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ブクドリ | BOOK DRIP

変革が進まないのは、問題の「種類」を取り違えているから

約6分で読めます リーダーシップ・組織
目次

「変革の7割は失敗する」。研修やビジネス書で、一度は耳にしたことがあるかもしれません。

ところが、この数字には根拠が見当たりません。英国ブライトン大学のマーク・ヒューズ氏は2011年、「70%」を掲げた5つの文献をさかのぼって検証しました。

結論は、この数字を支える妥当で信頼できる実証データは存在しない、というものでした。

とはいえ、変革が進まないという実感まで消えるわけではありません。会議を増やしても本音は出ない。研修をしても3か月で元に戻る。ツールを入れても使われない。

そのたびに「現場がついてこない」と言いたくなります。ただ、失敗の数を数えるより先に確かめたいのは、どんな形で失敗しているかです。

「技術的問題」と「適応課題」は、解く人が違う

ハーバード・ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツ氏は、組織が向き合う問題を2種類に分けました。

技術的問題は、専門家や権限を持つ人の知識で解ける問題です。複雑でもかまいません。骨折も車の故障も、専門家は直し方を知っています。

適応課題は、専門家には解けない問題です。解決に必要なのは、当事者自身の価値観、信念、習慣、働き方が変わることです。

ハイフェッツ氏と共著者のマーティ・リンスキー氏が挙げる例がわかりやすい。整備士はブレーキパッドを交換できます。でも、スピードを怖がってブレーキを踏みっぱなしにする80歳の父親の運転は直せません。

黒川公晴さんの『ミネルバ式 最先端リーダーシップ』は、この区別を組織の文脈に置き直しています。違いが最もはっきり出るのは「誰が解くのか」です。

技術的問題適応課題
権限を持つリーダーや専門家が解ける課題に関わる人自身が学び、協働して答えを見つける
手順や計画に沿って進む実験と試行錯誤を繰り返す
例:ソフトのバグ修正、効率化ツールの導入例:M&A後の文化の衝突、縦割りによる協業の停滞

たとえば「新規事業が進まない」という悩み。同書は氷山モデルでこれを4層に分けます。水面上の出来事は進捗の遅れ。その下に、所属部署の成果に偏った評価制度がある。さらに底には「失敗は許されない」「自分の部署の利益が最優先」という無意識の思い込みがあります。

人を増やしても、予算をつけても、底の思い込みは動きません。ここが適応課題の手強さです。

ただし、ハイフェッツ氏とリンスキー氏は、ほとんどの問題は両方の要素を含むとも書いています。減量なら、栄養士の助言をもらう部分は技術的で、それを毎日守る部分が適応課題です。問うべきは「どちらか」より「どの部分がどちらか」です。

組織は、変わらずに済む打ち手を選びたがる

種類を取り違えるのは、見る目がないからでしょうか。ハイフェッツ氏らの見立ては違います。

組織も個人も、適応課題を技術的問題として扱いたがる。そうすれば、自分が変わることも、何かを失うことも、手放すこともなく問題を片づけられるからだ、と彼らは言います。

1997年にハーバード・ビジネス・レビューに載ったハイフェッツ氏とドナルド・ローリー氏の論文は、この傾向を「典型的な誤り」と呼びました。問題解決に誇りを持つ経営陣ほど、すぐに断固とした手を打つ。

短期的には落ち着きが戻るものの、人々が責任や痛みから目をそらす習慣が根づいていく、という指摘です。

論文は、この「向き合わずに済ませる」動きの典型も挙げています。スケープゴートを探す。問題を否認する。目先の技術的な課題だけに集中する。発言の中身を離れて、人を攻撃する。

三枝匡さんの『V字回復の経営』にも、同じ構図が出てきます。実在の企業改革をもとにしたドラマで、舞台の太陽産業は5年間で社員を約7,200名から5,300名へ、およそ4分の1減らしていました。それでも事業部の業績悪化は止まりません。

同書が描く社内には「悪いのは自分ではなく、他の部署や経営陣だ」という空気が広がっています。人員削減という技術的な手は打った。けれど、この他責の空気には誰も手をつけていなかったわけです。

