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「完璧なデータを待つと負ける」のは、どんなときか

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約6分で読めます 思考法・問題解決
目次

資料を読み進めるほど、自信は上がっていきました。ところが、正答率はほとんど動きませんでした。

1965年に心理学者のスチュアート・オスカンプ氏が行った実験の結果です。判断の材料を4回に分けて渡すと、答えへの自信は33%から53%まで上がりました。正答率は26〜28%のまま横ばいでした。

「もう少しデータが揃ってから決めましょう」。会議でよく聞く一言です。慎重で、責任感のある態度に見えます。

ただ、待っている間に増えているのは判断の精度なのか、自信だけなのか。そこを分けて考えると、待つべき場面とそうでない場面の境目が見えてきます。

待つことにも、値段がついている

データを待つという選択は、コストがゼロに見えます。まだ何も決めていないので、失敗もしていないからです。

実際には、待つ間にも払っているものがあります。1つは機会です。北嶋貴朗さんは『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』で、不確実性が低いということは機会がすでに見えているということであり、他社も気づいて参入が相次ぐ、と指摘しています。

確かなデータが揃う頃には、同じデータを競合も見ているわけです。もう1つは時間です。調査を1回足せば、担当者の数週間と、その間に進められたはずの仕事が消えます。

こうした話になると、「7割の情報で決めればいい」という助言がよく出てきます。出どころはジェフ・ベゾス氏が2016年に株主へ宛てた手紙の一文で、90%を待てばたいてい遅すぎる、と続きます。

経営者の経験則としては筋が通っています。ただ、7割という数字は研究から導かれたものではありません。何割で決めるかより役に立つのは、追加の情報が判断を本当に良くするのか、良くするならどれくらいか、という問いです。

情報を足すと、当たる確率より自信が伸びる

オスカンプ氏の実験をもう少し詳しく見てみます。参加したのは臨床心理士8人、心理学の大学院生18人、学部生6人の計32人です。

心理学の本に載った実在の男性(仮名)の生い立ちを4つに分けて読んでもらい、1つ読むごとに同じ25問に答えてもらいました。性格や行動を当てる5択問題で、当てずっぽうでも20%は当たります。

資料が増えても、正答率は20%台後半から動きませんでした。自信だけが回を追うごとに上がっています。臨床心理士と学生の間にも、はっきりした差は出ませんでした。

2007年には、プリンストン大学のクリスタル・ホール氏やアレクサンダー・トドロフ氏らが、情報を足すと精度がむしろ下がる場面を報告しています。2つ目の実験では、学生120人にNBAの29試合の勝敗を予想してもらいました。

全員に両チームのシーズン成績とハーフタイムの得点を見せ、半数にだけチーム名も伝えます。チーム名を知ったグループの正答率は63%で、知らないグループの66%を下回りました。

差は3ポイントと小さいものの、偶然では説明しにくい差です。チーム名を知ると、よく当たる手がかりだった成績や得点を軽く扱い、なじみのあるチームを勝たせる予想が増えた、と著者らは分析しています。

それでも、チーム名を知らされなかったファンの63%は「名前がわかればもっと当てられた」と答えていました。大学フットボールの勝敗予想を使ったシカゴ大学の研究(2008年)でも、情報が増えると自信は精度より大きく伸びたと報告されています。

どれも数十人から百数十人の実験で、課題も実験室のものです。情報がいつも無駄だという話ではありません。

ただ、情報が増えたときの「わかってきた」という手応えは、判断が良くなった証拠にはなりません。たとえば新規事業の稟議で追加調査を重ねたとき、2冊目の報告書を読んだ後の「いける気がする」は、当たる確率が上がったことを意味しないのです。

「完璧なデータ」の値打ちには、上限がある

では、どんな情報なら待つ価値があるのか。意思決定分析の分野に、この問いにそのまま答える考え方があります。

ロナルド・ハワード氏は1966年の論文「情報価値理論」で、未来を完全に見通せる情報、いわば「完璧なデータ」の期待価値を計算する方法を示しました。そしてこの値が、どんな調査や実験の価値にとっても上限になると述べています。

