べた研究が、細菌は見つからないと報告しました。オーストラリアの病理医ロビン・ウォレン氏が胃の組織に菌を見つけたのは1979年、学術誌への報告は1983年です。
問いを開けたまま進める3つの方法
誤解:すぐに答えを出せる人が、決断力のある人だ → 三浦さんは、決断が早いのは、あいまいさに耐えられず、じっくり考えられないだけの可能性もあると書いています。速さそのものは、判断の質を保証しません。
方法1:疲れているときと締め切り直前は、「確定」でなく「仮置き」にする → 夕方の会議や締め切り前日に出た結論には「暫定」と書き添え、確定する日時を別に決めます。最初の情報に引きずられたのは、疲れていた学生でした。翌朝もう一度見るだけで、最初の答えを見直す機会ができます。
方法2:決める前に、理由を説明する相手を1人決める → 1983年と1996年の実験では、あとで評価される、理由を説明してもらうと伝えるだけで、最初の情報への偏りが弱まりました。「この結論を誰に、何を根拠に説明するか」を先に決めると、手元の情報だけで閉じにくくなります。
方法3:反対意見は、締め切り間際より序盤に聞く → スカウトの実験で反対者が疎まれたのは、締め切りが迫ったときでした。会議の最後に「ほかに意見は」と聞いても、場はもう決着を求めています。議題の最初に、別の案を推す人の話を先に聞く時間を取ります。
会議で「まだわかりません」と言うときは、仮の答えと決める日をセットにすると伝わりやすくなります。たとえば「今はA案が有力だと見ています。木曜に数字がそろうので、そこで決めます」。周りは先の見通しを持てますし、答えの扉も閉まりません。これは研究から直接出てくる方法ではなく、私からの提案です。
今すぐできることもあります。いま抱えている判断を1つ選び、「暫定の答え」「確定する日」「説明する相手」の3つを書き出してみてください。
おわりに
「わからない」を早く終わらせたくなるのは、誰にでも起きる反応です。困るのは、疲れているとき、急かされているとき、周りが合意を急いでいるときに、最初に手に取った答えがそのまま最終的な答えになってしまうことです。
帚木さんは、精神分析医ウィルフレッド・ビオン氏の「答えは好奇心を殺す」という言葉を紹介しています。決めること自体は必要です。ただ、その答えが最初に手に取ったものにすぎないなら、決めるのは少し先でかまいません。
この記事で参考にした本
『「答えを急がない」ほうがうまくいく』三浦麻子さん → 答えを急ぐのは心構えの問題より、瞬間的に湧く衝動の問題だという見方。決断の早さを疑う視点もこの本から。
『ネガティブ・ケイパビリティ』帚木蓬生さん → 脳は分からないものに意味づけをして「分かろう」とする。定説が観察を片づけてしまったピロリ菌の例も。
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意見を変えられる人が、いちばん正確になる 新しい情報で考えを少しずつ直していくベイズの考え方を扱っています。答えが凍る仕組みを知ったあとに、どう溶かすかの手順として読めます。
『恐れのない組織』エイミー・C・エドモンドソン 会議で「おかしいのでは」と思っても口をつぐんでしまう職場の構造を解説した本の要約です。締め切り間際に反対意見が疎まれる話と重ねると、声が消える理由が立体的に見えます。
『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』デビッド・ロブソン氏 頭の回転が速い人や専門家ほど、一度出した結論に固執しやすいという本の要約です。ピロリ菌の例のように、知識があることが見直しを妨げる場面を詳しく扱っています。