本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『アナロジー思考』細谷功|アイデアは「借りてくる」ものだった

思考法・問題解決 細谷功
約7分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『アナロジー思考』
目次

会計の知識がまったくない若手社員が、上司から「新しい予算制度のメリットとデメリットを整理してくれ」と言われる。専門知識はゼロ、締め切りは目前。

そんな状況で、本書の主人公サトウヒロユキが実際にとった行動が振るっています。同僚を捕まえて、雑談を始めたのです。

話題は、鞄でした。細かく仕切られた鞄と、仕切りが一つもない大きな鞄。業務とはまるで無縁の、どちらが便利かという世間話です。

たったこれだけの雑談から、彼は予算制度の比較表を組み立て、上司への報告を成功させます。しかも、期末に予算を無理やり使い切ってしまうという、制度の急所まで言い当てながら。

細谷功さんの『アナロジー思考』は、この一見奇妙な現象(カバンの雑談から予算管理の急所が見えてくる理由)を解き明かす本です。認知科学の世界で長く研究されてきた類推のしくみを、企画会議や新規事業の現場でそのまま使える手順にまで落とし込んでいます。

会計の知識を増やしたから理解できたのではなく、遠い世界から骨組みを借りてきただけだった。本書が扱う「アナロジー思考」の正体は、この一文に集約されています。

図解

アイデアは思いつくものではなく、借りてくるもの

本書が置く前提はシンプルです。

「新しいアイデアは、借りてきて組み合わせることで生まれる」

ゼロから何かが湧き出ることはない。新しさの正体は、既存の要素の組み合わせにすぎない、と著者は言い切ります。

回転寿司の起源が、その典型例です。日本で初めて回転寿司を事業化した会社の創業者は、ビール工場の見学でヒントを得ました。瓶がベルトコンベアに乗って整然と流れていく光景を、寿司屋の給仕の仕組みに置き換えたのです。

ビールと寿司に共通点はありません。あったのは「モノが自動で流れて届く」という骨組みだけでした。

シャープの過熱水蒸気オーブンも、同じ道筋をたどっています。2004年当時、業務用機器だった加熱水蒸気の仕組みを、家庭用電子レンジに重ね合わせて商品化したものです。

科学史も、この種の借用であふれています。リンゴの落下と月の運行を同じ力学として結びつけた万有引力の発見、雷を実験室の静電気と重ねて凧を揚げた実験、夢に出てきた蛇の輪から着想したベンゼン環の構造式。

分野も時代もばらばらな出来事ですが、共通しているのは、遠い現象を同じ骨組みとして読み替えた瞬間があったという一点です。借りる力は、一部の天才だけが持つ特殊技能ではありません。

誰の頭の中でも、日常的に起きている作業だということです。

著者はこの力の使い道を3つに整理しています。未知の物事を自分の経験と結びつけて素早く理解すること。相手が知らない話を、相手のよく知る例に置き換えて説明すること。そして、遠い分野から発想を借りて新しい組み合わせを作ること。本書がもっとも紙幅を割くのは、最後の「新しい発想」です。

似ているのに使えない、似ていないのに使える

ここが本書でもっとも重要な線引きです。「似ている」には、まったく別の種類が2つあります。

属性の類似は、見た目や音や色といった、対象そのものの表面的な一致です。駄洒落がその典型で、音が似ているだけで意味的なつながりはありません。

構造の類似は、個々の要素はまるで違うのに、要素同士の関係のパターンが一致していることです。

著者に言わせれば、似ているものをそのまま真似る行為はアナロジーとは呼べません。同業他社のヒット商品をそのまま真似るのは、属性レベルの模倣にすぎない。

距離が近い分、誰でも思いつき、付加価値も生まれません。本書が拾い上げるのは、見た目はまったく別物なのに、関係の形だけが重なる領域です。

冒頭のカバンが、その教科書的な例になっています。仕切りの多いカバンは中身が一目でわかる反面、大きな荷物が入らず、状況が変わっても融通が利きません。

これは、使い道を細かく決めてしまう予算の枠組みと同じ形です。仕切りのないカバンは何でも入る代わりに管理が雑になりやすく、こちらは大まかな部単位の予算配分と同じ形になります。

共通しているのは「限りある資源をどう区切って配分するか」という骨組みだけ。だからこの構造は、本棚の並べ方にも、フォルダの整理にも、時間の使い方にも、姿を変えて何度でも現れます。

なお、相手に伝わるたとえ話にも条件があると著者は付け加えます。説明したい対象を相手が知らないこと、たとえに使う対象を相手が知っていること、そして両者の間に共通点が十分にあること。3つがそろって初めて、たとえ話は相手に届きます。

遠くから借りるほど、発想は尖る

本書はここに独自の物差しを置きます。借りる元と適用先が、概念的にどれだけ離れているかを示す貸借距離です。

隣の競合を真似るのは距離が近く、誰でも思いつくぶん、単なる後追いになりがちです。一方、自然科学やスポーツ、日常生活のように一見無関係な領域から構造を引いてくると、見つける難易度は上がりますが、出てくる発想には意外性が伴います。

1972年、数学者と物理学者がプリンストンでの雑談中に、まったく畑違いの2つの数式が同じ形をしていることに気づき、そこから著名な数学的予想の解明が進んだ逸話を、著者は象徴的な例として引いています。別の未解決問題も、熱の伝わり方を扱う方程式から着想した手法で証明された経緯をたどっており、遠い分野からの借用が実際に難問を動かしてきたことがわかります。

