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ブクドリ | BOOK DRIP

「ターゲットを広げると売れない」は、半分だけ正しい

約7分で読めます マーケティング・営業
目次

競合する2つのブランドの客層を並べると、驚くほど見分けがつきません。

年齢も、所得も、よく見るメディアも、だいたい同じです。食品や日用品の購買データでは、少なくとも1990年代から繰り返し確かめられてきた規則性です。

一方で、現場には「ターゲットを広げたら売れなくなった」という話があふれています。客層に差がないなら、誰に向けても結果は同じはずです。それでも、広げたとたんに失速する商品があるのはなぜでしょうか。

私の見立てでは、原因は「広げたこと」そのものにはありません。広げる途中で、別のものまで一緒に広げてしまっている。そこを分けて見ると、「絞れ」と「広げろ」という正反対の助言が、同じ地図の上に並びます。

「ターゲット」という言葉に、2つの決定が入っている

仮の例で考えてみます。

ある焙煎所が「忙しい朝に、10秒で淹れられる一杯」というドリップバッグを売っていたとします。販路を増やそうと、パッケージの言葉を「どなたにも、毎日のひとときに」へ書き換えた。すると、店頭での動きがかえって鈍くなった。

このとき広がったものは2つあります。

ひとつは、商品を届ける相手の範囲。もうひとつは、商品が「何をしてくれるのか」という約束の範囲です。

前者は広げてかまいません。広げないと、商品は大きくなれない。問題は後者です。「10秒で淹れられる」は、朝の慌ただしさという具体的な場面に結びついていました。「毎日のひとときに」は、どの場面にも当てはまる代わりに、どの場面でも思い出す理由になりません。

「ターゲットを決める」という言葉には、この2つの決定がまとめて入っています。まとめて扱うから、届け先を広げたつもりで約束までぼけてしまう。売れなくなる原因は、たいてい後者のほうです。

競合同士でも、買っている人の顔ぶれはほとんど同じ

先に、届け先を狭めても得るものが少ない理由を見ておきます。

マーケティング研究者のハモンド氏、アレンバーグ氏らは1996年、米国、英国、ドイツ、日本の20を超える食品や日用品のカテゴリーについて、1年分の購買パネルデータを分析しました。同じカテゴリーの競合ブランドは、年齢などの人口統計的な属性で見ると、よく似た人々に買われていました。

2017年には、アレンバーグ・バス研究所のアネスバリー氏らが対象を広げています。60以上の消費財カテゴリーの700ブランドを、160を超える変数で比べても、ブランドごとの客層はめったに違わず、3〜6年たってもほとんど変わりませんでした。論文は、自社の客が競合の客と大きく違うと考えるより、カテゴリー全体で誰が買い、何を求めているかに目を向けるべきだと結んでいます。

芹澤連さんの『戦略ごっこ』は、こうした研究を土台に、伸びるブランドは特定の層に偏らず、あらゆる層から新しい客を得ていると指摘します。

広告の効果研究も同じ方向を向いています。英国の広告業界団体IPAに集まった996件のキャンペーン事例を、ビネ氏とフィールド氏が分析した2013年の報告があります。既存顧客だけを狙ったキャンペーンより、市場全体を狙ったキャンペーンのほうが、利益の大きな改善を報告した割合がはっきり高くなっていました。

つまり、「うちの客はこういう人たち」と届け先を狭めても、競合と違う専用の客層はもともと存在しにくい。狭めた分だけ、将来買ってくれたはずの人に声が届かなくなります。

絞ってよいのは「最初の予算」と「約束の一文」

では、絞る発想はすべて間違いなのか。そうとも言い切れません。

森岡毅さんと今西聖貴さんの『確率思考の戦略論』は、コトラー流の「絞り込んで効率を上げる」考え方に、数学から反論する本です。浸透率が低いのに購入頻度だけ高いブランドは、市場ではまず成り立たない。だから絞って浸透率を下げれば、頻度も一緒に下がる。これが本の主張です。

おもしろいのは、そのうえで2種類のターゲットを分けている点です。

選ばれる確率(プレファレンス)を積み上げる相手が「戦略ターゲット」で、こちらはできるだけ広く取る。予算を最初に集中投下する相手が「コアターゲット」で、こちらは絞ってよい。本の言葉を借りれば、「最初の100円」の使い先です。

絞ることが許されるのは、絞ったほうが市場全体で選ばれる確率の合計が増えるときだけ、とも書かれています。たとえば予算が足りないときの優先順位として絞る場合。あるいは、競合が押さえている便益を避けて、別の強い便益を特定の層に訴えかける場合です。

