作ってから売ろうとすると負けるのは、判定を先送りするから
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株価が下がった翌日、自分の年金口座にログインする人は、およそ1割減ります。
アメリカの資産運用会社バンガードが管理する確定拠出年金の口座、約117万人分のログイン記録を調べた研究の結果です。悪い知らせがありそうなとき、人は見に行くのを少し遅らせます。
この行動は、起業や新規事業でよく見る場面に似ています。「もう少し形になってから見せよう」と言いながら、製品を作り続ける場面です。
作ってから売ろうとすると負けやすい。この話自体はよく聞きます。それでも多くの人がそうしてしまうのは、なぜでしょうか。
「売る」は、作り手の目に入りにくい工程
ピーター・ティール氏は『ゼロ・トゥ・ワン』で、シリコンバレーの技術者は「良いものを作れば人はやってくる」と考えがちだと指摘しています。ティール氏の見立てでは、販売はプロダクトと同じくらい大切です。
意外なのは、ティール氏が小さく試して直していくリーン・スタートアップ流のやり方に批判的な点です。大胆な長期計画を重んじる人でさえ、販売だけは軽く見るなと言っています。
ティール氏は、優れた販売ほど一見それと分からない形をとるとも書いています。販売が目に入りにくいぶん、作り手には製品の出来だけが成功の理由に見えやすくなります。本には「営業マンがいないとしたら、君自身がその営業マンなのだ」という一文もあります。
西野亮廣さんの『夢と金』にも、近い指摘があります。顧客が満足する水準を超えた技術はお金にならず、作り手の自己満足になる、というものです。
ここで、作る作業と売る作業の違いを並べてみます。作る作業は、手を動かしたぶんだけ進みが目に見え、出来も自分で管理できます。たとえば画面のデザインを直せば、その日のうちに良くなったと実感できます。売る作業は、結果が相手の判断で決まり、断られることもあります。
先に手が伸びるのは、たいてい作る作業のほうです。
売ることは、成績表を開くこと
冒頭の研究をもう少し詳しく見ます。
コロンビア大学のナフム・シカーマン氏と、カーネギーメロン大学のジョージ・ローウェンスタイン氏らは、2007〜2008年の2年間について、バンガードの確定拠出年金口座1,168,309人分のログイン記録を分析しました。2016年に金融の学術誌 Review of Financial Studies に載った研究です。
前日にダウ平均が下がると、その日のログイン総数は約9.5%減っていました。
ローウェンスタイン氏らは2009年の論文で、この傾向を「ダチョウ効果」と名づけています。危険が迫ると砂に頭を突っ込むという俗説から取った名前です。論文の説明では、情報に注意を向けると、良い知らせの喜びも悪い知らせの痛みも強くなる。だから悪そうなときほど見に行かなくなります。
ただし、全員がダチョウになるわけではありません。同じ研究で10万口座を1つずつ調べると、下落の翌日にログインが減っていた人は約54%で、逆に増えていた人も約43%いました。下落後にかえって頻繁に確認する投資家が多かったという、別の小規模な研究もあります。
もう一つ、論文は投資家にとって「見ない」ことが悪いとは限らないとも書いています。下落のたびに口座を見なければ、慌てて売る失敗を避けられるからです。
作り手の場合は事情が違います。
投資家が口座を見なくても、相場は勝手に動きます。作り手が顧客に見せないあいだは、「作り続けるか」の判断が古い前提のまま進み、そのあいだも時間とお金は注ぎ込まれ続けます。
たとえば「決済機能を付けてから」「デザインを整えてから」と見せる日を延ばすたびに、判定は先送りされます。完成前なら「まだ途中だから」という理由で、成績表を開かずにいられるわけです。
先に売ると、「作らない」という判断ができる
では、成績表を先に開くとどうなるか。手がかりになるのが、クラウドファンディングの研究です。
クラウドファンディングの Kickstarter は、目標額に届かなければ支援金を1円も受け取れない「オール・オア・ナッシング」方式をとっています。ブリティッシュコロンビア大学(当時)のティン・シュー氏は、2009〜2014年の Kickstarter のプロジェクトを集めて分析しました。目標額に届いたのは約43%です。
シュー氏によると、起業家は集まった支援額を見て、次のプロジェクトの目標額を修正していました。支援が少なければ期待を下げ、多ければ上げる。市場の反応から学んでいたことになります。