ビジネスに置き換えると、ベンチマークの選び方が変わります。製品が似た業界を探すのではなく、コスト構造や収益構造、顧客層といった事業特性で共通する業界を探す発想です。

産業機械の保守サービス戦略を考えるときに、まったく畑違いの生命保険のリスク管理モデルから仕組みを借りてくる、という本書の例がわかりやすい。電力網が発電所から各家庭へ広がっていった歴史的な構造変化を、情報システムの未来予測に重ね合わせた経営書の手つきも、同じ発想の延長線上にあります。

「うちは特殊だから」を抽象化で越える

本書が繰り返し警告するのが、この反応です。他業界の話を聞くと、人は無意識に「うちは規制が特殊だから」「客層が違うから」と相違点を数え始めます。

著者はこの反応が思考停止の合図だと指摘します。相違点を意識した瞬間、そこから学ぼうとする働きが止まってしまう、と。著者が置く最初の一歩は、特殊事情があっても、まず共通点を1つ探すことです。

商談の敗因分析にも、同じ落とし穴があります。「価格が高かったから負けた」で片づけるのは早計です。時間の使い方に置き換えると、忙しいと言う人は、その行為の優先順位がたまたま低いだけ。

同じ骨組みで読めば、価格が高いという敗因も、顧客の中で自社提案の優先順位が低かっただけかもしれません。

この壁を越える手段が抽象化です。手元のデジタル腕時計を見ている限り、発想はその腕時計の範囲を出ません。それを「時計」、さらに「時間」へと一段引き上げると、スケジュール管理や運行ダイヤ、予算配分まで、応用できる範囲が一気に広がります。

レコード針の製造でシェアを握っていたある企業は、CDの普及で市場を失いかけたとき、自社の強みを「レコード針」ではなく「硬く小さいものを精密に加工する技術」と一段上で捉え直しました。そこから測定機器の部品や集積回路の検査用部材へと多角化し、レコード針の売上構成比を全体の1割程度まで下げて経営を立て直しています。

IT業界の多重下請け構造も、建設業のゼネコン体制とまったく同じ形をしている、と著者は指摘します。特殊だと思われがちな構造ほど、一段抽象度を上げて見ると、別の業界とまったく同じ骨組みでできていることが少なくありません。

借りたアイデアは、検証するまでは仮説にすぎない

遠くから借りるための材料は、日常のどこにでも転がっています。本書はそれを、情報の冷凍と解凍という言葉で説明します。

タクシーの車内で流れる「シートベルトをお締めください」という自動音声に、つい手が伸びてしまう。この体験を「タクシーで起きた出来事」として覚えるのではなく、「人は機械的に指示されると、反発せずに従う」という骨組みに変換してから記憶にしまう。

これが冷凍です。後日、職場で新しいルールを浸透させたいと思ったとき、その骨組みを取り出し(解凍し)、自動的に行動が変わる仕組みづくりに当てはめます。

回転寿司に乗ったとき「寿司が回っている」で終わらせず、在庫と物流と顧客への見え方の組み合わせとして眺め直す。日本古来の謎かけも、遠く離れた2つの世界を一瞬でつなぐ点で、同じ訓練になります。

こうした素材集めを日々の癖にしておくと、1つの経験を10にも100にも使い回せるようになる、と著者は言います。

ただし、著者はここで手放しに礼賛しません。アナロジーは演繹でも帰納でもなく、仮説を思いつくための推論に位置づけられる、と釘を刺します。

「アナロジーは『状況証拠』であって『物的証拠』ではない」

見事なたとえ話を聞くと、それだけで証明された気になってしまう。この錯覚が危ないのだと著者は言います。借りてきた仮説は、現場のヒアリングやデータで裏を取るまでは、あくまで仮説のままです。

だから本書が示す実践手順も、課題を決め、借り先を選び、要素を写し取ったあとに、必ず検証の段階を置いて締めくくられています。

明日から動かせることは3つあります。他業界の話に「うちは違う」と言いそうになったら、その前に共通点を1つだけ書き出す。今日の出来事を1つ選び、「要するに何が起きたか」を固有名詞抜きの1行にまとめる。

そして自分の課題を1つ決め、ビジネス以外の領域から借り先を選んでマッピングし、最後に検証の方法まで書き添える。

サトウヒロユキがやったのも、結局はこの手順です。会計の勉強を積んだわけではなく、カバンという身近な世界から骨組みを借り、予算管理という別の世界に写し取っただけ。特別な才能というより、手を動かせば誰でも再現できる作業として、本書はこの思考法を描いています。


合わせて読みたい

『具体と抽象』細谷功さん アナロジー思考を動かす燃料である抽象化のしくみを、同じ著者がまるごと1冊で扱った本です。腕時計を時間へ引き上げる感覚を先に鍛えておきたい人には、こちらを先に読む選択肢もあります。

『仕事に生かす地頭力』細谷功 物事を単純な骨組みに置き換えて考える力を、日々の業務の場面に落とし込んだ実践編にあたります。

『問題解決力を高める「推論」の技術』羽田康祐k_birdさん アナロジーが属する仮説的な推論を、演繹法や帰納法と並べて整理し直してくれる一冊です。「仮説であって検証ではない」という本書の線引きが、いっそう正確に扱えるようになります。


この記事をシェア:

この本を扱った読み物

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

思考法・問題解決『深く、速く、考える。』稲垣公夫さん|頭が悪いんじゃない、脳のクセに負けてるだけ「もっと深く考えろ」と言われて、深く考えられた人を見たことがありません。『深く、速く、考える。』(稲垣公夫さん)の要約。