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ブクドリ | BOOK DRIP

言われた通りに仕上げたのに、「視点が低い」と言われるのはなぜか

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約6分で読めます 思考法・問題解決
目次

重いカップでコーヒーを飲まされた人は、自分が何をしているかの答え方が変わります。

1984年に報告された心理学の実験です。この結果は、「視点が低い」と言われて戸惑った経験がある人に、意外な説明を与えてくれます。

たとえば、上司から「競合3社の料金表をまとめておいて」と頼まれたとします。公式サイトを全部確認し、プランごとに価格を並べ、注記まで漏らさず拾いました。

提出すると、上司はこう言います。「正確だね。でも、ちょっと視点が低いんだよな」。

言われた通りにやったのに、何が足りなかったのか。この一言は、何を直せばいいのかを教えてくれません。

同じ作業に、何通りもの名前がある

心理学者のロビン・ヴァラカー氏とダニエル・ウェグナー氏は、1987年の論文で「行為同定理論」を整理しました。同じ行為は、低い段から高い段まで、何通りもの名前で呼べるという考え方です。

低い段の名前は「どうやっているか」を表し、高い段の名前は「何のために、どんな結果を生むためにやっているか」を表します。

料金表の仕事に当てはめると、こうなります。

  • 表計算ソフトに数字を打ち込む
  • 競合3社の料金を一覧にする
  • 来期の値上げが通るかを判断する材料をそろえる
  • 値上げで離れる顧客を最小限にする

手の動きはどれも同じです。違うのは、自分がいま何をしていると思っているか、だけです。

「視点が低い」と言われる資料は、たいてい2段目の名前で作られています。一方、上司はその仕事を3段目か4段目の名前で見ています。

もし目的が値上げの判断なら、上司が見たいのは全プランの一覧より、主要顧客が使う2つのプランで自社がどこに位置するか、最近値上げした競合がいるかどうかです。2段目では正確な表が、3段目では問いに答えていない。これが、あの一言の中身だと私は考えています。

丁寧に取り組むほど、視点は下がる

では、なぜ2段目で止まってしまうのか。ここで冒頭の実験が効いてきます。

ウェグナー氏らの1984年の論文では、実験2で使う操作を確かめる調査として、32人の大学生にコーヒーを飲んでもらいました。半数は普通のカップです。残りの半数には、石を詰めた缶にカップを固定した、高さ約20cm、重さ約0.5kgの扱いにくい容器が渡されました。

飲み終えた後、「コーヒーを飲む」という行為の言い表し方30個が、自分のしたことにどれだけ当てはまるかを7段階で評価します。

普通のカップの人は「元気を出す」「カフェインの習慣を満たす」のような高い段の表現を選びがちでした。重い容器の人は「液体を飲む」「飲み込む」「カップを唇まで持ち上げる」のような低い段の表現を強く選びました。低い段の表現を選ぶ割合を指数にすると、重い容器で0.55、普通のカップで0.43です。

理論の説明はこうです。高い段の名前のままでは行為がうまく続けられないとき、人は動作を制御するために低い段へ降ります。同じ著者らは、274人の大学生に25の日常行為を選ばせた調査でも、難しく不慣れな行為ほど低い段で捉えられることを報告しています。

この結果を職場に移すと、見え方が変わります。初めて任された仕事や、ミスが許されない仕事では、注意の大半が「正しく作る」ことに使われます。視点が下がるのは怠けているからではありません。真面目に手順と格闘している証拠でもあります。

もう一つ、同じ論文には気になる結果があります。実験2の本番では40人が参加し、重い容器で低い段に降りていた人ほど、実験者がそれとなく示した「コーヒーの意味」に沿って、聴いている音楽の音量を変えていました。

目的の段が空いたままだと、そこは手近な「ミスをなくす」「見栄えを整える」で埋まりやすいのかもしれません。ただし、これは約40年前の小さな実験で、コーヒーとオフィスの仕事は違います。職場への当てはめは、私の解釈として読んでください。

軍隊は「二段上の意図」を書式にした

視点を人の資質に任せず、仕組みで渡している組織があります。軍隊です。

米陸軍の教範ADP 6-0(2012年版)は、指揮官の意図を「作戦の目的と望ましい最終状態を、明確かつ簡潔に表したもの」と定義しています。狙いは、作戦が計画通りに進まない場面でも、部下が追加の命令なしに動けるようにすることです。

