認知度が上がっても売れないのは、測っている「認知」が違うから
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「このブランドを知っていますか」。この質問に8割の人が「はい」と答えても、売上が横ばいのままのことがあります。
たとえば、ある入浴剤メーカーが1年かけて広告を増やし、認知度調査の数字を60%から80%に上げたとします。好感度も上がった。それなのに、店頭の売上はほとんど変わらない。
広告が足りなかったのか、商品が悪いのか。そう考える前に、確かめたいことがあります。その80%は、どんな問題に答えた結果なのか。
調べてみると、「知っている」と答えることと、買う瞬間に思い出すことは、かなり違う問題でした。
「知っていますか」は、いちばん易しい問題
ブランドの認知は、ふつう3つのやり方で測ります。
ブランド名やロゴを見せて「知っていますか」と聞く助成認知。カテゴリー名だけを示して「入浴剤のブランドを挙げてください」と聞く純粋想起。そして、その質問で最初に挙がったかどうかを見るトップオブマインドです。冒頭の80%は、多くの場合いちばん目の助成認知です。
マーケティング研究者のローラン氏、カプフェレ氏、ルーセル氏は1995年、この3つの指標の関係を多数のカテゴリーのデータで調べました。3つは同じ構造の上に並んでいて、点数の違いは主に問題の難しさの違いだった、というのが結論です。名前を見せる質問がいちばん易しく、何も見せずに思い出させる質問ほど難しい。
易しい問題は、定着したブランドならすぐ満点近くに達します。そうなると、競合との差も、上がった数ポイントの意味も読み取りにくい。80%は「見せられたら分かる人が8割いる」という事実で、「必要なときに思い出す人が8割いる」ことまでは保証しません。
森岡毅さんと今西聖貴さんの『確率思考の戦略論』も、認知率をポテンシャルを制限する「蓋」と位置づけています。知らなければ買えないので、蓋は開けておく必要がある。ただ、開けても中身が増えるわけではありません。
買う瞬間、名前のリストは渡されない
では、買う瞬間には何が起きているのか。答えは単純で、名前のリストは渡されません。
消費者行動の研究者ネドゥンガディ氏は1990年、記憶を頼りに選ぶ場面を2つの実験で調べました。あるブランドの思い出しやすさを操作すると、そのブランドが思い出され、候補に入り、選ばれる確率が変わった。論文の題名にあるとおり、ブランドの評価そのものを変えなくても、選択は動いたわけです。
論文の結論は、はっきりしています。記憶で選ぶ場面で選ばれるには、そのブランドを思い出し、しかも本来ならもっと好まれたかもしれない他のブランドを思い出さないことが必要になる。好かれていても、思い出されなければ候補にすら入りません。
『確率思考の戦略論』は、この候補の束を「エボークトセット(想起集合)」と呼び、入るのはわずか3つ前後だと書いています。そこに入っていないブランドが選ばれる確率は、ほぼゼロです。
ただし、ここには条件があります。スーパーの棚の前に立って、パッケージを見比べながら選ぶ場面では、見覚えがあるだけでも手に取られやすくなります。助成認知がそのまま効くのは、こういう場面です。
一方、昼に入る店を決める、保険を見直す、仕事の発注先を探す。こうした場面では、棚の代わりに自分の記憶の中から候補を出します。自社の商品がどちらの選ばれ方をしているかで、「知っている」の価値は大きく変わります。
思い出す入口は、カテゴリー名だけではない
もう一つ、見落とされやすい点があります。人は「入浴剤といえば」とカテゴリー名から思い出すとは限りません。
アレンバーグ・バス研究所のロマニウク氏とシャープ氏は2004年の論文で、ブランドの思い出されやすさを「最初に挙がるか」で測る従来の考え方を狭すぎると批判しました。そして、それを「買う場面で目に留まり、思い浮かぶ傾向」と定義し直しています。その強さは、ブランドにまつわる記憶のつながりがどれだけ多く、どれだけ質が高いかで決まるとしました。
