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『「答えを急がない」ほうがうまくいく』三浦麻子さん|決断が早い人ほど、実はじっくり考えられていない

思考法・問題解決
約10分で読めます

「決断が早い人」と言われると、できる人の代名詞のように聞こえます。

でも本書を読むと、その評価がぐらつきます。著者の三浦麻子さんは、こう書いています。決断が早いというのは、単にあいまいさ耐性が低くて、じっくり考えられないだけの可能性もある、と。

著者は大阪大学大学院の教授で、社会心理学を専門にしています。本書が扱うのは、答えのない不確実な世界で、人がなぜ性急に白黒をつけたがるのか。そして、その衝動とどう付き合えば、よりよい判断にたどり着けるのか。数々の心理学実験と、コロナ禍やSNS炎上といった身近な事例で解き明かしていきます。

こんな人におすすめ

特に刺さるのは、こんな場面に覚えがある人です。

精神論ではなく、自分の心の動きを科学の言葉で点検したい人に効きます。逆に、心理学を体系的に学ぶ教科書を探している人には物足りないかもしれません。本書は最初から、難しい理論を日常の判断に引き寄せることを狙っています。

「答えを急がない」は、精神論ではない

最初に著者が念押しするのが、タイトルの意味です。

答えを急がないというのは、のんびりいこうとか、結論を先延ばしにしようとか、そういう心構えや精神論のことではない。

著者が話したいのは、もっと短い時間の話です。瞬間的に、ほとんど無意識に湧き起こる「答えを急ぎたい」という衝動。それとどう付き合うか、という話です。

なぜ人はあいまいな状態を嫌うのか。理由は進化にあります。不確実な状況で事前予測を立てられないと、外敵への対処が遅れ、最悪の場合は死につながる。だから人は本能的に、答えの見えない状態から一刻も早く抜け出したくなる。この衝動は、人として自然な反応なのです。

問題は、現代社会の課題が、その本能と相性が悪いことです。複雑な問題を無理やり単純化し、素早く白黒つけると、かえって判断を誤る。だからこそ、あいまいさに耐える力が要る。本書はそこから始まります。

せっかちモードと、じっくりモード

本書を貫く土台が、思考の二重過程理論です。

人間の思考には2つのモードがあります。直感的で素早い「せっかちモード」と、論理的で正確な「じっくりモード」。これはダニエル・カーネマン氏のシステム1・システム2を、日本語で言い換えたものです。

せっかちモードは無意識的で自動的。判断は速いけれど、精密さに欠け、イレギュラーな状況に弱い。じっくりモードは時間をかけて正確に考えられるけれど、大きなコストがかかります。

そのコストの正体が、認知資源です。判断、記憶、想像、感情の制御。こうした知的活動に使うエネルギーには限りがあります。著者はこれをRPGのMP(マジックポイント)にたとえます。使うたびに減り、睡眠で回復する。枯渇すると、うっかりミスが増え、人の話が理解しづらくなり、些細なことでイライラする。著者の言葉で言えば「人間的にポンコツになってしまう」状態です。

ここが肝です。脳は認知資源を温存しようとして、隙あらば勝手に省エネしようとする。だから、時間に余裕がある場面でも、つい楽なせっかちモードで判断してしまう。決断の早さが美徳に見えても、その正体はこの省エネかもしれないのです。

問題が起きたとき、人は「状況」を見落とす

社会心理学が注目するのは、性格ではなく「状況の力」です。

有名なのがミルグラムの服従実験です。参加者は教師役になり、生徒役が間違えるたびに電気ショックの電圧を上げるよう指示されます。結果、40人中26人、つまり65%が、相手の絶叫が聞こえても最大の450ボルトまでスイッチを入れ続けました。300ボルトに達する前に中止した人は、ひとりもいませんでした。

残酷な人が集まったわけではありません。権威ある実験者から強く指示されるという「状況」が、普通の善良な市民をそうさせた。人は権威に従うとき「代理人状態」になり、自分の行為の責任感が薄れます。日大アメフトの悪質タックル問題も、この代理人状態の典型として説明されています。

ところが人は、原因を状況ではなく個人に求めがちです。これを「基本的な帰属の錯誤」と呼びます。本当は状況に原因があるのに、その人の性格や能力のせいだと考えてしまう。ジョーンズとハリス氏の実験では、「書き手は立場を指定されて書いた」と伝えても、参加者は「本人がそう思っているのだ」と判断してしまいました。

ここから実践的な示唆が出ます。職場でミスが起きたとき、担当者の能力を責める前に、その状況を疑う。状況が人を動かすなら、状況を変えることで行動も変えられる。人を入れ替えるより、仕組みを直すほうが効きます。