さらに教範FM 5-0(2005年版)は、作戦命令の冒頭近くに、一段上と二段上の司令部の任務と意図を書くよう定めています。任務分析の報告も、二段上の任務と意図から始まります。

つまり軍は、「なぜこの仕事をするのか」を、一段上どころか二段上まで命令書の決まった欄に書かせているのです。

金光隆志さんは『戦略コンサルのトップ5%だけに見えている世界』で、優れたコンサルタントの思考の一つとして「今の視点よりひとつ上のレイヤーから見て捉えること」を挙げています。本書はこれを一流の人の構えとして描きますが、陸軍の書式は、同じことを誰にでも渡せる情報として扱っています。

ここで一つ、誤解しやすい点があります。視点を上げることは、頼まれていない分析を足すこととは違います。

大石哲之さんは『コンサル一年目が学ぶこと』で、たとえば市場規模の数字を求められたなら、それを正確に出すのが最低ラインで、求められていない作業に時間を使っても評価されないと書いています。そのうえで、指示を受けるときに背景と目的、成果物のイメージ、求める質、優先順位の4点を確かめるよう勧めています。

目的の段が分かると、頼まれた範囲の中で何を先に置き、何を削るかが決まります。変わるのは作業の量より、重みのつけ方です。

完璧に仕上げてから見せると、ずれは最後に見つかる

米海軍の潜水艦サンタフェの艦長を務めたL・デビッド・マルケ氏は、『米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方』に、ある海図の話を書いています。

出航の48時間前に航海チームから届いた海図は、規則の上では一分の隙もない出来でした。ただ、肝心の航路そのものが違っていたのです。

マルケ氏が原因と見たのは、上司に最初から完璧なものを見せたいという気持ちでした。部下は目的を確かめないまま、形式の正しさに時間を注いでいたわけです。

そこで氏は、作業の途中で短い会話を挟むやり方に変えました。多くは30秒ほどで済み、それで何時間もの手戻りが防げたといいます。

もう一つ、部下には「〜してよいですか」と許可を求める代わりに、「これから〜します」と意図を宣言させました。宣言には理由が伴うので、部下は艦長の立場で考えざるを得なくなります。

コーヒーの実験と重ねると、この仕組みの意味が見えてきます。手順に集中している本人には、自分の視点が下がっていること自体が見えにくい。だから、ずれは早い段階で外から確かめるほうが安く済みます。

指示を受けたら、名前を二段上まで書く

誤解:視点を上げるとは、頼まれた以上の分析を足すことだ → 範囲を勝手に広げると、求められた部分の精度が落ちます。大石さんの言う最低ラインを割ってしまいます。

正しいアプローチ:頼まれた範囲は守り、中身の重みを目的の段で決める → 料金表なら全プランを載せたうえで、判断に効く2プランを先頭に置きます。

具体的には、次の3つです。

1. 指示を3行でメモする 「作業の名前」「指示の名前」「目的の名前」を1行ずつ書きます。たとえば「3社のサイトを確認する」「料金を一覧にする」「値上げの判断材料にする」。3行目が書けなければ、それがそのまま上司への質問になります。

2. 2割の段階で30秒だけ確かめる 「値上げの判断に使うと理解して、主要2プランを中心にまとめるつもりです」と、意図の形で伝えます。許可を求める聞き方より、上司が目的のずれに気づきやすくなります。

3. 提出物の最初の一文を、目的の段で書く 「値上げ判断の材料として、主要顧客の2プランの比較を先に置きました」。この一文があるだけで、上司は2段目ではなく3段目の目で資料を読み始めます。

おわりに

「視点が低い」は、能力への判定というより、仕事の名前が指示の段で止まっているという合図です。

重いカップを持たされれば、誰でも手元を見ます。次に指示を受けたら、手を動かす前に、その仕事の二段上の名前を1行だけ書いてみてください。


この記事で参考にした本

『戦略コンサルのトップ5%だけに見えている世界』金光隆志さん → 「ひとつ上のレイヤーから捉える」という、視点の高さの定義

『米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方』L・デビッド・マルケ氏 → 完璧だが航路の違う海図と、30秒の早い会話、「これから〜します」の宣言

『コンサル一年目が学ぶこと』大石哲之さん → 指示を受けるときに確かめる4点と、頼まれていない作業は評価されないという戒め


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