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ブクドリ | BOOK DRIP

「すぐ成果が出た」は、伸びている証拠にならない

約6分で読めます 学習・インプット
目次

学生の成績をいちばん上げた先生の教え子が、次の授業で苦戦していた。アメリカ空軍士官学校の7年分のデータから、そんな逆転が見つかっています。

仕事のスキルでも、似たことが言われます。すぐ成果が出るスキルと、あとから伸び続けるスキルは違う、という話です。

宮脇啓輔さんは『複利で伸びる仕事術』で、前者を「単利」、後者を「複利」のスキルと呼びました。広告運用や動画編集のような成果に直結するスキルは単利で、思考力や言語化力のような土台のスキルは複利で伸びる、という整理です。

直感的にはうなずけます。ただ、研究を並べてみると、この整理には大事な条件が抜けていました。

目の前の成果は、成長の目盛りとしてずれている

冒頭の研究から見ていきます。経済学者のスコット・カレル氏とジェームズ・ウェスト氏は2010年、空軍士官学校の学生1万534人のデータを分析しました。2000年秋から2007年春までの入学者です。

この学校では、学生が教官にランダムに割り当てられます。同じ科目なら教材も試験も共通です。そのうえ、微積分Iのあとに続く上級科目も必修なので、「教わった直後の成績」と「次の科目での成績」を公平に比べられます。

微積分Iの教官91人を比べた結果は、直感の逆でした。目の前の授業で成績を上げた教官ほど、教え子は後続の科目で振るわなかったのです。

経験が浅く博士号を持たない教官は、その授業の成績を上げていました。経験の長い教官は、その授業の成績こそ伸ばせなくても、後続の科目での成績を上げていました。

学生による授業評価は、目の前の成績と連動し、後続の成績とは逆に動いていました。後続の科目への貢献で最下位だった教官が、学生評価では6番目に高かったそうです。

なぜこうなるのかは、著者らも推測にとどめています。候補の一つは、経験の浅い教官は試験範囲に忠実に教え、経験の長い教官は範囲を広げて理解を深めさせた、という説明です。

心理学者のニコラス・ソダーストロム氏とロバート・ビョーク氏は、2015年の総説で同じ構造を指摘しています。学習の途中で観察できるのは「その場の出来」だけで、それは長く残る学習の指標としてあてにならない。条件によっては、両者が逆に動くこともある、と。

単利のスキルに人が引き寄せられる理由も、ここにあります。手元にある目盛りが、評価も手応えも含めて、目先の出来にしか反応しないからです。

たとえば資料のテンプレートを覚えれば、その日のうちに見栄えが整い、褒められます。ある分野で考え続けた蓄積は、その場では誰の目にも映りません。宮脇さん自身、マーケティング責任者として成果を出していた最中に、突然「営業に転向するか、辞めてもらうか」と選択を迫られた経験を本の冒頭に書いています。

「汎用スキルに投資すれば、全部伸びる」は楽観的すぎる

では、思考力や問いを立てる力のような「どこでも使えるスキル」に投資すればいいのか。ここが、今回いちばん認識を改めた点です。

ジョバンニ・サラ氏とフェルナン・ゴベ氏は2017年、チェスや音楽の習い事、ワーキングメモリの訓練が、子どもの知能や学力を高めるかを3つのメタ分析で検証しました。見かけ上は小〜中程度の効果がありました。ところが、比較対象にも別の課題をさせるような厳密な実験ほど、効果は小さくなりました。結論は「遠い分野への転移はめったに起きない」です。

原理を知っていても移らない、という古典的な実験もあります。メアリー・ジック氏とキース・ホリオーク氏の1980年の研究です。

参加者はまず、「将軍が兵を小隊に分け、四方の道から同時に要塞へ集結させた」という物語を読みます。そのあと、「強い放射線は健康な組織を傷つけるが、弱い放射線では腫瘍を壊せない」という医療の問題を解きます。弱い線を四方から当てて腫瘍で重ねる、という同じ構造の解き方です。

「さっきの物語がヒントになる」と伝えられた群では、12人中11人が解きました。伝えられなかった群では、物語を読んでいたのに15人中3人です。物語を読まない条件では1割未満でした。

原理を知っていても、使える場面だと気づかなければ移らないわけです。認知心理学者のダニエル・ウィリンガム氏も、批判的思考は自転車のように一度覚えればどこでも使える技能ではなく、その分野の知識と切り離せないと論じています。

