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『アメーバ経営』稲盛和夫さん|会社を小さく割ると、全員が経営者になる

リーダーシップ・組織 ✍ 稲盛和夫さん
約11分で読めます

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『アメーバ経営』
目次

「うちの数字、月末になってから知らされる」。そんな会社で働いていると、現場は数字を他人事だと感じます。

決算が出るのは、いつも数ヶ月後。そのころには市場はもう動いていて、打つべき手はとっくに過ぎている。京セラとKDDIを世界企業に育てた稲盛和夫さんは、まさにこの「過去の数字」に納得できなかった人でした。

本書『アメーバ経営』が説くのは、会社を「アメーバ」と呼ぶ小集団に割り、それぞれを独立採算で回す手法です。各アメーバにリーダーを置き、共同経営者のように会社を運営する。

会計の知識がない現場の社員でも、自分たちの採算を毎日その手で確かめられる。そういう仕組みです。

ただし、本書はノウハウ本ではありません。読み進めるとわかります。この仕組みは「人間として何が正しいか」という哲学とセットでなければ動かない。むしろ哲学のほうが先に立っています。

私がこの本を「経営書の顔をした人間論」だと感じるのは、そこです。会社を割るという技術論から入りながら、最後は人の生き方の話に着地する。その振れ幅こそが、本書を経営書の枠に収まらない一冊にしています。

図解

この本が問うていること

稲盛さんがいちばん嫌うのは、「とにかく利益を上げろ」という号令だけで終わる経営です。

号令だけでは、現場は何をどう変えればいいのかわからない。だから動かない。本書はその逆を行きます。「売上を最大に、経費を最小にする」という、子どもでもわかる原則まで経営を分解する。

そして、それを現場の一人ひとりが日々実践できる道具に変えていきます。号令を出す側ではなく、号令を受け取る側が今日から手を動かせる形にまで落とし込む。

ここに本書の実践性があります。

面白いのは、この原則が会計のプロから出たものではない、という点です。創業まもないころ、決算の仕組みがわからず質問する稲盛さんに、勤め先の経理担当者が「売上を最大に、経費を最小にすればいい」と答えた。

その一言が出発点になっています。会計の素人だったからこそ、複雑な数字の裏にあるシンプルな本質をつかめた、というわけです。専門家ほど勘定科目の細部に入り込んでしまい、こんなに身も蓋もない原則を口にできない。

門外漢の素朴な問いが、かえって核心を射抜いた好例だと思います。

ここで稲盛さんは、世間の常識を二つ退けます。ひとつは「売上が増えれば経費も増える」という思い込み。創意工夫によって経費を増やさず、むしろ減らすことさえできると言い切ります。

もうひとつは「利益率には業種ごとの相場がある」という前提。メーカーは数%、流通業は1%といった常識を、稲盛さんは固定的なものとは考えません。

原則を徹底すれば、利益はどこまでも追える。その強気の前提が、本全体を貫いています。利益率の天井を自分で決めてしまうと、そこが努力の限界になる。

常識を疑うこの姿勢は、自分の仕事の「これくらいが普通」という線引きにも刺さってきます。

会社を「アメーバ」に割る三つの目的

本書の出発点が、組織の細分化です。なぜわざわざ小さく割るのか。本書は目的を三つあげています。

ひとつ目は、市場に直結した部門別採算制度をつくること。組織を「事業として成り立つ最小単位」に分け、市場の動きを社内のすみずみまで直接伝える。決算を待たず、現在進行形の「生きた数字」で判断できるようにします。

ふたつ目は、経営者意識を持つ人材を育てること。小さな組織でも経営をまるごと任せると、リーダーに責任感と自覚が芽生えます。座学ではなく、実践のなかで共同経営者を育てる仕掛けです。

みっつ目は、全員参加経営を実現すること。経営情報をガラス張りにして全従業員が経営に参画する。一握りの経営陣ではなく、現場の社員一人ひとりが主役になる状態を目指します。

アメーバという名前は、細胞分裂を繰り返すあのアメーバから来ています。市場や事業の変化に応じて、組織を自在に分けたり、くっつけたり、増やしたりする。

固定された組織図ではなく、生き物のように動く組織を理想にしているわけです。ひとつのアメーバの人数は20〜30名が目安で、京セラにはおよそ3000ものアメーバがあるといいます。

これだけの数の「小さな会社」を社内に抱え、そのひとつひとつにリーダーを立てる。組織図を描いて終わりではなく、変化に合わせて細胞のように組み替え続ける前提なのが、ほかの組織論と決定的に違うところです。

細分化には三つの条件がある

ただし、やみくもに細かく割ればいいわけではありません。アメーバとして独立させるには、三つの条件が要ります。

ひとつ目は、独立採算組織として成り立つこと。明確な収入があり、その収入を得るための費用を算出できる単位でなければなりません。収入と費用が紐づかない単位を切り出しても、採算という鏡が機能しないからです。

ふたつ目は、ビジネスとして完結していること。リーダーが創意工夫をする余地とやりがいを持てる単位かどうか。ただの作業の塊に分けても、そこに経営の判断が入り込む余白がなければ、リーダーは育ちません。

