スペックで勝っても選ばれない。買い手は何を比べているのか
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音質で勝るCDプレーヤーが、1台だけで置かれると、音質で劣る機種より安く値付けされました。並べて見せると、音質の良いほうが高くなります。
シカゴ大学のクリストファー・シー氏が1996年に報告した実験の結果です。隣に比べる相手がいるときだけ、音質の差は値段に表れました。
たとえば、自社の製品が処理速度で2割、精度で1割、競合を上回っているとします。比較表を作れば、どの行も自社が勝っています。それでも受注したのは競合でした。
負けた理由を聞いても、返ってくるのは「総合的に判断しました」くらいです。この「総合的」の中身を、3つの研究と調査から分解してみます。
数字の差は、並べたときにしか見えない
シー氏の実験では、イリノイ大学シカゴ校の学生202人が、CDを何枚も入れられるCDチェンジャーの値付けをしました。価格帯は150〜300ドルと伝えてあります。
1台は5枚入りで、音のひずみを示す指標(THD)が0.003%。もう1台は20枚入りで、THDが0.01%です。THDは小さいほど音が良いことも、全員に説明しました。
2台を並べて見た人は、音の良い5枚入りに平均228ドル、20枚入りに204ドルをつけました。ところが1台だけを見た人では、5枚入りが212ドル、20枚入りが256ドルと、順位が逆転しています。
理由は単純です。0.01%というひずみが良いのか悪いのか、1台だけでは判断できません。一方、20枚入るのが便利なことは、比べなくても分かります。
シー氏はこれを「評価しやすさ」の差で説明しました。単独では良し悪しの分からない属性は、並べて比べたときにだけ効いてきます。
面白いのは、別の条件で「市販品のTHDは0.002%(最良)から0.012%(最悪)の範囲にある」と一文を添えたことです。すると1台だけを見た人でも、音の良い5枚入りに222ドル、20枚入りに177ドルをつけ、逆転は消えました。
作り手は毎日、競合との比較表を見ています。だから数字の差がはっきり見えます。ところが買い手が製品に出会うのは、営業の訪問や、誰かの紹介や、1社分のサイトであることが多い。
たとえば「応答時間0.8秒」と書かれた資料を1社分だけ渡されても、速いのか遅いのか、ほとんどの人には分かりません。そこでのスペックは、たいてい「良いのか悪いのか分からない数字」です。
なお、この実験は学生に仮想の買い物をさせたもので、この実験自体の直接の追試は見つけられませんでした。同じ理論の別の実験(1998年の研究)は、2023年に403人で行われた事前登録の追試で、おおむね再現されています。
機能の多さは、使う前にだけ効く
では、買い手が実際に並べて比べてくれたら、スペックの勝ちは勝ちのままでしょうか。
メリーランド大学のデボラ・トンプソン氏らは、2005年の論文で、機能の数が違う3種類の動画プレーヤー(7機能、14機能、21機能)を学生に評価させました。
使う前に選んでもらうと、130人の62.3%が21機能のモデルを選びました。別の190人の実験でも、使う前は66%が最多機能のモデルを選んでいます。
ところが、21機能のモデルで実際に動画を探す、再生する、設定を変える、といった作業をしてもらうと、次も使いたいモデルとしてそれを選んだ人は44%に下がりました。使い方を覚える手間をすでに払った後なのに、です。
トンプソン氏らは、人は使う前には「できること」を重く見て、使った後には「使いやすさ」を重く見ると説明し、これを機能疲れ(feature fatigue)と名づけました。
水野学さんと山口周さんの『世界観をつくる』には、ボタンが65個もあるテレビのリモコンが出てきます。便利さを足し続けた結果、買い手が価値を感じない機能にコストをかけているという指摘です。
2つを合わせると、スペックの勝ちは「最初の1回」には効いても、使った後の満足や、次の更新、周りへの推薦では削られやすいと読めます。
ウェス・ブッシュ氏の『PLG プロダクト・レッド・グロース』は、売り手が約束した価値と、使って実際に得られる価値の差を「バリュー・ギャップ」と呼び、この差が大きいほど顧客は離れていくと書いています。機能の数で約束を膨らませるほど、この差は開きます。