ビネ氏とフィールド氏のモデルも、似た線を引いています。ブランドづくりは広い見込み客に向けて、ゆっくり長く効かせる。すぐ買いそうな人への販促は、狭く早く効かせる。狭さは、短期の刈り取りや最初の一点突破に使う道具という位置づけです。

ここから、絞る対象の置き場所が見えてきます。絞ってよいのは「売ってよい相手」の範囲ではありません。最初に予算を置く場所と、「何をしてくれる商品か」という約束の一文です。

広げるなら、約束をぼかさずに増やす

約束をはっきりさせたまま届け先を広げた例として、USJのハロウィーンがあります。

森岡さんの『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』によれば、USJは「映画ファン向け」という枠を外し、世界最高峰のエンタテイメントを集めたセレクトショップへとブランドを定義し直しました。届け先を大きく広げたわけです。

ところが、個々の企画は鋭く作られています。ハロウィーンのイベントでは若い女性をターゲットに据え、彼女たちが抱えるストレスを具体的に調べました。そこで決めた約束が「思いっきり叫んでストレス発散できる」体験です。パークをゾンビが歩き回るホラーの舞台にしたのは、その約束を届けるための手段でした。集客は需要予測を大きく超えたと、本には書かれています。

本には来場者の内訳までは書かれていません。ただ、約束が鋭いことと、来る人を限ることは別の話です。たとえば「叫んで発散したい」という気分を持つ人なら、年齢や性別を問わず、その約束を自分ごととして受け取れます。

『戦略ごっこ』は、この点を別の角度から見ています。芹澤さんが重視するのは、特定の人の心に独自の旗を立てることより、できるだけ多くの購買場面で自社が思い出される状態です。強い便益を重んじる森岡さんとは、ここに温度差があります。

それでも、両者の見方は一か所で重なります。思い出されるきっかけになるのは、具体的な場面と結びついた言葉です。「朝の10秒」や「叫んで発散」は場面を持っています。「どなたにも、毎日のひとときに」は持っていません。

広げたいなら、ひとつの約束を薄めて全員に配るのをやめて、場面ごとの具体的な約束を1つずつ足していく。USJが冬の集客のためにクールジャパンの企画を入れ、若者やインバウンドの客を取り込んだのも、約束を足して届け先を広げた例として読めます。

企画書の「ターゲット」欄を2つに割る

実務で変えられることを、3つに絞ります。

誤解:客層を広げたいから、言葉もやわらかく広くする → 届け先と一緒に約束まで薄まり、どの場面でも思い出されなくなります。

正しいアプローチ:「届けたい範囲」と「約束すること」を別の欄に書く → 前者は広く取ります。後者は、1つの場面と1つの効用に絞って一文で書きます。たとえば「30〜50代の家庭」と「平日の夕食の支度を15分短くする」のように、2つの欄の粒度をわざと変えます。

誤解:絞るとは、売る相手を減らすこと → 客層の研究を見る限り、競合と違う専用の客層はほとんどありません。売る相手を減らしても、深いファンが生まれるとは限りません。

正しいアプローチ:絞るのは、最初の予算の置き場所 → 予算が限られているなら、まず最も反応しそうな層に集中して実績を作ります。ただし、その層を「うちの客のすべて」とは定義しません。

最後に、5分で始められることをひとつ。

自社の広告文や商品ページから、「どなたにも」「幅広い方に」「さまざまなシーンで」という言葉を探してみてください。見つかったら、「どの場面で、何をしてくれるのか」を一文で書き直します。書き直せなければ、それはまだ約束が決まっていないというサインです。

おわりに

「ターゲットを広げると売れない」という経験則は、観察としては当たっていることがあります。ただ、原因の診断が半分ずれていました。

届け先は広げてかまいません。ぼかしてはいけないのは、その商品が、どんな場面で何をしてくれるのかという一文のほうです。

次に社内で「ターゲットを見直そう」という話が出たら、届け先の話なのか、約束の話なのかを、最初に確かめてみてください。


この記事で参考にした本

『確率思考の戦略論』森岡毅・今西聖貴 → 戦略ターゲットは広く、コアターゲットは「最初の100円」の使い先として絞るという区別

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』森岡毅 → ブランドの枠を広げながら、ハロウィーンでは「叫んでストレス発散」という鋭い約束を立てた実例

『戦略ごっこ』芹澤連 → 競合ブランドの客層がよく似ているという研究と、伸びるブランドはあらゆる層から客を得るという指摘


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