「まさか、こんなことが起こるとは思わなかった」。
事故やトラブルが起きるたびに、当事者がほぼ必ず口にする言い訳です。畑村洋太郎さんはこれを、こう書き換えるべきだと言います。「あり得ることとは知っていたが、まったく考えていなかった」。
タコマ橋、コメット機、JCO臨界事故、雪印、三菱自動車。本書に並ぶ事故は、どれも誰かが小さな違和感に気づいていたはずのものばかりです。にもかかわらず、同じ構造の失敗は数十年単位で繰り返されてきました。
本書は工学者である著者が、その繰り返しを止めるために体系化した「失敗学」の入門書です。失敗を恥として隠す文化を、創造の源泉として扱う文化に変える。そのために必要な見方と道具を、徹底して具体的に渡してくれる一冊でした。
こんな人におすすめ
本書が向いているのは、次のような立場の人だと思います。
- 自分の現場で、トラブル報告書が「誰のせいか」で終わってしまうことに違和感がある人
- マニュアルとTQCを徹底しているのに、なぜか大きなミスが減らない組織にいる人
- 新しい企画や設計を、机上の論理だけで詰めることに不安を感じる人
- 部下や後輩の失敗を、どこまで許してどこから止めるべきか悩んでいるリーダー
- 過去の事故事例を「対岸の火事」にしないチームを作りたい人
工学的な事故の話が多いですが、扱われているのは情報の流れと組織の心理です。読み替えれば、ソフトウェアでも医療でも教育でも、ほぼそのまま通用します。
この本の核心
著者がまず言い切るのは、「失敗は人間の活動に必ずついてくる」という前提です。だから問題は、失敗をなくすことではない。失敗を「次に使える知識」に変換できるかどうかにある。ここが本書の出発点になります。
そのうえで畑村さんは、失敗情報には三つのやっかいな性質があると指摘します。「減衰する」「隠れたがる」「単純化される」。放っておくと、教訓は組織から自然に消えていく。これが「同じ失敗を繰り返す組織」の正体です。
だから必要なのは、消えていく失敗情報を意図的に汲み上げ、加工し、流通させる仕組みです。本書はそれを、個人の記述ルールから企業の会計制度まで、いくつもの階層で設計していきます。失敗を「隠れたいもの」から「集まってくるもの」に変える。これが核心の一行です。
本書の全体像
本書は大きく三つのブロックに分かれます。
最初のブロックでは、失敗の定義と分類が示されます。失敗とは「人間が関わって起きた、望ましくない結果」のこと。そして失敗には、未知への挑戦や成長過程で避けられない「よい失敗」と、不注意や手順違反で繰り返される「悪い失敗」があります。区別の基準は、その失敗から学べる構造があるかどうかです。
次のブロックでは、失敗を扱うための具体的な道具立てが出てきます。失敗情報を「事象・経過・原因・対処・総括・知識化」の六項目で記述する手法、他人の失敗を自分のものとして取り込む「仮想失敗体験」、そしてアイデアを磨き上げる「仮想演習」。どれも、抽象的なスローガンではなく、明日から書ける・できる手順として提示されます。
最後のブロックは、組織と社会の話です。マニュアル化とTQCがなぜ「思考停止」を生むのか。「局所最適・全体最悪」はどう発生するのか。そして、失敗を隠す経済合理性を逆転させるために、潜在失敗を含み損として計上する制度や、司法取引的な免責の仕組みが提案されます。個人の心構えで終わらせず、システム設計の話まで踏み込むのが本書の射程です。
「よい失敗」と「悪い失敗」をどう見分けるか
本書を読んでまず変わるのは、失敗を一括りに扱わなくなることです。
「よい失敗」とは、未知への遭遇や、人が成長する過程で必ず通過する種類のものです。子どもがナイフを使い、少しだけ手を切ってナイフの本当の危険を理解する。新人が初めて任された企画でつまずき、自分の見落としに気づく。こういう失敗は、知識を「受け入れる素地」を体に作るために必要な経験です。