法人の買い手は、自分が負うリスクを比べている
法人向けの商談には、もう一つの事情があります。
「IBMを買ってクビになった人はいない」。1970年代から情報システムの世界で言われてきたとされる言い回しです。性能で劣っていても、定番を選んだ担当者は責められない、という意味です。
2013年にGoogleと調査会社CEBが公開した調査では、36の法人向けブランドの購買担当者3,000人に聞いたところ、業界の主要ブランドの間で「事業の目標達成に役立つ」という評価はほとんど差がありませんでした。
同じ報告は、CEBが2009年に行った別の調査から、供給元の違いを認識し、その違いに上乗せの代金を払うと答えた意思決定者は14%だったと紹介しています。
報告の説明はこうです。家庭の買い物の失敗は返品で済むことが多い。でも数百万ドル規模のソフトウェア導入が失敗すれば、業績が落ち、担当者の職が危うくなることさえある。だから法人の買い手は、その不安を越えられる相手でないと買わない、というのです。
ただし、これはコンサルティング会社とGoogleによる調査で、学術誌の査読は経ていません。数字は参考程度に読むのが妥当です。
査読を経た研究にも、近い結果があります。ブライアン・ブラウン氏らは2011年、購買に関わる担当者を対象に、206人のシナリオ調査と180人の質問紙調査を行いました。リスクの高い購買では、ブランドはリスクを減らす手がかりとして使われ、判断への影響が強まっていました(リスクが低い購買でも強く、U字型の関係でした)。
今井晶也さんの『Sales is』は、現場の側から同じことを言っています。顧客が契約するのは、課題を解決できる「可能性」で、サインした時点ではまだ何も良くなっていない。だから「上司の許可が下りない」が典型的な買わない理由になり、自社と近い企業の成功事例が強い後押しになる、と。
つまり、担当者が比べているのは製品の性能だけではありません。「この会社を選んだ理由を、社内で説明できるか」「うまくいかなかったとき、自分が責められないか」も比べています。スペック表は、この問いにほとんど答えていません。
スペック表の前に、3つの材料を用意する
誤解:性能で勝っていることを、もっと詳しく伝えれば選ばれる → 比べる相手のない場面では、数字の良し悪しが伝わりません。詳しくするほど、評価できない数字が増えるだけです。
正しいアプローチ:数字に物差しを添え、使った後と社内説明まで設計する → 勝っている数字を「評価できる数字」に変え、買い手の不安に先回りします。
具体的には、次の3つです。
1. 勝っている数字には、必ず範囲を添える シー氏の実験で逆転を消したのは、市場の範囲を示す一文でした。たとえば「処理速度1.2秒」なら、「業界の一般的な製品は2〜4秒」と並べて書きます。提案書の数字をすべて見直すのは大変なので、まず決め手にしたい数字1つから始めれば十分です。
2. 機能一覧より先に、最初の10分の体験を用意する デモや試用で見せるのは、全機能ではなく、買い手の仕事で一番よく使う作業1つです。使った後の満足で逆転されないように、機能は後から足せる形にしておきます。
3. 担当者が上司に出す資料を、先に作ってしまう 同業の導入事例、導入が遅れたときの手当て、やめるときの手順を1枚にまとめます。担当者が社内で「なぜこの会社か」を説明する材料になり、比べられるリスクを下げられます。
おわりに
スペックで負けたのではなく、スペックが評価されない場所で比べられていた。受注を逃した理由を振り返るときは、この可能性から確かめてみてください。
次の提案書を開いたら、自社が一番勝っている数字を1つ選び、その横に業界の範囲を書き足すところから始められます。
この記事で参考にした本
『世界観をつくる』水野学さん、山口周さん → 65個ボタンのリモコンに象徴される、便利さを足し続けることの限界
『PLG プロダクト・レッド・グロース』ウェス・ブッシュ氏 → 約束した価値と、使って得られる価値の差(バリュー・ギャップ)という見方
『Sales is 科学的に成果をコントロールする営業術』今井晶也さん → 顧客は「可能性」と契約するという視点と、「上司の許可が下りない」という典型的な買わない理由
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