2018年版の論文を紹介した大学の記事によると、目標に届かなかったプロジェクトに絞っても、支援額が多かった人ほど、のちに製品化まで進む傾向がありました。
同じ記事は、起業家262人への調査結果も伝えています。目標に届かなかった人のうち、3割強はそれでも計画を続け、2割は規模を縮めるか中身を変え、残りの半数近くは計画をやめていました。
この論文はまだ学術誌に載っていない段階の研究で、数字は割り引いて読む必要があります。それでも、やめた人の多くが大量に作る前に判定を受け取っていた点は見逃せません。もし先に量産していたら、この判定は在庫を抱えたあとに届いていたはずです。
西野さんは『夢と金』で、この仕組みを商品のテストに使う方法を書いています。オール・オア・ナッシング型で、目標額を損益分岐点に置いて予約販売をする。そうすれば在庫を抱える博打をせずに、売れるかどうかを確かめられます。
目標額を損益分岐点に置くと、判定の意味がはっきりします。集まれば、作っても赤字にならない。集まらなければ、作らない。作り手の気分が入り込む余地が小さくなります。
一方で、先に売れば、作って届ける義務も先に生まれます。ペンシルベニア大学のイーサン・モリック氏が支援者47,188人に尋ねた2015年の調査では、資金集めに成功したプロジェクトの約9%が、約束した品を届けられていませんでした。先に売るなら、届けられる範囲で売る必要があります。
組織では、売る工程を「最初の書類」にする
個人なら予約販売で判定を前に出せます。組織ではもう一段むずかしくなります。予算と人員は作る工程に先につき、売る計画はあとから作られることが多いからです。
アマゾンはこの順番を逆にしています。スティーブ・アンダーソン氏の『ベゾス・レター』によると、アマゾンでは新しいプロジェクトを始めるとき、最初に完成時のプレスリリースと、よくある質問(FAQ)を書きます。
アマゾンで長く幹部を務めたコリン・ブライアー氏は、この文書を書く時期を「コードを1行も書く前、予算も人員も決まる前」と説明しています。チームが自分たちの設計に愛着を持ってしまう前に書く、とも。
理由は単純です。プレスリリースを書き直すほうが、製品を作り直すよりずっと安い。そしてブライアー氏によれば、書かれた文書の大半は、実際に発売される製品にはなりませんでした。
プレスリリースは、顧客に向けた売り文句そのものです。アマゾンは売る工程の一部を書類の形で最初に置き、予算と人がつく前に判定を受けさせていると読めます。
ただ、この判定を下すのは社内の人です。書類は社内の判定、予約販売は市場の判定と考えると、両方を組み合わせる意味が見えてきます。
「見せる日」を、作り始める日に決める
誤解:売るのは、自信を持てる完成品ができてから → 完成を待つほど、判定を受けない期間が延びます。その間の開発費は、売れなかったときにそのまま損になります。
正しいアプローチ:作り始める日に、見せる日を先に決める → たとえば、作り始めたその日に、4週間後の日付で「想定する顧客5人に、価格を付けて見せる」予定を入れます。完成度は、その日に間に合う範囲で決めます。
誤解:予約が集まらなかったら、それは失敗 → 集まらなかったという結果は、作る前に届いた判定です。完成後に知るより、ずっと安く済んでいます。
正しいアプローチ:損益分岐点を目標に、先に予約を取る → 必要な数が集まったら作る。集まらなければ、作らずに中身か相手を変える。判定の意味を、売る前に決めておきます。
5分でできることもあります。いま作っているものの発売告知文を、画面1枚ぶん書いてみてください。誰が、いくらで、なぜ今買うのか。書けないなら、売る準備より先に作る作業が進んでいます。
おわりに
作ってから売ろうとすると負けやすいのは、作る作業が「まだ判定を受けなくていい理由」を与え続けてくれるからかもしれません。
次に何かを作り始めるときは、最初の打ち合わせで「いつ、誰に、いくらで見せるか」を決めてみてください。
この記事で参考にした本
『ゼロ・トゥ・ワン』ピーター・ティール → 良いものを作れば売れるという思い込みへの批判と、販売はプロダクトと同じくらい大切だという主張
『夢と金』西野亮廣 → 損益分岐点を目標額にしたオール・オア・ナッシング型の予約販売で、在庫を持たずに売れるかを確かめる方法
『ベゾス・レター』スティーブ・アンダーソン → 新しいプロジェクトを、完成時のプレスリリースとFAQを書くところから始めるアマゾンのやり方
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