悩みに「反応しない」とは、考えを消すことではなかった
目次
嫌な考えが頭から離れないとき、多くの人は「考えないようにする」か「前向きに言い換える」を試します。
ところが、ある小さな実験では、その嫌な考えを一語にして、30秒間早口で声に出し続けた人のほうが、苦しさも「本当にそうだ」という感覚も下がりました。
消そうとした人より、口に出した人のほうが楽になった。
「反応しない」という言葉は、歯を食いしばって我慢することや、嫌な考えを見なかったことにする意味で受け取られがちです。研究から見えてくるのは、別の意味でした。
悩みの言葉には「中身」と「くっつき方」がある
僧侶の草薙龍瞬さんは『反応しない練習』で、悩みは出来事そのものより、それに対する心の反応から始まると書いています。
そして反応から抜ける方法として、心の状態を言葉で確かめる、体の感覚に目を向けるといった「心の反応を見る」練習を挙げます。
この「見る」という発想は、心理療法のACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の考え方と重なります。
ACTでは、考えの中身を文字どおりの事実として受け取り、それに振り回されている状態を「認知的フュージョン(融合)」と呼びます。
たとえば「自分は仕事ができない」という考えが浮かんだとします。フュージョンした状態では、その一文が、自分についての動かせない事実に感じられます。頭の中で浮かんだ言葉だということは、意識から抜け落ちています。
ふつう人がとる対処は、大きく2つです。
- 考えないようにする、別のことで気をそらす
- 「本当にそうか」と反論し、別の考えに書き換える
どちらも、考えの中身を相手にしています。
これに対してACTの「脱フュージョン」は、中身には手をつけません。考えが浮かんでいる状況のほうを変え、考えとの関係を変えようとします。
「反応しない」を研究の言葉に置き換えるなら、この脱フュージョンがいちばん近いと私は考えています。
「ミルク」を30秒唱えると、言葉はただの音になる
脱フュージョンの技法のなかで、いちばん古くて単純なものがあります。言葉を声に出して、何度も繰り返すことです。
心理学の初期の教科書で、エドワード・ティチナー氏(1916年)は、言葉を何度も声に出すと、その言葉が意味を持つための文脈が失われると述べていました。
同じ字を見続けると形が崩れて見える体験に近いもので、言葉の場合は「意味飽和」と呼ばれて研究されてきました。
この技法を、自分を責める考えに当てはめたのが、ネバダ大学リノ校の増田暁彦さん、スティーブン・ヘイズ氏らの2004年の研究です。
参加したのは18〜19歳の女子学生8人で、4人ずつ2つの実験に分かれました。まず、特につらい自分への否定的な考えを2つ書き、それぞれを一語に縮めました。論文の例では「私は太りすぎている」が「fat」になります。
その一語について、どれくらい不快か、どれくらい本当だと感じるかを0〜100で評価してもらいます。
脱フュージョンの条件では、約5分の説明のあと、まず「ミルク」を30秒間、声に出してできるだけ速く繰り返します。参加者は全員、途中で言葉が意味を失ってただの音になったと話しました。
続けて、自分の一語で同じことを30秒やります。
比べる相手は実験ごとに違います。1つ目は日本についての記事を読んで気をそらす条件、2つ目は前向きな言葉や呼吸法など、どんな手を使ってもいいからその考えを考えないようにする条件です。
結果は、8人全員で、比べた条件より脱フュージョンのあとのほうが、不快さも「本当だ」という感覚も低くなりました。
別の23人で確かめると、説明を聞いただけでは効果は出ず、実際に繰り返すことが必要でした。
ただし、8人という小さな研究です。著者たち自身も、臨床で役立つことや、既存の治療法より優れていることを示したものではないと書いています。
増田さんらは2009年に、繰り返す長さを変えた研究も発表しました。不快さは3〜10秒ほどで下げ止まり、「本当だ」という感覚は20〜30秒ほどで下げ止まったと報告しています。
つまり、つらさと信じ込みは別々に動きます。気分が軽くなったあとも、もう少し続けないと、考えを信じる度合いは下がりきらない可能性があります。
言い返して書き換えるより、「信じ込み」が下がった
では、よく勧められる「その考えは本当か、と反論する」方法と比べるとどうなるのか。