都合よく解釈を変える、心の防御機能

あいまいさに耐えられないと、人はいくつもの認知バイアスに足を取られます。

代表が「認知的不協和の解消」です。矛盾する2つの考えがぶつかると不快になる。その不快を消すために、都合よく解釈を変えてしまう。コロナ流行初期に「対策しなきゃ」という認知と「マスクをしたくない」という認知が衝突すると、「コロナはただの風邪だ」と一方を変えて矛盾を消す。結果、自分をリスクにさらすことになります。

危険が迫っても「自分は大丈夫」と過小評価する「正常性バイアス」、目立つ特徴に全体の評価が引っ張られる「ハロー効果」もあります。鈴木敦命氏の研究では、高齢者ほど顔の外見で投資相手の良し悪しを判断し、裏切られても外見での判断を優先する傾向が見られました。

意思決定の非合理さを示すのが、カーネマン氏とトヴェルスキー氏のプロスペクト理論です。人は利益を得る場面では確実さを選び、損失の場面ではリスクを取って回避しようとする。「確実に90万円もらえる」より「90%で100万円」を多くの人は選ばないのに、損失になると逆の選択をする。損失回避という偏りです。

著者の姿勢が独特なのは、バイアスを「なくせ」とは言わないところです。バイアスは進化的に備わった機能であり、ゼロにはできない。だから自覚し、間違えたら後で直せばいい。割り切った現実主義が本書の通奏低音です。

「あの人と合わない」の正体は、別物かもしれない

人間関係の章で出てくるのが、葛藤の切り分けです。

チーム内の対立には2種類あります。意見やアイデアが異なる「課題葛藤」と、好き嫌いや価値観のズレによる「関係葛藤」です。村山綾氏らの研究では、単なる意見の相違である課題葛藤を、人間関係の問題である関係葛藤だと誤認しやすいことが示されました。

この誤認が厄介です。関係葛藤だと感じると、感情的なせっかちモードが優位になり、問題を回避したりごまかしたりして、根本解決から遠ざかる。チームのパフォーマンスは落ちます。一方、課題葛藤だと正しく認識できれば、論理的なじっくりモードが働き、統合的な対処につながる。

だから、意見を否定されてイラッとしたときに「相手の性格が悪い」と決めつけない。「これは単なる課題葛藤では」と立ち止まる。自分が否定されたのではなく、アイデアが議論されているだけだと切り離す。それだけで対話の質が変わります。

自己評価をめぐる罠も紹介されます。大事な場面の前にわざと準備を怠り「全然やってない」と予防線を張る「セルフ・ハンディキャッピング」。失敗しても言い訳でき、成功すれば株が上がる。心当たりのある人は多いはずです。

ネット社会は「見たいものだけ」を見せてくる

第5章は、現代特有のあいまいさを扱います。

人にはもともと、自分の思い込みを補強する情報を集める「確証バイアス」があります。SNSは、これを加速させます。似た意見が集まって増幅される「エコーチェンバー」、自分好みの情報ばかりが表示される「フィルターバブル」。見たいものだけが見える世界ができあがります。

「同調バイアス」も重要です。著者は、これが必ずしも外からの圧力で起きるとは限らないと指摘します。誰も強要していなくても、自分でじっくり判断するのが面倒だから周りに合わせる。これも認知資源の省エネにすぎません。アッシュの同調実験では、線分の長さという明白な問題でさえ、参加者の76%が少なくとも1回は多数派に同調しました。

デマの広がり方も意外です。鳥海不二夫氏らがコロナ禍のトイレットペーパー不足デマに関する約447万件のツイートを分析したところ、デマそのものより「デマを訂正する注意喚起」のほうが広く拡散し、結果的に買い占めと品切れを招いていました。背景にあるのが「多元的無知」。自分は信じていないのに、他の人は信じていると思い込み、集団全体が誰も望まない方向へ進んでしまう現象です。

創造性には、あいまいさを抱える力がいる

第6章のテーマが、創造性です。

新しいものを生む創造のプロセスを、著者は視界の悪い霧の中を進むようなものだと表現します。あいまいさのオンパレード。ここで効くのが「ネガティブ・ケイパビリティ」です。詩人キーツが提唱した、不確実性や疑念の中にいても、いら立たずに事実と理性を追い求められる力。すぐに答えに飛びつくと、この余白がつぶれます。

集団の創造性についても、通説をひっくり返します。多様な人を集めれば創造的になれる、と思われがちですが、それだけでは足りない。著者と飛田操氏の研究では、発想の「多様性」と「類似性(共通の基盤)」がともに高い集団が最も創造的で、ともに低い集団が最低でした。共通の土台がないと、コミュニケーションコストが膨らんで創造性はかえって阻害される。

リモートワークの示唆も鋭いです。Nature誌に載った研究では、オンライン会議は対面に比べてアイデアの総数も独創性も大幅に減りました。理由は、画面という狭い範囲に視覚が集中し、認知の範囲まで狭まってしまうから。場の作り方そのものが、思考の広がりを左右します。