みっつ目は、会社全体の方針を遂行できる形に分けること。細かく割りすぎて社内連携がバラバラになり、お客様への一貫したサービスが崩れては本末転倒です。分割は目的ではなく手段であって、全体最適を壊してまで進めるものではない、という歯止めがここに置かれています。

組織を分けると採算が見えてくる、という効果は実例にも表れています。各工場が別々に抱えていた配送業務を「物流事業部」として独立させたところ、それぞれの工場で厳しく管理していたはずの運送費が、かえって大幅に下がった。

さらに、赤字に転落していた製造部門を細かく割った事業部では、採算の中身が明確になり、メンバー全員で改善に取り組んだ結果、利益率がほかの事業部をはるかに超えるところまで伸びています。

見えなかったものが見えるようになるだけで、人は動き出す。細分化の本当の効能は、コスト削減そのものより、当事者意識のスイッチを入れる点にあるのだと感じます。

「時間当り採算表」で、現場が数字を読めるようになる

アメーバ経営を現場で回す道具が、「時間当り採算表」です。

これは家計簿のようにシンプルなものです。アメーバが生み出した付加価値、つまり売上から労務費を除いた経費を引いた「差引売上」を、メンバーの総労働時間で割る。すると「1時間当たりいくら稼いだか」という数字が出ます。これが「時間当り」です。

面白いのは、労務費を経費に含めない点です。アメーバ自身ではコントロールしにくい人件費を計算から外し、代わりに「時間」を意識させる。時給1000円のパートで時間当り3000円を出せば、残りが付加価値として残る、という具合に、現場は自分たちの時間の価値を金額で実感できます。

人件費を「動かせないもの」として脇に置き、「動かせる時間」に注意を集めさせる。だから残業を削るだけでなく、同じ時間でより多くの価値を生もうとする工夫が自発的に生まれます。

専門的な損益計算書は、現場の社員には読めません。でも時間当り採算表なら、会計を知らない人でも直感的に収支がわかる。これを毎日ガラス張りにして共有することで、全員が「どうすればもっと経費を減らせるか、時間を縮められるか」を自分の頭で考えるようになります。

月に一度の決算を待つのではなく、今日の自分たちの働きが今日の数字に映る。このスピード感が、過去の数字に納得できなかった稲盛さんの問題意識への、そのままの答えになっています。

製造現場を「利益を生む場所」に変える社内売買

本書のいちばん革新的な発想が、製造部門の位置づけです。

普通、製造現場は「標準原価を守ってモノをつくるだけのコストセンター」だと考えられています。稲盛さんはこれをはっきり否定します。製造部門も営業部門と同じく、利益を生み出す「プロフィットセンター」だ、と。

それを実現するのが「社内売買」です。製品が完成するまでの各工程間で、材料や半製品を原価ではなく、自部門の付加価値を乗せた価格で売り買いする。すると、製造現場にも市場価格の変動がダイレクトに伝わります。

本書の数字を借りて、その伝わり方を追ってみます。原価60円の製品を1個100円で1万個売ると、売上は100万円。営業の口銭(手数料)が10%なら10万円、製造部門の差引売上は30万円になります。

ここで市場が動いて1個90円に値下がりすると、営業口銭は9万円、製造部門の差引売上は21万円へと、9万円も減る。市場の冷たさが、数字となって製造現場にまで届くわけです。

こうなると、製造部門は標準原価の範囲内に安住していられません。自らの意思でコストを下げ、付加価値を高めようと動き出す。営業に値下げを押しつけられて終わり、という受け身の構造が消えます。

本書は「アセンブリ(組み立て)産業は儲からない」という常識も退けます。部品を組み合わせ、優れた機能を付け加えれば、付加価値は飛躍的に高められるからです。

儲からないのは産業のせいではなく、付加価値をつける工夫を放棄しているからだ、という見方は、自社の「うちの業界は薄利だから」という諦めにも突き刺さります。

値決めは経営──利益の死命を制する一点

社内売買と並んで本書が強調するのが、「値決めは経営」という考え方です。

営業の仕事を、稲盛さんはこう定義します。「この値段なら結構です」とお客様が喜んで買ってくれる、最高の値段を見抜くこと。安く売るのが営業ではない。

高すぎず安すぎない、ぎりぎり一点の値段を見抜くことが営業の使命だ、というわけです。値段を1円刻みで詰める作業を、雑用ではなく経営判断の中心に据える。

ここに稲盛さんの値決め観の鋭さがあります。

ここを外すと、会社全体が傾きます。本書には、アメリカの輸入業者からの大幅な値下げ要求に応じ続けて採算が悪化し、経営が行き詰まって京セラに救済を頼むことになった情報通信機器メーカーの例が出てきます。

安易な値下げが、どれだけ事業の体力を削るか。目先の受注を守るために値段を下げ続けた結果、気づけば自力で立てなくなる。その怖さが、具体的な企業の末路として描かれます。