アンドレアス・ラーション氏らは2016年、自分にとってつらい否定的な考え1つに、5日間、3つのやり方のどれかで対処してもらう研究を発表しました。
- 考えの根拠を検討して書き換える(認知再構成)
- 脱フュージョン
- 特に指示なし
脱フュージョンは、ほかの2つより、考えを信じる度合いを下げ、その考えを抱えていても平気でいられる度合いを上げました。前向きな気分も増えています。
認知再構成が役に立たなかったわけではありません。こちらも不快さや否定的な感じは改善していました。
違いが出たのは頻度です。否定的な考えが浮かぶ回数は、脱フュージョンで減り、書き換えでは横ばい、指示なしでは増えていました。
ここからは私の解釈です。反論するには、元の考えを真剣な主張として扱う必要があります。言い負かそうとするほど、その考えを本気で相手にし続けることになるのかもしれません。
効き目は「やり方」と「条件」に左右される
ただ、どんな形でもやれば効く、というものでもありません。
イアン・ティンダル氏らの2017年の研究では、32人が否定的な一語を30秒繰り返しました。テンポは0.5秒に1回、1秒に1回、2秒に1回の3通りです。
直後に不快さと信じ込みの両方が下がったのは、0.5秒と1秒の条件でした。1か月後にも両方の低下が残っていたのは、1秒に1回の条件だけでした。
一方、チャットボットで脱フュージョンと認知再構成を5日間届けた2021年の予備研究では、223人を振り分けたものの72%が途中で離脱しました。2回目の測定まで残った人たちの分析では、3つのグループのあいだに統計的な差は出ていません。
著者たちは、この研究では技法の理由を説明しなかった点を挙げています。先行研究では、説明を添えると効果が高まると報告されてきました。
鈴木祐さんも『無(最高の状態)』で、思考の観察のような訓練は、人によってやる気の低下や否定的な感情の増加を招くことがあると書き、少しずつ負荷を上げるよう勧めています。
ここまでの研究の多くは、学生など臨床の対象ではない人の、短時間の実験です。つらさが強い、長く続くという場合は、専門家に相談するのが先です。
考えを「一語」にして、声に出してみる
実践に落とすと、変えるのは考え方の順番です。
誤解:嫌な考えは、消すか言い負かすまで終わらない → 増田さんらの実験では、考えないようにした条件のほうが、繰り返した条件より不快さも信じ込みも下がり方が小さく出ました。
正しいアプローチ:中身はそのままにして、言葉として扱う → 考えが浮かんでいることは認め、それを音や言葉として聞く位置に下がります。
具体的には、次の3つです。
1. 頭から離れない評価を一語にして、30秒声に出す
たとえば「嫌われた」「無能」のように縮めます。一人になれる場所で、1秒に1回くらいのテンポで30秒。前後に、どれくらい本当だと感じるかを0〜100でメモしておくと、変化が自分でわかります。5分あればできます。
2. 人前では「心半分」で聞く
草薙さんは、困った相手と向き合うとき、心の前半分で相手の話を理解し、後ろ半分で自分に起きている反応を見る「心半分法」を勧めています。声に出せない場面での、同じ方向の練習です。
3. 信じ込みが下がってから、自分にできることを1つ決める
『無(最高の状態)』は、自然に湧く不安は無理に消さず、自分で動かせることにだけ力を注ぐよう勧めています。
たとえば上司に資料の甘さを指摘された夜なら、「無能」を30秒唱えたあとで、次の資料で直す箇所を1つだけ書き出す。
脱フュージョンは、自分への評価のような考えに向く方法です。締め切りや体調のように手を打つべき問題まで、放っておいてよいという意味ではありません。
おわりに
「反応しない」は、頭の中の声を黙らせることを指していないのだと思います。
声は鳴っている。でも、それが事実の宣告ではなく、ただの言葉として聞こえている。
次に同じ考えが戻ってきたら、それを一語にして、30秒だけ口に出してみてください。
この記事で参考にした本
『反応しない練習』草薙龍瞬 → 悩みは出来事より心の反応から始まるという見方と、反応を見る練習、困った相手への「心半分法」
『無(最高の状態)』鈴木祐 → 自分で動かせることと動かせないことを分ける考え方と、観察の訓練には副作用もあるという注意
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