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ブクドリ | BOOK DRIP

本番に弱い人は、なぜ練習どおりにできないのか

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約6分で読めます 健康・メンタル
目次

カメラの前で練習させられた人だけが、本番で崩れませんでした。

2001年、心理学者のシアン・バイロック氏とトーマス・カー氏は、ゴルフ経験のほとんどない大学生にパターを280回以上打たせました。上達が頭打ちになったところで、本番を用意します。「20%上達すれば5ドル。ただし、ペアの相手はもう達成済みで、あなたが失敗すると相手ももらえない」という条件です。

ふつうに練習した組は、この本番で精度を落としました。賭かっていたのは、たった5ドルです。

一方、練習中ずっとビデオで撮られ、「あとで大学のゴルフの指導者たちが見る」と言われていた組は崩れませんでした。

本番に弱いのは、気が弱いせいなのでしょうか。研究を追うと、もう少し具体的な仕組みが見えてきます。

崩れる原因は、緊張そのものより注意の向け先にある

大事な場面ほど実力を下回る現象を、心理学では「チョーキング(choking under pressure)」と呼びます。

1984年にこの現象を実験で調べたロイ・バウマイスター氏は、こう説明しました。プレッシャーがかかると、人は自分の動作の過程に意識を向ける。その意識が、練習で自動化した動きの流れを邪魔する。

その後の研究で、崩れ方は2つに整理されていきます。

1つは「確かめすぎ」です。体が覚えている動きを、頭で一つずつ確かめ直してしまう。もう1つは「心配の割り込み」です。「失敗したらどうしよう」という考えが、頭の中の作業スペース(ワーキングメモリ)を占領してしまう。

どちらが起きるかは、仕事の種類で変わります。冒頭の実験では、パットは本番で崩れましたが、同じくらい練習させた記号の計算問題は崩れませんでした。

もう一つ、見落とされがちな結果があります。練習中に別の作業を同時にさせ、気が散る状態に慣らした組は、パットの本番でやはり崩れました。守ったのは、見られながら練習することのほうでした。

体で覚えた動きは、確かめた瞬間に崩れる

「確かめすぎ」をもっと直接に調べた実験があります。

バイロック氏らは2002年、経験のあるゴルファーに2つの条件でパットをさせました。別の作業を同時にこなしながら打つ条件と、自分のストロークの動きに注意を向けながら打つ条件です。より正確だったのは、気が散るはずの前者でした。

サッカー経験者のドリブルでも、ボールに触れている足の面に注意を向けさせると、利き足での成績が落ちました。

面白いのは、利き足でないほうでは結果が逆になったことです。まだ自動化していない動きは、注意を向けたほうがうまくいく。初心者は、どちらの足でも注意を向けた条件のほうが良い成績でした。

つまり「集中して丁寧に」は、いつも正しいわけではありません。練習を積んで自動化した動きほど、本番で一つずつ確かめると崩れやすくなります。

心理学者のイーサン・クロス氏は『Chatter(チャッター)』で、大リーグの投手リック・アンキール氏の例を取り上げています。2000年のポストシーズン初登板で、1イニングに5つの暴投。クロス氏はこれを、頭の中のひとりごとが、無意識にこなしていた投球動作の一つひとつに注意を向けさせた結果として描いています。

仕事なら、何十回も話してきたプレゼンの冒頭や、手に馴染んだ操作がこれに当たります。本番の直前に「最初の一言は何だったか」と頭の中で再生し直すと、自然に出てくるはずの流れを、自分で止めにいくことになります。

頭を使う仕事は、心配に作業スペースを奪われる

暗算や質疑応答のように、その場で考える仕事は、別の崩れ方をします。

バイロック氏らは2004年、プレッシャーが数学の問題の成績をどう変えるかを調べました。崩れたのは、練習していない、ワーキングメモリを多く使う問題だけでした。

同じ難しい問題でも、答えを記憶から直接取り出せるようになるまで練習させると、崩れは消えました。練習回数を変えた実験では、1〜2回しか練習していない問題は崩れたまま、50回練習した問題は崩れなかったと報告されています。

心配が作業スペースを奪うなら、作業スペースを使わずに済む形まで答えを仕上げておけばいい。こちらは「確かめすぎ」とは逆で、事前に意識して反復するほど本番に強くなります。

効く対策と、期待ほどには効かない対策

対策の研究は、スポーツの分野に集まっています。

グレーペル氏とメサーニョ氏は2019年、チョーキングの対策を試した47の研究を整理しました。効果の報告が多かったのは、動作の前に毎回同じ手順を踏むルーティン、狙う直前に視線を一点に止める訓練、そして弱いプレッシャーの下で練習して慣らす方法です。目標設定や、状況の捉え直しを促す声かけには効果が見られませんでした。

