「なるべく早く」の期限は、聞いた人の数だけある
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1951年、アメリカの情報機関が出した報告書に「重大な可能性(serious possibility)」という言葉がありました。書いた当事者たちに後から意味を尋ねると、ある人は20%、ある人は80%のつもりでした。
全員が、同じ文面に合意していたにもかかわらずです。
職場の「なるべく早く」でも、同じことが起きています。たとえば月曜の朝、上司から「この資料、なるべく早くお願い」と頼まれたとします。手元の案件を片づけてから、水曜に出す。十分に早いつもりです。ところが上司は、火曜の会議で使う気でいました。
どちらかが話を聞いていなかったわけではありません。「なるべく早く」という言葉が、最初から日付を運んでいなかったのです。
書いた本人たちの間でも、20%から80%に割れていた
冒頭の報告書は、ユーゴスラビアへの侵攻の見通しをまとめた米国の国家情報評価(NIE 29-51)です。結論には、1951年中の侵攻は「重大な可能性として考慮すべきだ」と書かれていました。
作成に関わった歴史学者のシャーマン・ケント氏は、1964年の論文「Words of Estimative Probability」でその後を振り返っています。国務省の政策企画室長に「重大な可能性とは、どのくらいの確率のつもりか」と聞かれ、ケント氏は侵攻が起きる側に65対35と答えました。相手は驚きます。国務省では、もっとずっと低い確率として読んでいたからです。
気になったケント氏が評価委員会の同僚に聞いて回ると、全員が違う確率を思い浮かべていました。いちばん低い人は20対80、いちばん高い人は80対20です。
ケント氏が強く動揺したのは、読み手とのずれよりも、文面を練り上げた委員どうしが通じ合っていなかったことでした。議論を重ね、同じ言葉に合意した。その合意は、言葉の上だけのものでした。
このあとケント氏は、「ほぼ確実」はおよそ93%、「見込みが高い(probable)」はおよそ75%というように、言葉と確率の対応表を作ります。
同じ言葉の幅は、いまも縮んでいない
2018年、運用会社の調査責任者マイケル・モーブッサン氏とデータサイエンティストのアンドリュー・モーブッサン氏は、ハーバード・ビジネス・レビューで調査を報告しました。約1,700人に、確率を表す言葉を数字に直してもらったものです。
回答データは公開されています。重複を除いた約1,800件を私が集計すると、「real possibility(現実的な可能性)」は、真ん中の半数の人だけを見ても40%から70%に散らばっていました。上下5%ずつの極端な回答を除いた9割の範囲では、およそ10%から85%です。比較的まとまっている「likely(たぶん)」でも、9割の範囲は約50%から85%でした。
これは、答えた人がいい加減だったという話ではありません。確率表現の研究では、同じ人に同じ言葉を何度か聞くと答えはかなり安定する一方、人と人の間の差はそれよりずっと大きいことが繰り返し確かめられています。一人ひとりが筋の通った辞書を持っていて、その辞書どうしが食い違っているのです。
解釈を動かす要素はもう1つあります。文脈です。心理学者のトーマス・ウォルステン氏らの1986年の研究をはじめ、同じ「たぶん」でも、もともと起きやすい出来事について言われると、高い確率として読まれやすいことがわかっています。
「なるべく早く」を数字に直させた大規模な調査は、見つけられませんでした。ただ、程度だけを表して数字を持たないところは、確率の言葉と同じ作りです。
ここからは私の解釈です。聞き手は、自分にとっての「普通の速さ」を基準にこの言葉を読むはずです。いつも3日で返している人には3日が早く、依頼した人の頭には明日の会議がある。数字を持たない言葉は、それぞれの基準でいちばん自然な値に落ち着きます。
言う側は言葉で伝えたく、聞く側は数字で受け取りたい
では、なぜ曖昧な言葉を使ってしまうのか。
ウォルステン氏らが1993年に学生442人に尋ねた調査では、35%が「不確かさの情報は、受け取るときは数字がいいが、伝えるときは言葉がいい」と答えました。言葉を好む理由は、使いやすく、自然で、人間味があるから。数字を好む理由は、正確だからです。
頼むときに「なるべく早く」を選ぶ気持ちも、ここにあります。日付を言うと命令のように響く。相手の都合もわからない。言葉なら角が立ちません。