値決めは、製造のコストダウンと連動させなければなりません。営業が値段を見抜き、それに合わせて製造に具体的なコストダウンを指示する。原価に一定の利益を乗せれば終わり、という機械的な値決めではなく、市場と現場をつなぐ経営判断そのものとして扱われています。

社内売買と値決めは、いわば一対の仕組みです。値段の決定が現場のコスト目標を生み、現場の工夫が次の値決めの余地を広げる。市場と製造を一本の線でつなぐこの循環が、アメーバ経営の背骨になっています。

なぜ哲学がないと、この仕組みは壊れるのか

ここまでは「やり方」の話でした。でも本書がいちばん力を込めるのは、その先です。

アメーバ経営は独立採算ですから、各アメーバが自分の採算だけを追えば、必ず部門間でエゴがぶつかります。社内売買の値決めでは「もっと高く売りたい」「もっと安く買いたい」が衝突する。

放っておけば、組織は足の引っ張り合いと目先の利益至上主義に陥ります。仕組みが強力であるほど、その副作用も強い。数字で人を動かす設計は、放置すれば数字のために人がいがみ合う設計に裏返ってしまうのです。

これを克服する唯一の基盤が、「人間として何が正しいか」という普遍的な判断基準、つまりフィロソフィ(経営哲学)です。

アメーバ経営は、その経営哲学をベースとしてはじめて、その威力を発揮する

(『アメーバ経営』より)

だから「やり方だけ真似してもうまくいかない」。この哲学は、稲盛さんの原体験から生まれました。創業まもない京都セラミックで、入社1年目の高卒社員10名ほどが血判状をつくり、将来の待遇保証を要求してきた。

稲盛さんは「将来の保証はできないが、みんなのために全力を尽くす」と三日三晩かけて説得します。このとき、会社の真の目的は自分の夢の実現ではなく、従業員とその家族の生活を守り幸せにすることだと悟った。

労使対立を「大家族主義」へと変える原点が、ここにありました。技術者として理想の製品をつくる場所だったはずの会社が、社員の人生を預かる場所へと意味を変える。

その転換点が、後のアメーバ経営の土台になっています。

人材の登用基準も、この哲学に貫かれています。どれほど商才があっても、根底に「嘘を言うな、人を騙すな、正直であれ」というプリミティブな倫理観がなければ、その人材はかえって組織に大きな問題を起こす。

才覚より人格を見る。会社は経営陣の器より大きくならない、という言葉も本書を象徴しています。能力の高さは、向く方向を間違えれば組織を壊す刃にもなる。

だから先に人格を問う、という順序の置き方に、稲盛さんの一貫性が表れています。

「成果主義」を入れない理由と、明日からの一歩

哲学が表れているもう一つの場面が、報酬の設計です。

業績を上げたアメーバには、多額のボーナスが出るのか。答えはノーです。稲盛さんは、短期の成果に応じて報酬を大きく増減させる欧米流の成果主義を導入しません。

理由は明快で、金銭インセンティブは業績が下がって報酬が減ったときに、社員の不満や妬みを生み、長期的には人心を荒廃させるからです。

では何で報いるのか。すばらしい実績をあげたアメーバには、信じ合う仲間からの「賞賛と感謝」という精神的な名誉を、最高の栄誉として与えます。お金ではなく、認められること。

これが本書の人間観をよく表しています。同時に本書は経理の透明性も徹底します。モノやお金が動けば必ず伝票が一対一で対応し、確実に処理される。公明正大な数字をガラス張りにすることが、信頼の土台になる。

賞賛を栄誉にできるのは、数字に嘘がないという前提があってこそだという、両輪の関係がここにあります。

最後に、本書の考え方を自分の仕事に落とすなら、と考えてみます。いきなり全社の制度を組み替えるのは無理でも、発想は一人でも試せます。まずは自分の業務を、一つのビジネスとして完結する最小単位に分けてみる。

営業なら新規開拓、既存フォロー、納品管理というように。次に、自分やチームが生んだ成果からかかった経費を引き、費やした時間で割って、自分版の「時間当り」を出してみる。

さらに経費を細目まで分類し、無駄をひとつだけ潰してみる。そして他部署と利害がぶつかったときは、自分の部門の都合ではなく「会社全体や顧客にとって何が正しいか」に立ち返る。

増やしすぎると続きません。まずは「自分の仕事を小さく割って、時間当りを出す」ところから始めれば十分です。

読み終えて残るのは、採算表の書き方ではありません。会社を小さく割れば数字は他人事ではなくなる。製造現場も利益を生む場所に変わる。でもその仕組みは、「人間として何が正しいか」という一本の軸がなければ、すぐにエゴの衝突で壊れる。

手法と哲学が、最後まで離れずに語られます。稲盛さんは、経営とは日々の判断の集積であり、その結果が実績となって現れるものだと書いています。魔法のような一手はない。

今日を全力で過ごせば、明日が見えてくる。その積み重ねの先に、京セラもKDDIもあったわけです。数字が他人事になっている職場で働いているなら、まず自分の仕事を小さく割り、自分版の時間当りを出してみてほしい。

その瞬間から、会社の数字が少しだけ自分のものになります。

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