わからないことを聞けないのは、自分だけだと思っていた
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説明会の最後に、進行役が言います。「何か質問はありますか」。
数秒の沈黙のあと、「では、以上です」。会議室を出たところで、同僚が小声で聞いてきます。「さっきの新しい承認フロー、結局どこに出せばいいんですか」。
たとえばこんな場面で、実はあなたもよくわかっていなかったとします。聞けなかったのは自分だけだと思っていたのに、隣の席にも同じ人がいた。
聞けない理由を、私たちはつい自分の気の弱さに求めます。でも研究をたどると、あの沈黙は個人の性格より、場の仕組みから生まれていることが見えてきます。
教室では、1人が1時間に0.1回しか質問しない
質問の少なさを数字で示した研究があります。
メンフィス州立大学のアーサー・グレーサー氏とナタリー・パーソン氏は1994年、それまでの教室研究の数字をまとめ直しました。ドイツ、アメリカ、ナイジェリア、チェコスロバキアなどの調査で、生徒からの質問はクラス全体で1時間に1.3〜4.0回、中央値で3回でした。
1クラスを平均26.7人とすると、生徒1人あたりでは1時間に0.11回です。2人が自分たちの大学の研究法の講義を12時間録音して数えても、1人あたり0.17回でした。一方で教師の質問は1時間に平均69回あり、教室で飛び交う質問の96%を教師が占めます。
ところが、大学生と中学1年生の1対1の個別指導を録画して数えると、生徒は1時間に平均26.5回質問していました。1人あたりで比べると、教室の約240倍です。桁が2つ違います。
もちろん、個別指導は教室と内容も進め方も違います。この倍率を丸ごと「人前だから聞けない」効果とみなすのは無理があります。ただ、グレーサー氏らは質問を妨げる壁を3つ挙げていて、その一つは人前ならではのものです。
1つ目は、自分がどこをわかっていないのかに気づきにくいこと。2つ目は社会的な壁で、まずい質問をすれば無知が知られて立場を失う。いい質問でさえ、先生の話を遮り、話題を変えることになります。3つ目は、良い質問の手本に触れる機会が少ないことでした。
1対1では、2つ目の壁の多くが消えると2人は考えています。仲間の前で恥をかく心配がなく、生徒が話を遮って質問しても自然なやり取りになるからです。
全員が「わからないのは自分だけ」と思っている
2つ目の壁には、もう一段、見えにくい仕掛けがあります。
社会心理学者のデール・ミラー氏とキャシー・マクファーランド氏は1987年、この仕掛けを実験で示しました。課題の説明がわからなかったのに、実験者へ確かめに行かなかった参加者たちがいます。彼らは自分が行かなかった理由を、恥ずかしかったからだと認めていました。
ところが、同じように誰も確かめに来なかった他の参加者については、恥ずかしさのせいではなく、わかっていたから来なかったのだと考えていたのです。
行動は全員同じです。それなのに、自分の沈黙は「恥ずかしいから」、他人の沈黙は「わかっているから」と読み分けている。ミラー氏は2023年の総説で、講義中に学生が質問しない場面をこの典型に挙げています。誰も手を挙げないのを見て、ほかの学生は本当に理解していると推測し、混乱しているのは自分だけだと思い込む。
社会心理学者の三浦麻子さんは『「答えを急がない」ほうがうまくいく』で、この現象を「多元的無知」として紹介しています。自分は受け入れていないのに他の人は受け入れていると思い込み、集団全体が誰も望まない方向へ進んでしまうことです。
冒頭の説明会に当てはめると、構造がはっきりします。一人ひとりが「わからないのは自分だけ」と思って黙る。その沈黙が、次の人には「みんなわかっている」証拠に見える。誰も質問しないこと自体が、質問しにくさを強めていきます。
この研究だけで断定はできません。それでも、あなたが飲み込んだ質問は、隣の人も飲み込んでいる可能性が高いと私は考えます。
沈黙を破りやすくするのは、場を開く側の数秒
では、場を開く側に何ができるのか。手がかりは「間」です。
米国の科学教育研究者メアリー・バッド・ロウ氏は、小学校の理科の授業の録音を5年かけて分析し、1972年に報告しました。300本を超える録音で、教師が質問してから答えを待つ時間は平均1秒ほど。1秒で答えが出なければ、教師は質問を言い直すか、別の子を指していました。子どもが答え終わってから教師が口を開くまでも、平均0.9秒です。考える暇がありません。
研修でこの待ち時間を3〜5秒に延ばすと、900本以上の録音で変化が出ました。答えが長くなり、答えられない場面が減り、子どもからの質問が増えた。教師が「のみ込みが遅い」とみていた子の発言も増えています。
子どもの授業での結果なので、大人の会議にそのまま当てはまるとは限りません。ただ、「何か質問はありますか」から「では、以上です」までの数秒を思い出すと、他人事とは思えません。
臨床心理士の東畑開人さんも『聞く技術 聞いてもらう技術』で、相手が話し終えたら5秒待ってから返事をするよう勧めています。教育研究と臨床の現場が、別々の道から「待つ」ことにたどり着いているのは面白いところです。
問いの形も変えられます。安斎勇樹さんは『問いかけの作法』で、「何か意見はありませんか」のような漠然とした問いは答えにくく、適度な制約をかけると考えるきっかけが生まれると書いています。
たとえば、いきなり問うより「このあと意見を聞きます」と予告しておけば、相手は心の準備ができる。反応がなければ、前提を補ったり答えるハードルを下げたりする「足場かけ」で支えます。
質問のコストを、仕組みで下げる
誤解:誰も質問しないのは、全員が理解したからだ → 多元的無知の研究のとおり、沈黙は理解の証拠になりません。
正しいアプローチ:「何か質問は?」のあと、心の中で5つ数えてから次へ進む → それでも手が挙がらなければ、「いちばんわかりにくかったのはどこですか」と範囲を絞って聞き直します。質問の有無を聞かれるより、場所を聞かれるほうが答えやすいからです。
誤解:わからないのは自分だけだから、あとで調べればいい → 同じところで詰まっている人が、隣にもいる可能性があります。
正しいアプローチ:「確認させてください」と前置きして、その場で1つだけ聞く → あなたの質問は、黙っていた他の人の疑問も片づけます。その場で言い出せなければ、会議のあとに進行役へ1対1で聞くのも手です。グレーサー氏らのデータでも、1対1では質問が格段に増えていました。
誤解:質問しやすい雰囲気は、上の人の人柄で決まる → 人柄より先に、待つ時間と問いの形は今日から変えられます。
正しいアプローチ:会議の最後の2分を、質問をチャットや付箋に書く時間にする → たとえば「わからなかった言葉を1つ書いてください」と頼みます。手を挙げずに済むので、人前で無知をさらす壁が下がります。これは研究で効果を確かめた方法ではなく、私の提案です。
おわりに
説明会で手が挙がらないとき、部屋の中では何人もが同じ計算をしています。「わからないのは自分だけだから、黙っておこう」。
その計算の前提がずれていると知っていれば、次に「確認させてください」と言う一言は、少し軽くなるはずです。
この記事で参考にした本
『「答えを急がない」ほうがうまくいく』三浦麻子さん → 自分は受け入れていないのに他の人は受け入れていると思い込む「多元的無知」の見方
『問いかけの作法』安斎勇樹さん → 漠然とした問いに適度な制約をかけ、予告してから問い、反応がなければ足場をかけるという問いの投げ方
『聞く技術 聞いてもらう技術』東畑開人さん → 相手が話し終えたら5秒待つという、聞き手の側の工夫
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