曖昧さには役割もあります。岡野原大輔さんは『ヒトとAI』で、「なるべく急いで」「原則として」のような表現を、ただの欠陥とは見ていません。共通の前提や常識に頼って細かな取り決めを書く手間を省き、想定外のことが起きたとき現場が判断する余地を残す緩衝材として働く、という見方です。
ただ、この緩衝材は、前提が本当に共有されているときにしか働きません。ケント氏の委員会は、同じ組織で同じ資料を読み、同じ文面を議論した専門家の集まりでした。それでも20%から80%に割れました。職場の上司と部下の前提が、それより揃っているとは限りません。
対応表を配るより、文の中に数字を書く
言葉の意味を決めておけば解決する、と考えたくなります。ところが、これは思ったほど効きません。
心理学者のデイヴィッド・ブデスク氏らは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書で実際に使われた文を米国の一般市民556人に読ませ、「very likely」などの言葉が何%を指すと思うか答えてもらいました(2012年、Climatic Change誌)。IPCCは「very likely は90%超」のように、言葉と確率の対応を公式に決めています。
参加者は3組に分けられました。補足なしで読む組、対応表を渡された組、文中の言葉に数字の範囲が添えてある組です。IPCCの定義に沿った回答の割合は、平均で順に約21%、約19%、約30%でした。
対応表を渡しても、一致の割合は上がりませんでした。上がったのは、文そのものに数字を書き込んだ組だけです。それでも、90%超のつもりで書かれた「very likely」を、ある文では回答の中央値がおよそ65%から75%と読んでいます。言葉が先に立つと、数字を添えても解釈は言葉のほうへ引き戻されるわけです。
安藤広大さんの『とにかく仕組み化』は、職場の依頼について同じ方向の答えを出しています。「なるべく早く」だけでなく「今日中」も避け、「〇日の17時まで」と締切を書く。「今日中」も、定時までか日付が変わるまでかで読みが割れる言葉です。
西岡杏さんの『キーエンス解剖』には、「分かっていることはきちんと数字で言って」という言葉が出てきます。ここで効いているのは「分かっていることは」という限定です。ケント氏も、確率を見積もれない事柄には「起こりうる(possible)」とだけ書き、修飾語を付けないよう求めました。わかることは数字で言い、わからないことは「まだ決まっていない」とそのまま言う。この2つを、曖昧な言葉の中に混ぜないことです。
明日から変えられる3つのこと
誤解:「なるべく早く」と言えば、相手は急いでくれる → 相手はたしかに急ぎます。ただし、相手の基準での「急ぎ」です。
正しいアプローチ:日時と、その理由を書く → 「明日10時の会議で使うので、今日の17時までにお願いします」。理由があれば、間に合わないときに相手が代わりの案を出せます。
具体的な行動を3つに絞ります。
1つ目は、依頼する側が、送信前に「なるべく早く」を日時に置き換えることです。本当に急がないなら「急ぎません。金曜までに出れば十分です」と書きます。急がないことも、日付で伝えられる情報です。
2つ目は、受ける側が「いつまでですか」と聞く代わりに、自分から日付を出すことです。たとえば「水曜の午前に出す予定ですが、間に合いますか」。開いた質問より、具体的な日付のほうが相手は答えやすく、ずれがあればその場で直せます。
3つ目は、チームの依頼テンプレートやタスク管理のチケットに「期限」の欄を1つ足すことです。別紙の対応表より文中の数字が効いたブデスク氏らの結果に近い発想で、決まりを覚えてもらうより、書く場所を先に用意しておきます。
おわりに
ケント氏は、対応表を報告書に毎回載せる構想を、周囲の反対もあって途中であきらめています。言葉の厳密さを嫌う同僚たちを、彼は皮肉を込めて「詩人」と呼びました。
言葉の意味を揃えるのは、情報機関の専門家どうしでも難しかった。それなら、揃えるのを待つより日付を1つ書き足すほうが早い。次に「なるべく早く」と打ちかけたら、その後ろに「いつまでに」を足してみてください。
この記事で参考にした本
『とにかく仕組み化』安藤広大さん → 依頼では「なるべく早く」も「今日中」も避け、「〇日の17時まで」と締切を書くという仕組みの作り方
『ヒトとAI』岡野原大輔さん → 曖昧な言葉は共通の前提に頼って説明を省く緩衝材であり、前提が共有されていなければ働かないという見方
『キーエンス解剖』西岡杏さん → 「分かっていることはきちんと数字で言って」という、わかることとわからないことを分ける話し方
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