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成功したやり方に固執した会社は、変化に気づいていた

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約6分で読めます 戦略・経営・事業
目次

1989年、ポラロイドは研究開発費の42%をデジタル画像の技術に充てていました。

インスタントカメラで一時代を築いた会社が、フィルムの次の時代にそれだけ賭けていたわけです。それでも同社は2001年10月、連邦破産法11条の適用を申請します。デジタル化の波に乗り遅れたことが、破綻の大きな要因として報じられました。

「成功に安住して、変化から目をそらした」。凋落した会社を、私たちはよくそう説明します。ポラロイドに関しては、この説明は半分しか当たっていません。変化は見えていました。読み違えたのは、見えた変化の意味のほうです。

技術はあった。止めたのは経営陣の「当たり前」だった

経営学者のメアリー・トリプサス氏とジョバンニ・ガヴェッティ氏は、2000年に『Strategic Management Journal』誌で、ポラロイドのデジタル化への対応を分析しました。

まず、技術力の不足という説明は当てはまりません。同社の特許に占めるエレクトロニクス関連の割合は、1976〜80年の6%から、1986〜90年には28%に増えていました。1992年には、当時の市場製品より価格性能比で大きく勝るメガピクセル級デジタルカメラの試作機もできています。

それなのに、その製品「PDC-2000」の発表は1996年までずれ込みました。技術賞をいくつか取ったものの市場では振るわず、1997年の後継機を最後に社内での開発は止まります。

論文が原因として挙げるのは、経営陣が共有していた2つの信念です。

1つは「カミソリと替え刃」の事業モデルです。カメラ本体は安く売り、利益は消耗品のフィルムで稼ぐ。同社は1965年からこの価格戦略をとり、長く成功してきました。

もう1つは「顧客は、その場で手に取れるプリントを求めている」という信念です。創業者のエドウィン・ランド氏は1981年の株主への手紙で、テレビで見るための電子的な記録はどれも、インスタントプリントという当初の夢の条件を満たさない、と書いています。

この2つの前提から見ると、デジタルカメラは筋の悪い商売に映ります。フィルムが要らないので、売ったあとに稼ぐ仕組みがありません。電子画像部門に加わった社員は、経営陣が38%の利益率を鼻で笑い、「なぜ38%なのか。フィルムなら70%取れる」と言っていた、と証言しています。

成功体験は、何を見るかを決めるフィルターになる

利益率の低い事業に力を入れない。その判断自体は、当時の物差しでは合理的です。問題は、物差しそのものが過去の成功から作られていたことでした。

この現象には名前があります。C・K・プラハラード氏とリチャード・ベティス氏が1986年に提唱した「ドミナント・ロジック(支配的な論理)」です。経営陣が過去の成功を通じて身につけた「この事業はこうすれば勝てる」という世界観を指します。二人は1995年の論文で、この論理が情報のフィルターとして働く点を強調しています。

森泰一郎さんは『ニューノーマル時代の経営学』で、ドミナント・ロジックを経営者の勝ちパターンであると同時に情報のフィルターでもあると説明しています。都合のよい情報だけを選び、残りを切り捨てる。そして、既存事業で成功しているほど、新しい勝ちパターンを学ぶのは難しくなる、と指摘します。

成功するほど難しくなる理由は単純です。成功が、そのモデルの正しさを毎年のように証明してくれるからです。ポラロイドの替え刃モデルは、数十年にわたって利益を生みました。社内から見れば、疑う理由がありません。論文によると、1989年の経営執行委員会の9人のうち7人は、1980年から委員を務めていました。

暦本純一さんは『妄想する頭 思考する手』で、この種のこだわりを「イナーシャ(慣性)」と呼びます。「おれは〇〇屋だから」という誇りが、手段を守ること自体を目的にすり替えてしまう、という指摘です。

ポラロイドにとってフィルムは、写真を残すための手段だったはずです。ところが1996年に就任した新CEOも、翌年のインタビューで「消耗品がなければ、事業モデルは崩れる」と語っています。経営陣が入れ替わっても、判断の基準はフィルムのままでした。