実は、宮脇さんの本の中身も同じ方向を指しています。宮脇さんは「頭の回転が速い」の正体を、特定のテーマについて積み重ねた思考をすぐ引き出せること、つまり「累積思考量」だと説明しています。私の読みでは、複利の元本は抽象的な「思考力」そのものより、特定の領域で考え続けた蓄積のほうです。

利息がつくのは、次の学びに「つながった」知識だけ

アーリック・ボーザー氏は『Learn Better』で、すでに持っている知識こそが学習の土台だと書いています。知識があるほど新しい情報を理解しやすい。これを「知識効果」と呼んでいます。

では、知識の多い人ほど速く伸びるのか。ビアンカ・シモンズマイヤー氏らは2022年、8,776の効果量を集めたメタ分析でこれを確かめました。

学習前の知識と学習後の知識の相関は0.53と強いものでした。一方、学習前の知識と「伸び幅」の相関は、平均するとほぼゼロです。研究によってプラスにもマイナスにも大きく振れ、条件しだいで結果が変わることもわかりました。

つまり、知っている人は知っている状態を保ちますが、そのぶん速く伸びるとは限りません。著者らは、既存の知識が学習を妨げる経路も挙げています。思い込みの誤解や、過去に役立った手がかりにばかり注意が向く偏りです。

知識の利息は、持っているだけではつかない。3つの研究を並べると、私にはそう見えます。

複利が起きるのは、すでにある知識を新しい問題に接続して使ったとき。そう考えると、2つの実験の結果がそろって説明できます。空軍士官学校の「範囲を広げた教え方」も、放射線問題の「ヒント」も、古い知識と新しい課題をつなぐ役割を果たしていました。

たとえば、Excelの関数を覚えることは単利の典型に見えます。ただ、「このデータは何を単位に集計すべきか」を毎回考えながら使う人なら、データの構造についての理解が積み上がります。その理解は、データベースや分析ツールを学ぶときに効いてくるはずです。

反対に、「問いを立てる力」を一般論の研修だけで鍛えても、自分の仕事の中で使いどころに気づけなければ、放射線問題のヒントなし群と同じことになります。

伸び続けるスキルは「種類」より「使い方」で決まる

よくある誤解:伸びるスキルはジャンルで選べる → ツールは単利、思考力は複利、と分けても、使い方しだいで逆転します。汎用スキルも題材から切り離すと移りにくく、ツールの習得も構造を考えながら使えば次につながります。

正しいアプローチ:目盛りを一つ先に置く → 空軍士官学校の研究が後続の科目で測ったように、「今回うまくいったか」とは別に「次の似た仕事で何が速くなったか」を見ます。

具体的には、次の3つから始められます。

1. 仕事を終えたら、次に使える形で1行残す 5分でできます。たとえば提案が通ったら、「通った」で終わらせず、「決裁者が気にしたのは費用の根拠だった」まで書きます。次の提案書を作る前に読み返せば、今回の経験が次の出来に直接つながります。

2. 新しい課題の前に「前にやった何と同じ形か」を1つ挙げる 放射線問題で正答率を押し上げたのは、「さっきの話が使える」という一言でした。そのヒントを自分で出す習慣です。当てはまらなくてもかまいません。探すこと自体が、古い知識を呼び出すきっかけになります。

3. 汎用スキルは、自分の領域の題材で鍛える 問いを立てる練習をするなら、担当商品の売上の数字や顧客の声をそのまま題材にします。思考の練習と領域の知識の蓄積が、同時に進みます。

おわりに

目先の成果は、見えるぶんだけ強く人を引っぱります。空軍士官学校の授業評価が示したように、見える目盛りは、伸び続ける力をときに逆向きに映します。

伸び続けるスキルとは、特別な種類のスキルのことではありませんでした。今日覚えたことを、明日の課題につなげて使い続けたスキルのことです。

次に何かを覚えたら、「これは次の何に使えるか」を一行だけ書いてみてください。


この記事で参考にした本

『複利で伸びる仕事術』宮脇啓輔 → 成果を出すスキルと成長のためのスキルを単利と複利で分ける視点と、「頭の回転の速さ」を領域ごとの累積思考量として捉える見方

『RANGE(レンジ)』デイビッド・エプスタイン → 目先の成績を上げた教官の教え子が後続の授業で苦戦した、空軍士官学校の研究の紹介

『Learn Better』アーリック・ボーザー → すでに持っている知識が新しい学習の土台になるという「知識効果」


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