「疲れた」のに好きなことはできる。疲れは損得の信号だった
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2時間ぶっ続けの記憶課題で疲れ切った大学生に、「ここから成績が上がれば早く帰れる」と伝える。すると、本人が答える疲れの度合いが下がり、落ちていた成績も戻りました。
2015年にオランダの研究チームが報告した実験です。
たとえば金曜の夜、ソファに沈んで「もう何もできない」と思っていたのに、友人から誘いが来ると身支度をして出かけられる。この落差を、自分の甘えだと片づけている人は多いと思います。
ただ、疲れの研究をたどると、この落差は甘えの問題としてより、疲れの感覚がそもそも何を測っているのか、という問題として説明できそうです。
「燃料切れ」では、この落差を説明できない
疲れを燃料切れのように考えると、話が合わなくなります。燃料が尽きたのなら、次にやることが仕事でも遊びでも、同じように動けないはずだからです。
この食い違いは、100年以上前の実験記録にも残っています。
心理学者の原口鶴子さん(論文は旧姓の新井つる名義)は、1912年にコロンビア大学へ提出した博士論文『Mental Fatigue』で、自分自身を被験者にしました。4桁どうしの掛け算を暗算で続け、1問ごとにかかった時間を記録したのです。
1日12時間の暗算では、同じ量を解くのにかかる時間がほぼ2倍に延びました。一方で、本番前の練習期間には「作業が面白くて食事を忘れた。疲れは感じない」と書いた日もあります。練習は本番より短かったので単純には比べられませんが、同じ作業でも疲れの感じ方が日によって大きく変わることは、本人の記録からわかります。
1946年には、別の研究者たちが3人の大学院生でこの実験をやり直しました。成績の落ち込みはわずかだったのに、参加者はひどいだるさや退屈を訴え、1人は「1万ドルもらっても、この4日間は繰り返さない」と振り返ったといいます。
感じている疲れと、実際に落ちている能力は、ぴったり連動していません。
疲れは「ほかにもっといいことがある」という知らせ
では、疲れの感覚は何を測っているのか。
2013年、ペンシルベニア大学のロバート・カーツバン氏らは、学術誌『Behavioral and Brain Sciences』で一つの仮説を出しました。頭を使う作業の「しんどさ」は、その作業を続けることの機会費用を感じ取ったものだ、という説です。
機会費用とは、ある選択をしたせいであきらめた、次に良い選択肢の価値のことです。
注意を向けたり、計画を立てたりする脳の働きは、同時にたくさんの作業には使えません。何か一つに使えば、そのぶん別の使い道をあきらめることになります。カーツバン氏らは、しんどさをこの損得計算が意識に出てきたものと考え、そのしんどさが、より価値のある作業へ脳の働きを振り向けさせる、と説明しました。論文では、実験で計算問題を解き続けることが、ぼんやり空想にふけることや手元のスマートフォンをいじることと天秤にかけられている、という例で説明しています。
イギリスの心理学者ロバート・ホッケー氏も、2011年の論考で近い見方を示しています。疲れとは「いまやっていることと、ほかにやれることとの間で、せめぎ合いが強まっていることを知らせる状態」だ、というものです。
この見方に立つと、金曜の夜の落差は説明がつきます。
夜10時の資格の勉強は、ソファや動画という手軽な選択肢と競っています。比べる相手がいるので、しんどさという形で「損をしている」と知らされる。ところが友人との約束は、その晩いちばん価値のある選択肢です。それより良い使い道がないので、損の知らせがほとんど出ません。
ただし、これは仮説です。同じ号には多くの研究者の反論やコメントが並び、決着はついていません。
見返りを示すと、疲れた人の目の動きまで戻った
冒頭のオランダの実験は、この考え方と合う結果を出しています。
ジェスパー・ホップスタケン氏らは2015年、大学生20人に、画面に次々と出る文字が数個前と同じかを答え続ける課題を、18分ずつ6ブロック、約2時間やってもらいました。時間がたつにつれて疲れの自己評価は上がり、成績は下がり、脳波の反応と瞳孔の開きも小さくなっていきます。
そこで研究チームは条件を変えました。「残りの時間は、これからの成績しだい。成績が上がれば5分ほどで終わるが、変わらなければ40分ほど続く」と伝えたのです。
すると、疲れの自己評価は下がり、取り組む意欲の自己評価は上がりました。成績も、瞳孔の反応も、脳波の指標も、高い水準に戻っています。
休んでいないのに、見返りがはっきりしただけで戻った。燃料切れの考え方では説明しにくい結果です。
価値としんどさを天秤にかける仕組みには、脳の中の実体もありそうです。青砥瑞人さんは『BRAIN DRIVEN』で、ドーパミンを枯渇させた動物が難しい課題をあきらめやすくなり、手に入るものが質素でも楽な課題を選ぶようになった実験を紹介しています。
一つ注意があります。見返りで戻ったのは意欲と成績で、体の回復ではありません。やりがいのある作業に夢中になっているあいだは疲れを感じにくいので、好きなことに没頭できたからといって、疲れがたまっていない証拠にはなりません。
「疲れた」を、損得の信号として読み替える
ここまでを実務に落とします。
誤解:好きなことならできるのだから、この疲れは甘えだ → 疲れの感覚は、いまの作業の価値がほかの選択肢より低く見えている、という知らせかもしれません。責めても、損得の計算は変わりません。
正しいアプローチ:まず、どちらの疲れかを見分ける → 「いま好きなことなら始められるか」と自分に聞いてみます。始められるなら、比べる相手が強すぎるだけの可能性があります。夕食後、好きな漫画なら読めるのに提案書は開く気がしない、という夜はこちらです。好きなことさえ億劫で、寝ても抜けない日が続くなら、体の疲れを疑って休む側に回ってください。長引くときは医師に相談を。
誤解:気合いで重い仕事から片づける → 比べる相手が魅力的なままだと、しんどさは消えません。
正しいアプローチ:比べる相手を、もっと重い仕事にする → ケリー・マクゴニガル氏は『スタンフォードの心理学講義』で「生産的先延ばし」を紹介しています。いちばん気の重い仕事をあえて後回しにすると、ほかの仕事がそこから逃れる「休憩」に感じられ、「やるべきこと」が「やりたいこと」に変わる、という方法です。
たとえば、企画書から逃げるあいだに経費精算を片づける。機会費用の説から見れば、比べる相手を入れ替えている、と読めます。これは私の解釈です。
正しいアプローチ:作業の終わりに、はっきりした見返りを置く → ホップスタケン氏らの実験で効いたのは「早く終われる」という見返りでした。たとえば「この資料を仕上げたら今日は上がる」と、終わりの条件を先に決めておきます。何が見返りとして効くかは人によって違うので、青砥さんが勧めるように、出来事と一緒にそのときの気持ちを書き留めておくと、自分に効く見返りが見えてきます。
5分でできることは一つです。次に「疲れた」と感じたら、「本当は、いま何をしたいか」を1行だけメモしてください。それが、脳がいまの作業と比べている相手です。
おわりに
「疲れた」は、嘘をついているわけではありません。ただ、何と比べて疲れているのかまでは教えてくれません。
比べる相手が見えれば、休むべき夜と、見返りを置けば動ける夜を分けられます。
この記事で参考にした本
『スタンフォードの心理学講義』ケリー・マクゴニガル氏 → 気の重い仕事を後回しにして、ほかの仕事を「やりたいこと」に変える生産的先延ばし
『BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』青砥瑞人さん → ドーパミンと努力の選択を示す動物実験と、気持ちを書き留めて自分に効く動機を知る方法
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