ここからは私の解釈です。「現場がついてこない」という言葉も、使い方によってはスケープゴート探しと同じ働きをします。原因を現場に置いた瞬間、推進する側は自分の前提を問い直さずに済むからです。

抵抗されているのは変化ではなく「失うもの」

ハイフェッツ氏とリンスキー氏は、こう書いています。人は変化そのものに抵抗するのではない。失うことに抵抗するのだ。

適応課題に取り組むよう頼むことは、長年大切にしてきたものを手放すよう頼むことでもあります。2人は、希望に満ちた未来を示すだけでは足りず、相手が手放すものに本当の価値があると認めることが要る、と述べています。

たとえばソニーのテレビ事業です。2009年11月、同社は2012年度に世界で年4,000万台を売る体制を計画していました。2011年11月、当時副社長だった平井一夫さんは、2011年度の見込みを2,000万台に改めると発表します。

このとき手放したのは、台数そのものより「量で勝つ」というソニーの自己像だったはずです。平井さんは『ソニー再生』で、VAIOの売却も含めて「ノスタルジーと決別する」判断だったと振り返っています。痛みを伴う判断ほど人任せにせず、自分で伝えることを重んじたとも書いています。同書によれば、テレビ事業は2014年度に11期ぶりの黒字となりました。

ただし、失うものを認めることは、全員を守ることと同じではありません。ハイフェッツ氏とリンスキー氏も、どうしても変われない人が出ることは避けられないと認めています。三枝さんも、抵抗が続けば「切るべきガンは切る」覚悟を求めています。

2つの立場で違うのは速度です。三枝さんは2年という期限で変革を急ぎます。一方、人が一度に学べる量には限りがあるから負荷を耐えられる範囲に調整せよ、というのがハイフェッツ氏とローリー氏の立場です。どちらを取るにせよ、失うものを隠して進めると、見えない抵抗として必ず戻ってきます。

打ち手を選ぶ前に、問題を仕分ける

誤解:研修やツールが定着しないのは、現場の意識が低いから → 当事者の価値観や習慣が変わらないと解けない問題に、外から答えを持ち込んでいる可能性があります。

正しいアプローチ:打ち手を決める前に、その問題のどの部分が適応課題かを見分ける → 見分けがつけば、専門家に任せる部分と、当事者に考えてもらう部分を分けられます。

明日からできることを3つに絞ります。

1. 「この問題が解けたとき、誰が何を失うか」を書き出す 5分でできます。たとえば会議改革なら、発言の機会を失う人、情報を握ることで保ってきた立場を失う人がいるかもしれません。失うものが1つも書けないなら、技術的問題として進めて大丈夫です。

2. 前にも打った手なら、戻った理由を先に調べる たとえば研修を一度実施して元に戻ったなら、同じ研修を繰り返す前に、何が元の行動を支えているかを当事者に聞きます。氷山モデルの「構造」と「思い込み」の層を埋めるつもりで聞くと、問いが具体的になります。

3. 答えを配らず、問いを渡す 1997年の論文には、オランダのKPMGの事例が出てきます。1994年、会長は300人のパートナーに現状と課題を示し、変わり方を自分たちで考えるよう求めました。さらに100人を集め、約4か月にわたり業務時間の6割をこの検討に充てさせています。

論文によれば、このチームは5,000万〜6,000万ドル規模の新しい事業機会を見つけました。著者らが間近で見た1社の報告なので割り引いて読む必要はありますが、当事者が自分で課題を定義した例として参考になります。

おわりに

「現場がついてこない」と感じたら、それは現場に何を手放してくれと頼んでいるのかを確かめる合図です。

次の打ち手を決める前に、1つだけ書き出してみてください。この変革で、誰が、何を失うのか。


この記事で参考にした本

『ミネルバ式 最先端リーダーシップ』黒川公晴 → 技術的問題と適応課題の違いを「誰が解くか」で整理し、氷山モデルで思い込みの層まで分解する方法

『V字回復の経営』三枝匡 → 人員削減をしても止まらなかった衰退と、他責の空気を崩す「強烈な反省論」

『ソニー再生』平井一夫 → テレビ事業の「量から質へ」の転換と、ノスタルジーとの決別


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