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ブクドリ | BOOK DRIP

反省しても変われないのは、失敗の「中身」を見ていないから

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目次

答えが2つしかないクイズで「不正解」と言われたら、正解はもう一方だと分かります。「正解」と言われたときと、手に入る情報は同じです。

ところが、アメリカの電話営業スタッフ300人あまりにこの形式のクイズを解いてもらったところ、「不正解」と言われた問題からは何も学べていませんでした。後のテストの正答率が、当てずっぽうの50%と統計的に区別できなかったのです。

反省はしている。なのに、中身が頭に残っていない。同じ失敗を繰り返す理由は、どうやらこのあたりにあります。

「不正解」と言われた瞬間、人は注意を引っ込める

この実験をしたのは、シカゴ大学のローレン・エスクレイス=ウィンクラー氏とアイエレット・フィッシュバック氏です。2019年の論文では、5つの研究(計1,674人)で同じ傾向を報告しています。

題材は仕事の知識、古代文字、人間関係とさまざまです。学べばボーナスが出る条件でも、失敗からの学びは成功からの学びより少ないままでした。

さらに、「不正解」と言われた人は、自分がどちらを選んだかを覚えていない傾向がありました。自尊心の低下も測られていて、それが学びの少なさにつながっていたと著者らは分析しています。

著者らの説明はこうです。失敗は自尊心を脅かす。だから人は、無意識に失敗から注意をそらす。論文の言葉では「tune out」、つまり聞くのをやめてしまうのです。

ただし、この研究には2025年に方法上の批判が出ています。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のスティーブン・スピラー氏は、人には毎回同じように答えるくせがあり、主な課題の採点方式ではそのくせが「成功からは学べた」ように見えてしまうと指摘しました。フィードバックを一切与えず、後から成功組と失敗組に振り分けても、元の研究並みの差が出たそうです。

著者らは反論しています。そのくせでは元の結果を説明しきれない、と。失敗からどれだけ学びにくいのか、その大きさはまだ確定していないと考えておくのが誠実です。

失敗を「能力の判定」と受け取るほど、正解が入ってこない

注意がどこへ向かうのかを、別の角度から調べた研究があります。

キャロル・S・ドゥエック氏は『マインドセット』で、能力は変わらないと考える人ほど、失敗を「自分に能力がない証拠」と受け取ると書いています。失敗という出来事が、「私は失敗者だ」というレッテルに変わってしまうのです。

同書が紹介するコロンビア大学の実験(2006年)では、学生47人に一般常識の問題を解いてもらい、脳波を測りました。答えるたびに、まず正誤が、続いて正解が示されます。

能力は固定されていると考える学生は、正誤の知らせには強く反応しました。一方、正解が示される場面では記憶に関わる脳活動の持続が弱く、抜き打ちの再テストで直せた問題も少なかったのです。人数は少なく、これ一つでは結論は出せません。

それでも、エスクレイス=ウィンクラー氏らの説明とよく噛み合います。失敗したとき、頭は「自分への判定」を受け止めるのに忙しく、「何が正しかったか」が素通りしていく。

畑村洋太郎さんも『失敗学のすすめ』で、人は失敗を「恥ずかしいから直視できない」と書いています。私たちが反省と呼んでいるものの多くは、この判定を受け止める作業のほうなのかもしれません。

他人の失敗なら、人はちゃんと学べる

2019年の論文には、この仮説を確かめる研究も入っています。参加者の半分は自分でクイズに答え、残りの半分は他人が答えてフィードバックを受けるのを見ました。

自分で答えた人は、やはり失敗から学べませんでした。見ていた側は違いました。他人の失敗からも、成功と同じだけ学んでいたのです。自分の自尊心がかかっていなければ、人は失敗にきちんと注意を向けられます。

困ったことに、失敗の情報は自然には回ってきません。同じチームの別の実験では、次の参加者に「損をする箱」の場所を教えたほうが明らかに役立つ場面でも、41%の人が「そこそこ得をする箱」のほうを教えていました。人は失敗より成功を語りたがるのです。