一方の「悪い失敗」は、不注意や手順違反、組織不良によって意味もなく繰り返されるもの。学びの構造を持たず、誰かを傷つけるだけで終わるものです。ここを混同したまま「失敗を許そう」と言ってしまうと、悪い失敗まで温存することになります。
畑村さんは、失敗の原因を十項目に分類しています。無知、不注意、手順の不順守、誤判断、調査・検討の不足、制約条件の変化、企画不良、価値観不良、組織運営不良、そして未知。番号が大きくなるほど、個人ではなくリーダーや組織が起こす高度なミスになります。「失敗は現場の問題」と片づけたい上層部にこそ、この分類は刺さると思います。
失敗情報を「知識」に変える六項目
本書のなかで、もっとも汎用性が高い道具がこれです。失敗を経験したら、次の六項目で記述する。
事象:何が起きたのか 経過:どのように進んだのか 原因:推定でよいので何が引き金か 対処:その場で何をしたか 総括:全体として何が問題だったか 知識化:他人が将来使える教訓に翻訳する
特に大事なのは最後の「知識化」です。事象と経過だけ並んだ報告書は、当事者以外には使えません。「次に同じ状況に置かれた人が、どう判断材料にするか」まで言語化して、はじめて知識になる。これが畑村さんの主張です。
ここで著者が強調するのは、「客観的なだけの報告書は、まったく役に立たない」という強い言い方です。第三者視点で整理された無味乾燥な記録は、責任追及には向くが、同種の失敗を防ぐ役には立たない。代わりに必要なのは、当事者がそのとき何を考え、どう迷い、どう判断したかという「主観的で生々しい一人称の情報」だと言います。
これは普段の業務でも応用できます。社内のトラブル報告を読むときに、書面の事実だけでなく、担当者本人に当時の心理を聞きに行く。引き継ぎ資料には過去のミスと、そのときの気持ちまで添える。失敗が「他人事の事実」から「自分も陥り得る道筋」に変わります。
仮想失敗体験と仮想演習
すべての失敗を自分で経験するのは、人生が短すぎます。だから他人の失敗を、自分の体験に変換する技術が必要になります。これが「仮想失敗体験」です。
ニュースで報じられる事故、他部署のトラブル、過去の社内事例。それらを「自分が同じ立場だったらどう動くか」「自分のチームに同じ構造の危機はないか」と置き換えて頭の中で演じる。痛みの想像を伴うほど、知識として深く定着します。
仮想失敗体験と対になるのが「仮想演習」です。これは、新しい企画や設計を実行する前に、想定される様々な状況や問題点を頭の中でシミュレーションする作業を指します。
著者は登山の比喩を使います。優秀なリーダーは、晴れた日でも「もし雨が降ったら」「道が細くなったら」と頭の中で常に最悪を想定しながら登る。偽物のリーダーは何も考えずに登り、無事に下りてきて「大したことなかった」と豪語する。後者がリーダーになった瞬間、組織は致命的な失敗に近づきます。
アイデアを思いついた段階で満足してしまうことを、畑村さんは「いも設計・いも企画」と呼びます。つなげただけ、形になっただけの状態。そこから仮想演習で何度も叩き、無理と無駄を削り、想定される失敗を先に潰しておく。この往復をやらないと、企画は世に出た瞬間に折れます。
局所最適と全体最悪が生まれる構造
組織の話に入ります。本書のなかでも、もっとも怖い部分です。
技術や組織が成熟すると、役割分担が細かくなります。一人ひとりは自分の担当部分しか見えなくなり、システム全体の流れを把握する人がいなくなる。畑村さんはそれを「偽ベテラン」と呼びます。経験は長いが、自分の領域の外がどうつながっているかは知らない人たちです。
そういう人たちが、コスト削減や効率化のために自分の担当を「良かれと思って」変える。一つひとつの変更は局所的には合理的に見える。しかし、システム全体から見ると致命的な悪影響を及ぼす。これが「局所最適・全体最悪」です。
