「間違えたくない」が、英語を口の中で止めている
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言いたい英文は、頭の中でほぼできていた。それでも口から出てこなかった。
たとえば、英語の会議で意見を言おうとした場面を想像してください。「I think this plan…」まで組み立てたところで、「三単現のsは要るか」「前置詞はinかonか」と確認が始まる。確認が終わるころには、話題はもう次に移っています。
この沈黙を、多くの人は「英語力が足りないから」と解釈します。でも、単語も文法も知っていたのに出てこなかったのなら、足りなかったのは別のものです。
外国語を話すときの不安と完璧主義については、1980年代から研究が積み重なっています。そこから見えてくるのは、言葉を止めているのが知識の不足より、頭の中の「検閲係」だという構造です。
話す前に、頭の中で「検閲」が走っている
人は話すとき、言いたいことを組み立てて口に出すだけでなく、自分の発話を点検しています。心理言語学者のウィレム・レヴェルト氏は1989年の著書『Speaking』で、この点検と言い直し(自己モニタリング)を、発話の仕組みの一部として扱いました。
母語なら、この点検はほとんど意識に上りません。言い間違えても、すぐ言い直して終わりです。
外国語では事情が変わります。単語を探す、語順を組み替える、文法を確かめる。どれも意識的な作業になり、限られた作業スペースを取り合います。
心理学者のイーサン・クロス氏は『Chatter(チャッター)』で、頭の中のひとりごとが否定的な堂々巡り(チャッター)に変わると、同時に保持できる情報の限られた容量を独り占めしてしまうと説明しています。「間違えたらどうしよう」という声は、まさにこのチャッターです。
つまり、話す場面では負荷が二重にかかっています。英語そのものを処理する負荷に、自分を監視する負荷が上乗せされる。後者が大きくなるほど、前者に回せる余地が減ります。
この見立ては研究とも合います。
カナダの心理学者ピーター・マッキンタイア氏とロバート・ガードナー氏は1994年、フランス語を学ぶ大学生97人を対象に、聞き取り、理解と整理、発話の3段階それぞれで不安を測りました。どの段階でも、不安が強い学生ほど、その段階の課題の出来が悪い傾向がはっきり出ています。
外国語の不安は、ただの「あがり症」とは違う
外国語を話すときの緊張は、人前で話すのが苦手な性格の延長だと思われがちです。
ところが、外国語教育の研究者エレイン・ホーウィッツ氏らは1986年の論文で、外国語学習に固有の不安があると主張しました。彼女たちが作った「外国語教室不安尺度」は、いまも世界中の研究で使われています。
論文には、アメリカの大学で初級スペイン語を学ぶ75人の回答が載っています。「語学の授業で間違えることを気にしない」という項目に、65%が「そう思わない」と答えました。「準備なしで話さなければならないとき、パニックになり始める」には49%が同意しています。
ホーウィッツ氏らは、この不安の根に大人ならではの事情を見ています。大人は母語でなら、考えの細かさやユーモアで「自分らしさ」を相手に示せます。外国語ではそれが出せません。限られた表現しか使えない自分は、本来の自分より幼く見えてしまう。
間違いへの恐れは、文法の問題である前に、自己像の問題です。
この不安は成績とも関係します。2019年に発表されたメタ分析(多数の研究を統合する分析)では、23か国、1万9,933人分のデータから、不安と語学の成績の間に平均でr=−0.36の負の相関が見つかりました。
ただし相関なので、不安が成績を下げるのか、成績が低いから不安になるのか、方向までは決められません。おそらく両方向に回っています。
不安な学習者は、自分のミスを多めに数えている
では、完璧主義はこの不安とどうつながるのか。
ホーウィッツ氏と研究者のタミー・グレガーセン氏は2002年、チリの大学で英語教員を目指す学生8人に、自分の英語インタビューの録画を見てもらい、そのときの発言を分析しました。8人は不安尺度の得点が特に高い4人と、特に低い4人です。
違いははっきりしていました。不安の強い学生は、自分の英語に高い基準を課し、他人の評価を気にし、ミスへの関心が強かった。さらに、自分のミスの数と深刻さを実際より大きく見積もっていました。不安の弱い学生は、逆に少なめに見積もる傾向がありました。