畑村さんは、他人の失敗を聞いたときに「自分だったらどうするか」「どんな痛みを伴うか」を想像して取り込むことを「仮想失敗体験」と呼んでいます。

他人の失敗は、自尊心を傷つけずに済むぶん、どこか他人事になりやすい。痛みを想像する一手間は、その弱点を補うものだと私は読んでいます。

自分の失敗は「後輩への助言」に書き換える

それでも、自分の失敗から逃げるわけにはいきません。ここで使えそうなのが、同じ研究者らによる「助言する側に回る」研究です。

2018年に発表された一連の実験(計2,274人)の一つでは、中学生を2組に分けました。年下の生徒に勉強の助言を書く組と、経験豊富な教師から助言を受け取る組です。翌月、宿題に長く取り組んだのは助言した側でした。

貯金、怒りの抑制、減量、求職活動でうまくいかずにいる大人でも、助言した側のほうがやる気が高まりました。仕組みは自信です。助言する立場に立つと、自分は「やり方を知っている側」だと感じられるのです。

2019年には、アメリカの高校7校の1,982人で、事前登録した大規模な実験もしています。年下の生徒に助言する約8分の課題をこなした生徒は、その後の四半期の成績がわずかに上がりました。効果の大きさは小さいものの、手間はほとんどかかりません。

これらの研究が測ったのはやる気や成績で、失敗からの学びそのものではありません。ただ、エスクレイス=ウィンクラー氏らは2022年のレビューで、助言する側に回ることを、失敗の痛みを和らげる方法の一つに挙げています。

助言の形には、もう一つ利点があります。成功からは「同じことをする」と学べますが、失敗からは「では何をすべきか」を自分で推論しなければなりません。助言を書くと、この推論を最後までやらざるを得なくなります。

実際、同チームの実験では、「不正解」の表示に「正解は、あなたが選ばなかったほうです」と一言添えるだけで、失敗からの学びが増えました。

反省の時間を、次の一手を書く時間に変える

誤解:深く反省するほど、次は失敗しない → 自分への判定に注意を取られている間は、中身が頭に入りにくくなります。

正しいアプローチ:判定は脇に置き、中身を「次の一手」として取り出す → 自尊心がかかりにくい形に変えてから、失敗を見ます。

具体的には、次の3つです。

1つ目は、5分でできます。直近の失敗を1つ選び、「来月この仕事を任される後輩へのメモ」として3行で書いてください。主語は「私」ではなく「あなた」にします。たとえば締め切りを落としたなら、「この種の資料は、前回かかった時間の1.5倍で見積もるといい」のように書きます。

2つ目は、失敗が示した「残りの選択肢」を明記することです。たとえば提案のA案が通らなかったなら、「次はB案を出す」か「A案の何を変えるか」を一行で書きます。失敗が教えてくれる正解は、書き出さないと見えません。

3つ目は、自分の失敗を振り返る前に、同じ種類の他人の失敗を1つ探すことです。たとえば社内のトラブル報告や先輩の失敗談を読み、「自分ならどの時点で気づけたか」を一行書きます。

おわりに

「失敗は成功のもと」という言葉は、失敗の中身を取り出せたときにだけ成り立ちます。

どれだけ落ち込んだかは、次の結果を変えません。明日の自分に渡せる一行が手元に残っているかどうか。反省の成果は、そこで測れます。


この記事で参考にした本

『マインドセット:「やればできる!」の研究』キャロル・S・ドゥエック氏 → 能力は変わらないと考える人ほど、失敗を「能力がない証拠」と受け取り、正解への注意が薄れるという指摘

『失敗学のすすめ』畑村洋太郎さん → 失敗は恥ずかしさから直視しにくいこと、他人の失敗を「自分ならどうするか」と取り込む仮想失敗体験


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