JCOの東海村臨界事故で、職員が高濃度ウランをバケツで扱ったのは、その典型例として書かれています。現場では効率化のために決められたマニュアルから外れた。しかし、扱っているものの本当の意味を知っていた人は誰もいなかった。営団地下鉄の日比谷線脱線事故、雪印の集団食中毒、三菱自動車のリコール隠しも、構造は同じです。一件の重大事故の裏に二十九件の軽災害と三百件のヒヤリハットがある。ハインリッヒの法則が、本書では繰り返し参照されます。
ここで著者が出す処方箋は、二つあります。一つは、自分の担当の前後の工程まで見渡す癖をつけること。もう一つは、組織として「全体を理解する役割」を意図的に置くこと。トヨタのCE(チーフエンジニア)制度が事例として出てきます。数万人の社員のうち十数名に、重役よりも強い発言権を与え、車づくり全体の理解と調整を担わせる。失敗を防ぐには、こういう構造的な配置が要ると著者は言います。
マニュアル化が思考停止を生むとき
「マニュアルとTQCを徹底すれば失敗は防げる」と思いがちですが、本書はここに強い反論を置きます。
マニュアルは平時の効率と品質を保つには有効です。問題は、マニュアル通りに動くことに慣れた現場が、マニュアルの外に出た瞬間に止まることです。北陸トンネル列車火災の事例が象徴的でした。マニュアル通りにトンネル内で列車を停止させた結果、火勢が収まらず、架線停電で動けなくなり、死者三十名・負傷者七百十九名の大惨事になった。後の青函トンネルでは、この教訓から「停車せず走り抜ける」運用に変わりました。
ここでの教訓は単純です。マニュアル化は思考の代わりにはならない。むしろ、マニュアルがあるほどに「考えなくていい」と感じてしまう人間の心理を、組織として直視する必要があります。
著者はTQCについても同じ視点で批判します。手順をなぞるだけになった現場は、異常を感じ取る感性を失う。本来必要なのは、システム全体を理解しようとする姿勢と、いつもと違う何かを察知する感度です。
創造は「思考平面」から生まれる
畑村さんの面白い主張に、創造プロセスの捉え直しがあります。
「論理的思考が創造を生む」と言われがちですが、それは違うと著者は言います。論理は他人に説明するための便宜的な手続きにすぎず、実際の思考はもっと非論理的に進む。アイデアの種が、頭の中の「思考平面」上にバラバラに浮かんでいる。それらを試行錯誤と仮説立証で結びつけていく作業の中から、創造は生まれます。
ここで使う道具が「思いつきノート」です。日付と表題をつけて、思いついたアイデアの種をランダムに書き出す。最初は脈絡がなくていい。書きためるうちに、種同士の関係が浮かび上がる瞬間が来る。そこではじめて仮説が立ち、仮想演習にかけられる。
書き出さずに頭の中だけで考えていると、種は消えていきます。これも「失敗情報は減衰する」と同じ構造です。創造のためにも、減衰を止める仕組みは要る、というのが著者の見立てです。
著者はもう一つ、辛口な指摘をしています。「アイデアの種は大胆に切り捨てる」。豊かに出すことと、最後まで残すことは別です。本当に良いものを作るには、出した種の大半を捨てる勇気が要る。宮崎駿氏が『もののけ姫』制作で、スタッフが徹夜で描いた絵を心を鬼にしてばっさり捨てたエピソードが紹介されています。創造は、足し算より引き算で決まる側面があります。
失敗を集める仕組みをどう設計するか
組織として失敗を活かすには、情報を集める仕組み自体を設計し直す必要があります。本書の後半は、ほぼこの話です。
まず、当事者から話を聞き出すときの大原則。「決して批判しない」。批判される前提では、人は失敗を正確に語りません。心理的安全性を担保したうえで、事実とプロセスを引き出す専門の役割を置く。フランスのある会社が、若い女性スタッフを聞き取り調査の専門に養成し、引退技術者から技術発展期の情報を詳細に集めて整理している事例が紹介されています。