数字で見ても同じ傾向です。ルーティンの研究を統合した2021年のメタ分析(Rupprecht氏ら)では、プレッシャー下の実験で中程度から大きめの効果(効果量0.70)が出ました。プレッシャーをかけて練習させる方法も、14研究の統合で同程度の効果(0.67)です(Low氏ら、2021年)。冒頭の「カメラの前で練習した組」は、この慣らし練習の一例です。

では、緊張を「興奮」と言い換える方法はどうでしょう。ハーバード・ビジネス・スクールのアリソン・ウッド・ブルックス氏は2014年、300人に調査し、自分が緊張している場面を想定した人の91%が「落ち着こうとする」を最善の助言に選ぶことを示しました。

そのうえで行った実験では、スピーチの直前に「私はワクワクしている」と声に出した組が、「私は落ち着いている」と言った組より、説得力や自信を高く評価されました。ケリー・マクゴニガル氏も『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』で、この実験を紹介しています。

ただ、2025年に発表された直接の追試(74人)では、ワクワクした気分が高まる点は再現したものの、評価者の採点には差が出ませんでした。気分は変わっても、出来ばえは変わらなかったわけです。

ストレスの捉え直しを試した35研究のメタ分析(Bosshard氏とGomez氏、2024年)でも効果は小さく(0.23)、公表されにくい研究の偏りを補正すると0.14まで下がります。

言い換えは手間がかからないので、試す価値はあります。ただ、準備の主役にするには弱い、というのが今の研究の示すところです。

前日までに固めるもの、直前は手放すもの

誤解:本番の直前まで、手順を頭の中で確認し続ける → 手順の確認は前日までに終えてください。直前の30秒は、毎回同じ順番の短い動作で注意を埋めます。たとえばプレゼンなら、水を一口飲む、1枚目のスライドを見る、会場のいちばん奥を見て息を長く吐く、の3つです。

樺沢紫苑さんは『いい緊張は能力を2倍にする』で、ラグビーの五郎丸歩選手がキックの前に行う7つの動作を例に、決まった連続動作が不安の入り込む余地を減らすと書いています。クロス氏も、厳密に同じ順序で行う儀式が頭の中のひとりごとを鎮めると述べています。

誤解:練習は一人で、静かな部屋でやるのがいい → 少しだけ見られる状態で練習してください。たとえばスマホで録画しながら通しで話す、同僚1人に5分だけ聞いてもらう。冒頭の実験で崩れなかったのは、見られることに練習の段階で慣れていた組でした。今日、5分でできます。

誤解:質問への答えは、その場で考えれば何とかなる → 想定質問を書き出し、答えを声に出して、考えなくても口から出てくるまで繰り返してください。たとえば売上の数字を聞かれそうなら、計算し直さずに言える形で覚えておきます。作業スペースを使わずに答えられる問いは、プレッシャーで崩れにくくなります。

おわりに

本番で崩れる人は、本番でだけ、いつもと違うことを始めています。流れで出ていた動きを確かめ直し、ふだんは要らない作業スペースを心配に明け渡す。

練習の条件を本番に近づけ、直前は決めた手順に任せる。本番を特別な場面にしないことが、地味ですがいちばん確かな準備です。


この記事で参考にした本

『Chatter(チャッター)』イーサン・クロス氏 → アンキール投手の暴投の例と、決まった順序で行う儀式が頭の中のひとりごとを鎮めるという指摘。

『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』ケリー・マクゴニガル氏 → 不安を興奮と捉え直すブルックス氏の実験。本記事では、追試とメタ分析で効き目の大きさを確かめ直しました。

『いい緊張は能力を2倍にする』樺沢紫苑さん → 本番前のルーティンの組み立て方と、本番さながらの予行演習を重ねる準備。


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『新訳 弓と禅』オイゲン・ヘリゲル|狙うのをやめた矢だけが、的に中る ドイツ人哲学者が日本で弓を習い、狙う意識を手放すまでの記録です。本記事の「確かめた瞬間に崩れる」を、稽古の場面で追えます。

会議で何か言わなきゃと思った。でも、何も浮かばなかった。 会議で意見を求められた瞬間に頭が真っ白になる仕組みを扱っています。本記事の「心配に作業スペースを奪われる」が、会議ではどう起きるかを読めます。

ゾーンは、入ろうとするほど遠ざかる 没頭した状態は、狙うほど遠のきます。起きやすい条件を仕事の側に作る方法を知りたい方に。