もう一つの違いは、評価の主語です。不安の強い学生は、自分の話しぶりが教師や仲間から常に採点されていると感じていました。不安の弱い学生は自分で自分を評価し、その評価はおおむね好意的でした。
8人の研究なので、これだけで一般化はできません。それでも、完璧主義の中身を具体的に見せてくれます。完璧主義者は、ミスを多めに数え、それを他人の目で採点する人です。
通訳者の酒井龍さんは『最高の英語学習法の見つけ方』で、比べる相手を「過去の自分」に絞るよう勧めています。ネイティブや帰国子女を基準にすると、絶望するだけだからです。研究に照らすと、これは評価の主語を自分に取り戻す工夫として読めます。
間違いを許すと、正確さはあとから付いてくる
間違いを気にせず話すと、雑な英語が固まってしまう。そう心配する人は多いはずです。
ところが、正確さは気合いより時間で決まる面が大きいようです。応用言語学者のユアン氏とロッド・エリス氏は2003年、英語学習者に同じ課題で話をさせ、時間の条件を変えて比べました。
話しながら急がずに考えられる条件では、発話の正確さと文の複雑さが上がりました。事前に準備時間をもらった条件では、流ちょうさと複雑さが上がりました。
正確さの確認には時間が要ります。リアルタイムの会話には、その時間がありません。時間がない場面で正確さを追うと、確認が終わらないまま沈黙が伸びていきます。
もう一つ見落とされやすいのは、訂正は口に出したミスにしか届かないことです。
第二言語習得の研究者リ・シャオフェン氏が33件の研究を統合した2010年のメタ分析では、学習者の誤りへの訂正には中程度の効果があり、その効果は時間がたっても保たれていました。黙っていれば、この学習の機会そのものが生まれません。
間違いを許すとは、正確さの確認を会話の最中から、会話の前と後へ移すことです。
確認は「話す前」と「話した後」に回す
誤解:話しながら文法を確かめれば、正確に話せる → 会話の最中は時間が足りず、確認が沈黙に変わります。正確さは、話す前の準備と話した後の見直しで稼ぎます。
たとえば、次の会議で言いたいことを英語で3文だけ書き、声に出して覚えておく。酒井さんが「武器」と呼ぶ、とっさの場面に備えた丸暗記の定型文です。話し終えたら、言えなかった表現を1つだけ調べます。
誤解:不安は気合いで消すもの → 消そうとするより、距離を取るほうが現実的です。
クロス氏らが2014年に発表した実験では、大学生89人に5分の準備でスピーチをしてもらいました。その直前に、「私は」ではなく自分の名前や「あなた」を主語にして自分に語りかけた組は、審査役からの評価が高く、スピーチ後の恥ずかしさや反すうも少なかったのです。
これは母語でのスピーチの実験なので、外国語の会話にそのまま当てはまるかは確かめられていません。ただ、話す前の数十秒で試せます。たとえば「佐藤さん、言いたいことは3つ。1つ言えれば十分」と、自分の名前で心の中で語りかける。
会話の冒頭で「I’ve just started learning English.」と伝えるのも手です。酒井さんは、この一言が予防線になり、相手も応援してくれるようになると書いています。
5分でできること 今日あった出来事を英語で1分話し、スマホで録音します。聞き返すときは、ミスを全部数えないでください。意味が通じなくなった箇所を1つだけ選んで直します。
不安な学習者ほどミスを多く、深刻に見積もる、というのがグレガーセン氏らの観察でした。「伝わったミス」と「伝わらなかったミス」を分けるのは、その見積もりを実際の大きさに戻す練習になると私は考えています。
おわりに
完璧に話そうとすると、頭の中の検閲係が仕事を増やします。検閲係を追い出す必要はありません。会話の最中は休ませて、前と後で働いてもらえばいい。
次に英語で言葉に詰まったら、「何が言えなかったか」より先に、「そのとき何を確認していたか」を思い出してみてください。
この記事で参考にした本
『最高の英語学習法の見つけ方』酒井龍 → 比べる相手を過去の自分にすること、とっさの場面用の定型文、「英語を学び始めたところです」という予防線
『Chatter(チャッター)』イーサン・クロス → 頭の中のひとりごとが処理の容量を奪う仕組みと、自分の名前で語りかけて距離を取る方法
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