「疲労」と「疲労感」は、別のものだった
目次
疲れていないと感じることと、疲れていないことは、同じではありません。
ウイルス学者の近藤一博さんが『疲労とはなにか』で最初に置いているのが、この区別です。
細胞の機能が落ちている状態が「疲労」。それを脳に伝えるアラームが「疲労感」。この2つは、別々に動きます。
つまり、アラームだけを止めることができてしまう。そして私たちは、日常的にそれをやっています。
やりがいは、アラームを消してしまう
疲労感がマスクされる場面は、思ったより身近です。
締め切り前のストレス応答、仕事のやりがい、達成感。これらは疲労感を強く抑え込みます。本人が「まだいける」と感じている間も、細胞の障害は進んでいます。
本書がとくに危ないと指摘するのは、意欲の高い人です。ベンチャー社長型と呼ばれるような、強い意欲で走れてしまう人ほど、疲労感がマスクされたまま深刻な状態に入りやすい。
エナジードリンクも同じ構図です。カフェインや抗酸化剤を多く含む即効性のドリンクは、肝臓から届く疲労のシグナルを脳内で遮断します。疲れが取れたのではなく、知らされなくなっただけです。
近藤さんはこれを「命の前借り」と書いています。
主観の外に、物差しが必要だった
では、自分の疲労をどう知るのか。
近藤さんの研究チームが着目したのは、ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)です。成人のほぼ100%の体内に一生潜伏しているウイルスで、宿主が疲れると再活性化して唾液の中に出てきます。
デスクワーカーの勤務前後、自衛隊の訓練、運動選手の練習前後で唾液中のウイルス量を測ったところ、生理的な疲労がそこに反映されていました。主観に頼らない疲労の数値化が、世界に先駆けて成立したことになります。
そしてこの測定は、ひとつの境目を示しています。週の残業時間が40時間を超えるあたりから、唾液中のウイルス遺伝子量が急に増える。
「疲れた気がしない」という自己申告は、この数字の前ではあまり意味を持ちません。
休んでも戻らない疲れは、別のものになっている
生理的な疲労は、休めば戻ります。問題は、休んでも戻らない疲れのほうです。
近藤さんはこれを「病的疲労」と呼び、その本質は脳内炎症だと説明します。脳には炎症を抑えるコリン作動性抗炎症経路という消火器が備わっていますが、これが働かなくなった状態です。
その引き金のひとつとして同チームが特定したのが、HHV-6が潜伏中に作るSITH-1というタンパク質でした。うつ病患者の約80%がこの抗体を持っていたのに対し、健康な人では24.4%。オッズ比は12.2倍にのぼります。
ゲノム解析で「疾患に関連あり」と判定される一般的なオッズ比が1.33倍程度であることを考えると、けた違いの数字です。うつ病を性格や気力の問題として説明する見方は、この数字とかみ合いません。
そしてSITH-1を強く発現する層は、真面目で仕事熱心、責任感が強いという性格傾向と重なる、とも書かれています。組織を支えている人ほど、この経路に入りやすい。
『一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全』も、気分の落ち込みの原因を性格や脳の欠陥に求めるのではなく、脱水や睡眠不足といった体の状態から見るべきだと述べています。方向は同じです。
明日からできること
誤解:疲れたら、とにかく横になって休むのがいちばん → 生理的疲労が回復するのは、細胞内で止まっていた反応を元に戻す脱リン酸化酵素が働くときです。本書によれば、この酵素は軽い運動を継続することで体内に誘導されます。
エアロバイクを1時間漕ぐ程度の負荷を、週に2〜3回。完全に寝込むより、この能動的な休養のほうが回復力そのものを上げます。
正しいアプローチ:自分の疲労を、感覚以外の指標で見る → 唾液検査は個人ではできませんが、代わりになる客観指標はあります。週あたりの労働時間、退勤から翌日の始業までの間隔、睡眠時間。この3つは自分で記録できます。
「まだ大丈夫」という感覚は、いちばん当てにならない指標です。数字のほうを信じてください。
そしてもうひとつ、受診の目安になるサインが本書に出てきます。労作後倦怠感と呼ばれるもので、散歩や家事のような日常的な動作をした数時間後から翌日にかけて、急激なだるさに襲われる症状です。週末に休んでも泥のようなだるさが消えない場合も同じです。
これは病的疲労の初期の警告とされています。気力の問題として処理せず、産業医や専門医に相談してください。
おわりに
鈴木裕介さんは『我慢して生きるほど人生は長くない』で、「99点でも100点でなければ0点と同じ」という上司の言葉を、そのまま自分のルールにしてしまった人の話を書いています。素直な人ほど、他人のルールに支配されます。
疲労も似ています。「まだやれる」という感覚は、たいてい自分の声ではありません。
アラームは、消すことができます。消せることと、危険がなくなったことは、別の話です。
この記事で参考にした本
『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』近藤一博 → 疲労と疲労感の乖離、唾液中のウイルスによる疲労の客観的測定、脳内炎症としての病的疲労。疲労を精神論から切り離す一冊。
『一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全』 → 気分の落ち込みを性格ではなく体の状態から見る視点。思考を変えるだけでは足りない理由が整理されている。
『我慢して生きるほど人生は長くない』鈴木裕介 → 他人のルールを自分のルールとして取り込んでしまう構造。「まだやれる」がどこから来るのかを考える手がかりになる。
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