偏見は消せない。でも、振る舞いは変えられる

第7章は、ステレオタイプと差別を扱います。

人を分かりやすい型にあてはめる「ステレオタイプ」も、認知資源を節約する戦略です。ただ、それが無意識の偏見や差別を生む。中日ドラゴンズのケーキ騒動は、キューバ出身という属性に「亡命」というステレオタイプを当てはめて炎上した例として挙げられます。

胸が痛いのが「公正世界信念」です。世界は公正であってほしい、悪い人にだけ悪いことが起きてほしい。その願いを守るために、人は無意識に「被害者にも落ち度があった」と責任を押し付けてしまう。被害者非難の正体がこれです。

では偏見をどうするか。著者の答えは現実的です。心の中の偏見を完全に消すことは難しい。でも「誰に対しても不利益な取り扱いをしない」という振る舞いは変えられる。振る舞いを変えれば周りも変わり、状況が変わり、やがて心の状態も変わってくる。心を変えるのは難しいから、まず行動から、という順序です。

心理学そのものも、あいまいさを抱えている

第8章と終章は、学問の限界に正面から向き合います。

著者は、心理学が実証科学であることを強調しつつ、その不確実さも隠しません。ダリル・ベム氏が権威ある学術誌に「人間に予知能力がある」という論文を発表し、追試論文が門前払いされて大騒ぎになった事件。ここから心理学界は「再現性問題」と向き合い始めました。

著者はこう位置づけます。「心」はあくまで人間が作った仮説であり、絶対の正解を急ぐべきではない。科学研究そのものが不確実なものだと認めること。これもまた、あいまいさに耐えることなのです。

そして本書は寛容(tolerance)という結論にたどり着きます。著者の定義はシンプルです。「賛成するわけではないが受け入れる態度」。これがまさに、あいまいさの渦中に身を置き続けることだと言います。さらに鍵になるのが他者への尊重(respect)です。respectしている対象には、さっさと白黒つけたいという気持ちが起きない。そうなれば、もうあいまいさに我慢して耐える必要すらなくなる。耐えるものから、面白がるものへ。著者の願いはそこにあります。

明日から試せる4つのアクション

本書を日常に落とすなら、この4つから始めるのが現実的です。

1. 重要な決断は、認知資源が豊かな時間に回す 認知資源は使うほど減り、睡眠で回復します。大きな決断は午前中に。疲れてイラついている夕方は、判断を一旦保留して翌朝に回す。服や食事のような「どうでもいい決断」はルーティン化して、資源を温存します。

2. 人にイラッとしたら、状況のせいにしてみる 誰かの言動に腹が立ったとき、「嫌なやつだ」と性格を責める前に、「そうさせている状況や事情はないか」と一度視点を移す。基本的な帰属の錯誤にブレーキをかける習慣です。

3. 意見が対立したら、「課題葛藤」と言い直す 会議で意見がぶつかったとき、「相性の問題ではなく、課題に対する意見の相違だ」と自分にもチームにも言い直す。関係葛藤へのすり替わりを防ぎ、論理的な議論に戻せます。

4. 反射的に反応したくなったら、3秒だけ止まる ショッキングなニュースや理解しがたい意見に出会ったとき、即座に拡散・論破しない。「賛成はしないが、一旦受け入れる」と保留する。その数秒が、せっかちモードからの離脱点になります。

一気に全部はやらない。1番から始めて、習慣になったら次へ。それくらいでちょうどいいです。

おわりに

読み終えて残るのは、たくさんの心理学用語ではありません。

自分の心が、状況や感情やバイアスに、思った以上に揺さぶられているという自覚。そして、その揺れに気づいたとき、ほんの数秒だけ立ち止まれる余裕です。

著者は、あいまいさへの耐性が上がれば、世界が今よりずっと面白く見えてくるはずだと書いています。白黒つけずに保留しておく力は、我慢ではなく、世界を豊かに味わうための余白なのかもしれません。

次に誰かにイラッとしたとき、ニュースに反射的に反応したくなったとき。スイッチを入れる前に、一度だけ「これはせっかちモードかな」と問い直してみてほしい。その小さな問いから、本書の効果は立ち上がってきます。


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「直感」を信じていい場面、捨てるべき場面 本書の核心である「せっかちモード」と「じっくりモード」を、どう使い分けるかに踏み込んだ記事です。直感に頼っていい状況と、踏みとどまるべき状況の線引きを知ると、二重過程理論がぐっと実践的になります。

情報が多いほど、判断を間違える 本書の「認知資源は有限で、使うほど枯渇する」という話と地続きの一本です。情報を集めるほど判断が鈍るメカニズムを知ると、決断を急ぐ前に休む・絞るという本書のアクションがより納得できます。

「感情的にならず、論理的に」という教えの、致命的な誤り 感情が動くと認知資源が不足し、せっかちモードが働きやすくなる、という本書第4章と響き合う記事です。感情を排除するのではなく、感情込みで判断する視点を補強してくれます。


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