芹澤連さんの『戦略ごっこ』は、この考え方を実務に下ろしています。買い物を考え始めるきっかけになる場面を「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」と呼び、「仕事で疲れた時に」「友人への手土産に」といった例を挙げます。多くの場面と結びついたブランドほど、思い出される回数の合計が増え、選ばれる確率が高まる、という見立てです。
入浴剤で考えてみます。「入浴剤といえば」なら真っ先に挙がるブランドでも、「寝つきが悪い夜」「冬の足先の冷え」「子どもと一緒に入る日」ではまったく浮かばない、ということは十分にありえます。ここが盲点です。認知度80%のブランドが、実際に買われる場面の多くで存在していない。
芹澤さんは『“未”顧客理解』で、売れ行きを2段階に分けています。そのカテゴリーの商品が使われる回数と、そのとき自社が選ばれる確率です。認知度調査はどちらも直接には測っていません。
ここで、正直に限界も書いておきます。ロマニウク氏とシャープ氏自身、この論文は概念の整理であり、新しい指標がトップオブマインドより将来の購買をよく予測するかは「実証が必要だ」と書いています。
さらに『戦略ごっこ』は、購入意向のような態度の指標は過去の購買を映しやすく、たくさん買われたブランドほど高く出ると指摘しています。私の推測ですが、思い出されやすさにも同じ偏りがあるはずです。使っている人は、使っているから思い出します。
認知度の欄を、場面ごとの想起に置き換える
ここまでを踏まえて、実務で変えられることを3つに絞ります。
誤解:認知度が上がれば、いずれ売上もついてくる → 助成認知は開けておくべき蓋で、売上を押し上げる力は持っていません。上がったかどうかより、どの場面で思い出されているかを見ます。
正しいアプローチ:場面を先に示し、ブランドを答えてもらう → 「このブランドを知っていますか」の代わりに、「寝つきが悪い夜、何を使おうと思いますか」と聞きます。ロマニウク氏とシャープ氏も、場面を与えてブランドを答えさせる向きの質問を勧めています。好きかどうかより、思い出せるかどうかを測るためです。
正しいアプローチ:集計は、自社を買っていない人に分けて見る → 上の偏りがあるので、全体の数字だけでは、すでに買っている人の記憶を数えているだけになりかねません。伸びしろは、まだ買っていない人がどの場面で自社を思い出さないかに表れます。『“未”顧客理解』も、アンケートでは先に想起集合を確かめてから好みを聞く設計を勧めています。
広告の作り方も、この指標に合わせて変わります。『戦略ごっこ』によれば、広告の主な役割は商品の良さを説得することより、ブランドに関する記憶を広く呼び起こし、買う瞬間に思い出されやすくすることです。場面とブランド名を同じ画面に置いて、何度も見せる。見せたい場面は、調査で「思い出されていない」と分かった場面から選べます。
最後に、5分でできることをひとつ。
自社のカテゴリーで「〜のとき」を5つ書き出してください。それぞれについて、最初に思い浮かぶブランドを社外の人2〜3人に聞いてみます。自社の名前が一度も出なかった場面が、認知度の数字には表れない空白です。
おわりに
「知っていますか」は、答えやすい質問です。買う人が頭の中で解いているのは、「今夜、何を使おう」という、名前のリストが渡されない問題のほうです。
認知度が十分に高いのに売上が動かないなら、次に測るべきは、その80%の人が、どの場面であなたのブランドを思い出さないかです。
この記事で参考にした本
『戦略ごっこ』芹澤連 → 購買のきっかけになる場面(CEP)とブランドを結びつける考え方と、態度の指標は過去の購買を映すという指摘
『確率思考の戦略論』森岡毅・今西聖貴 → 認知率はポテンシャルを制限する「蓋」であり、候補に入るブランドは3つ前後という整理
『“未”顧客理解』芹澤連 → 売れ行きを「カテゴリーが使われる回数」と「そのとき選ばれる確率」の2段階で見る視点
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