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ブクドリ | BOOK DRIP

ゾーンは狙って入れない。起きやすい仕事なら作れる

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約6分で読めます 健康・メンタル
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没頭できた時間がいちばん多く記録されたのは、休日の趣味より仕事中でした。

心理学者ミハイ・チクセントミハイ氏のチームは、フルタイムで働くアメリカの大人たちにポケットベルを1週間持たせました。1日8回、ランダムな時刻に鳴らし、そのとき何をしていて、どう感じていたかを記入してもらう方法です。経験抽出法(ESM)と呼ばれます。

実際に仕事をしている最中の回答では、54%がフローの状態に当たりました。読書やテレビ、友人との食事といった余暇では18%です。

しかも同じ人たちは、仕事中のほうが「何か別のことをしていたかった」と強く答えていました。望んでいない場所で、没頭は起きていたわけです。

ゾーンやフローは、本人の意気込みではあまり決まらないようです。では、何が決めているのでしょうか。

「ゾーンに入れているか」を確かめた瞬間、条件が一つ崩れる

チクセントミハイ氏は著書『フロー体験 喜びの現象学』で、楽しさに満ちた体験の特徴を8つ挙げています。

前半は作業の側の条件です。達成できる見込みのある課題に向かっている。集中できる。目標がはっきりしている。すぐに手応えが返ってくる。

後半は体験の側の特徴です。日常の心配が意識から消える。自分で動かせている感覚がある。自分への関心が消える。時間の感覚が変わる。

目を留めたいのは、自分への関心が消えるという特徴です。同氏は「フローの中には自己を点検する余地がない」と書いています。

ここから先は私の解釈です。「今ゾーンに入れているか」と確かめる行為は、この自己点検そのものです。確かめた時点で、フローを成り立たせている特徴の一つが崩れます。

同氏は幸福についても、J・S・ミルの「自分は幸福かと自問したとたん、幸福ではなくなる」という言葉を引き、幸福は直接探しても手に入らないと書いています。フローも同じ形をしています。

手を触れられるのは前半の条件だけで、後半は条件が揃ったあとに結果として現れます。2023年に職場のフロー研究を統合したメタ分析も、明確な目標、フィードバック、挑戦と能力の釣り合いは「フローを生む要因」と位置づけるほうが適切だという議論を紹介しています。

フローが職場に多いのは、仕事に目標と手応えが組み込まれているから

冒頭の調査に戻ります。余暇の回答の52%は、挑戦も能力の発揮も低い「無気力」の領域でした。仕事中は16%です。

チクセントミハイ氏は、仕事がゲームに似ているほど楽しめると述べています。変化があり、挑戦の度合いを調整でき、目標がはっきりしていて、すぐに手応えがある仕事です。ぼんやりテレビを見ている時間には、そのどれもありません。

ただし、この数字には注意が要ります。ここでの「フロー」は、挑戦と能力の自己評価がどちらもその人の1週間の平均を上回った回答、という緩い定義です。同氏自身、最も高いレベルの体験だけに絞れば1%に満たないかもしれないと書いています。54%の全部が、アスリートの言うゾーンに当たるわけではありません。

職場のデータは、その後も積み上がっています。Liu氏やBakker氏らは2023年、113研究、約6万人分のデータを統合しました。仕事の裁量(自律性)とフローの相関は0.40、周囲からの支援は0.28でした。

一方で、責任や負荷の大きさといった「挑戦的な要求」とフローの相関は0.03で、関係は見られませんでした。相関の研究なので因果までは言えません。それでも、仕事を難しくするだけで没頭が増えると期待するのは無理がありそうです。

永田豊志さんは『トップ1%の人だけが実践している集中力メソッド』で、集中を支えるものとして「自律」を挙げています。与えられた目標を今日できる目標に細分化し、自分で関わることで、やり遂げたい気持ちが強くなるという主張です。メタ分析の自律性の数字と、向きは一致します。

「ちょい難」は万能のスイッチではない

フローの条件として最もよく知られているのが、挑戦と能力の釣り合いです。樺沢紫苑さんは『集中力がすべてを解決する』で、簡単な作業ではゾーンに入れず、頑張れば何とかクリアできそうな「ちょい難」の課題で入りやすくなると書いています。