生き残った会社は、気づくのが早かったわけではない

では、変化に早く気づけば助かるのでしょうか。これを確かめた研究があります。

パメラ・バー氏らは1992年、条件のよく似た米国中西部の鉄道会社2社を比べました。1949年から1973年までの25年間で、米国の主要鉄道会社は135社から69社に減っています。このうちシカゴ・アンド・ノースウェスタン鉄道は生き残り、ロックアイランド鉄道は1970年代半ばに破産しました。

材料は、両社が毎年出した株主への手紙、計50通です。手紙から「何が業績を左右しているか」という因果の図を起こし、年ごとの変化を追いました。

意外なことに、初期の2社はそっくりでした。どちらも業績の悪化を、天候、政府の施策、規制のせいにしています。1951年の図では、ロックアイランドの概念の60%、ノースウェスタンの50%が、天候、政府、経済に関するものでした。

分かれ目は1956年です。ノースウェスタンの手紙はこの年から、生産性やコストといった自社で動かせる要因を業績と結びつけ始め、コスト削減や設備保全の計画につながりました。ロックアイランドは輸送量の減少を「一時的な調整」と説明し続け、見方が変わったのは8年後の1964年です。そのときには資金が尽きかけていました。

著者たちの結論は、刷新を分けたのは新しい状況に気づくことより、環境の変化を自社の戦略に結びつけ、その結びつきを修正し続けられるかどうかだった、というものです。

ただし、これは2社の比較です。株主への手紙を経営陣本人が書いたとも限りません。一般法則というより、見方が固まる過程を具体的に示した事例として読むのが妥当です。

前提を書き出し、言い訳の語彙を数える

ここまでの話を実務に移すと、次のようになります。

誤解:変化に気づくアンテナを高くすれば、凋落は防げる → ポラロイドもロックアイランドも、変化には気づいていました。足りなかったのは、気づいた変化をもとに自分たちの前提を書き換えることです。

やること1:自社の「儲かる理由」を3行で書き、各行に崩れる条件を添える → たとえば「品質を重視する顧客が多いので、高価格でも選ばれる」と書いたら、横に「低価格品で十分と言う顧客が増えたら崩れる」と添えます。ポラロイドなら「利益は消耗品で出す」「顧客は手に取れるプリントを求める」の2行です。書き出していない前提は、疑う対象にすらなりません。

やること2:不振の説明に出てくる「一時的」を数える → 月次報告を3か月分並べ、不振の理由に天候、景気、特殊要因、一時的といった外部要因の語がいくつあるかを数えます。たとえば同じ外部要因が3か月続けて出てくるなら、それはもう一時的な要因とは呼べません。ロックアイランドは、この説明を何年も使い続けました。

やること3:新しい事業には、既存事業の物差しを当てる前に別の物差しを決めておく → 「なぜ38%なのか。フィルムなら70%取れる」。この比較が出た時点で、新事業の負けは決まっています。たとえば新規事業の初年度は、利益率より継続利用率や試した顧客の数で評価すると先に決めておく。そうすれば、古い物差しが自動で当てはめられるのを防げます。

サティア・ナデラ氏は『Hit Refresh』で、CEOに就任した当時のマイクロソフトを「知ったかぶり」の文化と表現し、「学びたがり」への転換を掲げました。私はこれも、自分たちはもう答えを知っている、という前提を疑う作業だったと読んでいます。

おわりに

成功したやり方に固執する会社にも、変化は見えています。見えたものを、成功したときの地図の上に置いて読んでしまうのです。

自分のチームの「儲かる理由」を、今日3行だけ書いてみてください。その3行が10年前と同じなら、一度疑ってみる価値があります。


この記事で参考にした本

『ニューノーマル時代の経営学』森泰一郎 → 勝ちパターンであるドミナント・ロジックが情報のフィルターになり、成功しているほど新しい勝ち方を学びにくくなるという整理

『妄想する頭 思考する手』暦本純一 → 「おれは〇〇屋だから」というイナーシャが、手段の維持を目的にすり替えるという指摘

『Hit Refresh(ヒット リフレッシュ)』サティア・ナデラ → 「知ったかぶり」から「学びたがり」へ、という文化転換の考え方


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