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『深く、速く、考える。』稲垣公夫さん|頭が悪いんじゃない、脳のクセに負けてるだけ

思考法・問題解決
約5分で読めます

「もっと深く考えろ」と言われて、深く考えられた人を見たことがありません。

私もそうでした。資料を前にして腕を組み、うなる。1時間うなっても、出てくるのは最初に浮かんだ案と大差ないもの。これはもう才能の問題だと諦めていました。

でも本書を読んで、考えが変わりました。深く考えられないのは、IQでも才能でもない。脳に「浅く考えたがるクセ」が組み込まれているからだ——著者の稲垣公夫さんはそう言い切ります。トヨタの製品開発研修やA3報告書のノウハウをベースに、誰でも訓練で身につく「深速(しんそく)思考」を体系化した一冊です。

こんな人におすすめ

ひとつでも心当たりがあるなら、原因はたぶん能力ではありません。考える「やり方」を持っていないだけです。

考えられないのは、脳が「サバンナ仕様」のままだから

本書のいちばん面白いところは、出発点が「自己責任論」をきっぱり退けるところにあります。

著者いわく、人間の脳は数十万年前のサバンナ生活に最適化された「バージョン1.0」のまま。現代の複雑な環境に合わせてアップデートされていない。猛獣からすぐ逃げるために、じっくり考えるより反射で動くほうを脳は好む。同じ作業を繰り返せば「こういうものだ」という思い込みが生まれ、最初に浮かんだ案を最善だと信じて考えを打ち切る。これらを著者は脳の「仕様バグ」と呼びます。

そして最大の問題は、物事の「深い構造」——背後に隠れた因果関係や本質——が見えなくなること。

本質的なこととは、普遍的・抽象的なことですが、人の脳はそれが「見えていても気づかない」ようにプログラムされているのです。

見えてるのに、気づかない。本書にはこれを裏づける有名な心理学実験が紹介されています。表面はまったく違うのに背後の構造が同じ2つの問題を出すと、その類似に気づけた人がどれだけいたか——その「衝撃的な少なさ」は、本書で確かめてほしいところです。私たちの脳は、形や色や分野といった表面の属性に気を取られ、根っこの構造を見落とす。だから深く考えるには、このクセを補う「道具」が要るわけです。

因果関係マップ——見えない構造を、紙の上で見える化する

その道具の中心が「因果関係マップ」です。複雑な事象の背後にある因果や構造を図にして、脳が苦手な「深い構造を見抜く」作業を紙の上で肩代わりさせる。原因と結果を矢印で結ぶ型と、変化する数量を相関で結ぶ型があり、作り方そのものは拍子抜けするほど素朴です。

ここで私が膝を打ったのは、身近な題材を「解剖」していく手つきでした。たとえば本書はAKB48の成功を例に取ります。「チームが複数ある」「毎日公演する」「総選挙がある」——こうした特徴をただ並べるのではなく、マップで因果としてつなぐ。すると「多数のメンバーがいるから毎日公演できる→ファンが増える」といった”儲かる仕組み”の鎖が一目で浮かび上がる。バラバラの事実が、構造として立ち上がる瞬間です。

そしてこのマップが本当に効くのは、戦略の核心である「トレードオフ」をあぶり出すから。あちらを立てればこちらが立たず、という関係をどう割り切るか。その視点で本書は、鳥貴族・大戸屋・QBハウス・スーパーホテルといった繁盛企業を次々に解剖していきます。

たとえば鳥貴族。居酒屋業界では材料費率を抑えるのが定石なのに、この会社はあえて原価を業界平均の倍近くまで引き上げている。普通なら「潰れる」話です。ではなぜ儲かるのか——どこを思い切り捨て、浮いた分をどこへ集中投下しているのか。その逆転の仕組みは、因果関係マップで構造を描いて初めて腑に落ちます。具体的な数字とからくりは、ぜひ本書で確かめてください。

天才も、結局は「借りて」いる——アナロジー思考

もうひとつの武器が「アナロジー思考」です。

「画期的なアイデアは、何もないところから出てくるものだ」という誤解があります。しかし実際には、天才でも、ほかの誰か・何かからアイデアを借りて発想しています。

アナロジー思考とは、目の前の問題の「深い構造」を抜き出し、似た構造を持つ遠い分野から解決策を借りてくること。鍵は、表面ではなく構造の類似を見抜く力です。本書には、軍隊の兵站の難題をまったく畑違いの世界に着想を借りて解いた話や、極寒のカニ漁船を「常識と真逆の方法」で救った話が出てきます。どちらも「えっ、そこから借りるのか」と唸らされる例で、種明かしは読んでのお楽しみにしておきます。

行き詰まったときの問いはシンプルです。ゼロから抱え込まず、「この問題を、すでに解決している会社・サービス・製品は世の中にないか?」と外に目を向ける。発想は才能ではなく検索だ、と言われた気がしました。

ロジカルでも直観でもない、その「あいだ」

深速思考の立ち位置も、私には腑に落ちました。論理的に分解するロジカルシンキングは、抽象化しすぎると机上の空論になりやすい。猛烈な速度で考える直観思考は優れているけれど属人的で、体系的に教えにくい。

抽象化思考は、現実とのつながりをある程度保ちながら徐々に抽象度を上げていく思考で、そこが抽象思考との差です。

現実から足を離さず、少しずつ抽象度を上げる。だから空論にならず、誰でも訓練で身につく。論理と直観の「いいとこ取り」というわけです。そしてこの力の鍛え方も、地獄の特訓ではありません。自分の限界の「ちょっとだけ外」に出る程度の負荷を毎日続ける、というベイビーステップ。具体的な続け方と、研修での効果検証の数字は本書にゆずります。

おわりに

私がこの本でいちばん救われたのは、「深く考えられないのは脳のクセであって、あなたの能力の問題ではない」と言い切ってくれたことです。

才能だと思っていたものが、実は道具と習慣の問題だった。因果関係マップで構造を見える化し、アナロジーで遠くから借り、ベイビーステップで毎日鍛える。やることは地味で、すぐに始められます。

次に資料を前にしてうなりそうになったら、まず紙を出して、原因と結果の矢印を1本だけ引いてみる。そこから景色が変わる——その手応えは、本書のページの中で受け取ってほしいと思います。


合わせて読みたい

『具体と抽象』細谷功さん 本書の核心「抽象化思考」を、もっと根本から鍛えたい人へ。具体と抽象を往復する力こそ、因果関係マップを描く土台になります。相互補完の一冊です。

『右脳思考』内田和成さん 深速思考が目指す「論理と直観のいいとこ取り」を、別の角度から語る本。ロジカルシンキングの先に何があるのかを知りたい人に響きます。

『問題発見力を鍛える』細谷功さん AIに代替されないのは「問いを立てる力」だという主張が、本書のAI時代の問題意識とまっすぐ重なります。深く考える前に、何を考えるかを掘りたい人へ。


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