実験の裏付けはあります。Keller氏とBless氏は2008年、テトリスのブロックが落ちる速度を操作しました。遅すぎる条件、速すぎる条件、腕前に合わせて速度が自動で変わる条件を比べると、自動で変わる条件で楽しさと没入の度合いが高くなりました。

ところが、揺り戻しもあります。

Cutting氏らは2023年、事前登録した実験で311人にAIが強さを調整する対戦ゲームを遊んでもらいました。楽勝、互角、苦戦の3条件で、楽しさにも「もう一度遊ぶか」にも差は出ませんでした。

測ったのはフローそのものより楽しさと継続意欲で、著者らもゲームの目新しさが結果を覆った可能性などの限界を挙げています。それでも、難しさと腕前の釣り合いの効果は、考えられていたほど大きくも直接的でもないかもしれない、と結論しています。

28研究を統合したFong氏らの2015年のメタ分析でも、釣り合いとフローの関係は中程度でした。しかも仕事や教育の場面、日常の中で測る経験抽出法では弱くなっていました。同じ分析では、目標の明確さと自分で動かせている感覚も、釣り合いと並ぶ要因として残っています。

最適な難しさには個人差もあります。Løvoll氏とVittersø氏の2014年の研究では、フローの指標が高くなったのは、釣り合いの点より、挑戦がやや上回る条件でした。反対に、中国の学生を調べたMoneta氏の研究では、能力が挑戦をやや上回る条件で最もフローが高かったと報告されています。

「ちょい難」は目安としては使えます。でも、そこに合わせれば必ず入れるスイッチとは言えません。

入ろうとせず、3つのつまみを回す

手で触れるのは、目標、手応え、難しさの3つです。そして難しさの最適点は人によって違います。

誤解:ゾーンに入るには、強く集中しようと念じればいい → 念じる代わりに、作業の終わりの状態を1行で書いてください。たとえば「企画書を進める」を「3章の見出しと、各章の要点を1文ずつ書く」に変えます。終わりが見えると、次に何をするかを途中で考え直す回数が減ります。5分でできます。

渡邊康弘さんの『没入読書』も、読む前に「この本を読んで最終的にどんな行動をしたいか」を具体的な目標に落とし、読書ノートで手応えを得ることを没入の条件にしています。

誤解:出来ばえは、最後にまとめて確かめればいい → 途中で結果が見える単位に作業を切ってください。たとえば資料作りなら、30分ごとに1枚ずつ完成させます。プログラムなら、書き始める前に動作確認の手順を決めておきます。進んでいるかどうかが、すぐ返ってくるようにするためです。

誤解:難しい仕事ほど没頭できる → 難しさは、調整するつまみとして扱ってください。たとえば退屈なら時間制限や品質の条件を足し、不安で手が止まるなら課題を分割します。

そのうえで、作業の区切りごとに「挑戦の大きさ」と「使えた能力」をそれぞれ10段階で書き留めてみてください。チクセントミハイ氏の方法を、自分に使う形です。

1週間分たまると、自分がどの組み合わせで没頭しやすいかが見えてきます。記録するのは作業の区切りのあとにしてください。作業の最中に確かめると、最初の話に戻ってしまいます。

おわりに

ゾーンは、目指す場所としては遠いままです。

目標を1行にし、手応えを早め、難しさを少しずつずらす。その作業に手を動かしているうちに、気づいたら時間が過ぎている。フローは、たいていあとから振り返ったときにしか確かめられません。


この記事で参考にした本

『フロー体験 喜びの現象学』M・チクセントミハイ氏 → フローの8つの特徴、「フローの中には自己を点検する余地がない」という指摘、仕事と余暇の経験抽出法の調査。

『トップ1%の人だけが実践している集中力メソッド』永田豊志さん → 集中を支える「自律」と、目標を今日できる大きさに細分化する考え方。

『集中力がすべてを解決する』樺沢紫苑さん → ゾーンに入る条件としての「ちょい難」。本記事では、その効き方の限界を研究と照らし合わせました。

『没入読書』渡邊康弘さん → 読む目的を具体的な目標にし、読書ノートで手応えを得るという、フローの条件を読書に落とした方法。


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