次に、データベース化の落とし穴。何万件も集めれば役に立つ、と考えがちですが、人間の吸収力には限界があります。著者は「最大三百個」を一つの基準に挙げます。同種の失敗は典型例に集約し、それぞれに必ず「知識化」の項目を添える。さらに「知りたい人が、知りたいときに、欲しい形で取り出せる」検索性を持たせる。これが揃って、はじめてデータベースは現場で動きます。
そして、もっとも踏み込んだ提案が、企業のバランスシートに「潜在失敗」を含み損として計上するアイデアです。組織内に潜む小失敗から事故が起きた際の損害額と確率を見積もり、潜在的負債として経営指標に組み込む。失敗を隠すほど財務が悪化する設計にすれば、隠蔽の経済合理性を逆転できる、という発想です。実現には法制度や監査基準の変更が要りますが、思考実験として強烈に効きます。
実践アクション
本書から日常に持ち帰れる行動を、五つに絞ります。
1. 失敗したら六項目で書く ミスやトラブルを起こしたら、言い訳をする前に「事象・経過・原因・対処・総括・知識化」のフォーマットで記録する。特に「知識化」を空欄にしない。次に同じ状況に置かれた誰かが使える形に翻訳して終わる。
2. 思いつきノートを始める 日付と表題をつけて、アイデアの種を書きためる。最初は脈絡がなくていい。一定量たまった段階で見直し、関係づけを試みる。これが仮説立証と仮想演習の素材になる。
3. 仮想失敗体験を週一回入れる ニュースの事故や他部署のトラブルを「自分の業務で同じ構造はないか」と置き換えて考える時間を、定例化する。チームの安全会議で、過去事例を一つ取り上げて議論する形がやりやすいです。
4. 自分の担当の前後の工程を歩く 半年に一度でいいので、自分の前工程と後工程を実際に見に行く。会議室の資料ではなく、現場の人の話を直接聞く。「現地・現物・現人」が、局所最適に陥らない最低限の防波堤になります。
5. 報告書では一人称の主観を残す 当事者として失敗を書くときは、客観的記述だけで終わらせない。そのとき何を考え、どう迷ったかを一行でも残す。後で読む人にとって、その一行が知識化の鍵になります。
おわりに
本書を読み終えて、個人的にいちばん残ったのは、最後にあった一文でした。「失敗は誰にとっても嫌なものだが、人間の活動につきもので、人が生きているかぎり避けて通れない。そうであるなら大切なのは失敗しないことではなく、失敗に正しく向き合って次に生かすことである」。
失敗を減らすために頑張る、ではなく、失敗を扱える自分と組織になる。この向き直しがあれば、明日から書ける記録が増え、聞ける質問が増え、やめられない局所最適が減ります。
工学的な事故の話に怯むかもしれませんが、本書の射程は技術現場をはるかに超えています。情報の減衰と隠蔽は、どんな組織でも起きる。だからこそ、二十年以上前の本でありながら、いまの自分の現場にそのまま刺さる本でした。
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「あの失敗」がまた起きる──組織が同じ過ちを繰り返す構造的な理由 本書の「失敗情報は減衰する・隠れたがる・単純化される」という主張を、組織側の視点から短くまとめたコラムです。六項目の記述や仮想失敗体験を導入する前に、自分の組織がなぜ失敗を保存できないのかを整理する補助線として読めます。
『失敗の本質』70年前の敗戦から学ぶ、令和の組織サバイバル術 畑村さんが工学事故から抽出した「局所最適・全体最悪」「マニュアル化による思考停止」を、旧日本軍の組織病理として描いた古典の要約です。本書の階層的な失敗分類が、戦時の組織でも同じ構造で起きていたことを確認できます。
【コラム#19】失敗が財産になるのはなぜか──「メモ」「質問」「プロセス」が思考を変える3つの習慣 本書の「思いつきノート」と六項目記述に対応する、個人レベルの実践ガイドです。組織の仕組みを変えられない立場でも、自分のメモと記録から失敗を知識化する習慣を作るときに参考になります。