理屈はシンプルです。情報に値打ちが生まれるのは、それによって選ぶ行動が変わり、結果が良くなるときだけです。どちらの結果が出ても同じ行動をとるなら、その情報の価値はゼロになります。完璧なデータでも、選択を変えなければ値打ちはありません。

たとえば、新商品の価格を決める前に追加の顧客調査をするか迷っているとします。調査の結果がどう出ても1,000円で出すつもりなら、調査は判断を少しも動かしません。待つ理由として残っているのは、安心だけです。

北嶋さんは、調査と分析を重ねる進め方は、既存事業に近い領域や不確実性の低い領域では今も有効になりうると書いています。裏を返せば、顧客も市場もまだはっきりしない領域では、判断を動かすデータがそもそも世の中にありません。

待っても届かない情報を待っていることになります。そこで北嶋さんは、仮説を立てて試作品で小さく確かめる進め方を勧めています。

待つ価値は「取り消せるか」で決まる

とはいえ、待つことが正しい場面もあります。分かれ目は、その決定を後から取り消せるかどうかです。

経済学者のアビナッシュ・ディキシット氏とロバート・ピンダイク氏は、1995年のハーバード・ビジネス・レビューの論文で、元に戻しにくい投資を「オプション」として捉えました。投資をせずにいる間は、様子を見てから決める権利を持ち続けられます。

先が読めない状況で取り消しにくい投資をすると、この権利を手放すことになります。だから見込みの利益がコストを上回るだけでは足りず、手放す権利の分を上乗せして判断すべきだ、という主張です。

逆に言えば、簡単に取り消せる決定では、待って守る権利はほとんどありません。試して、違えば戻せばいいからです。

気をつけたいのは、取り消せない決定での「待つ」の中身です。1万6,000件を超えるプロジェクトを分析したベント・フリウビヤ氏は『BIG THINGS』で、「ゆっくり考え、すばやく動く」ことを勧めています。とにかく動くやり方は、やり直しがきく決定には向いても、やり直せない大型プロジェクトでは通用しない、という立場です。

ただし、フリウビヤ氏の言う「ゆっくり考える」は、時間をかけること自体を指していません。ピクサーの映画づくりのように、スケッチや模型、身内での試写といった安い段階でアイデアを何度も試し、穴を先に潰しておくことです。取り消せない決定ほど、待つ時間を試す時間に変える必要があります。

「待つ」を選ぶ前に、3つを書き出す

誤解:もう少し調べれば、判断は良くなる → 情報を足すと、精度より先に自信が伸びます。「どんな結果が出たら選択を変えるか」を言えない調査は、判断を動かしません。

誤解:決めずに待つのは、安全な選択だ → 待つことも1つの決定です。待つ間に失うもの(その期間の売上、先に動く競合、チームの手待ち時間)を書き出し、得られる情報と並べて比べます。

正しいアプローチ:取り消せるかどうかで、時間の使い方を変える → 取り消せる決定は、見直す日と撤退の条件を決めたうえで今日始めます。北嶋さんが勧める事前の撤退基準があれば、始めた後の判断で迷いません。取り消せない決定は時間をかけてよく、その時間を安く試せる検証に使います。

5分でできることもあります。いま「データ待ち」で止まっている案件を1つ選び、次の3行を書いてみてください。

  • 後から取り消せるか
  • 1か月待つと、何を失うか
  • 完璧な答えが届いたら、何を変えるか

3行目が空欄なら、待つ理由はもう残っていません。

おわりに

完璧なデータを待って負けるのは、待っても選択が変わらないときと、取り消せる決定を取り消せない決定のように扱うときです。

取り消せない決定では、慎重さが武器になります。その慎重さは、届かないデータを待つことではなく、安く試して確かめることに使います。


この記事で参考にした本

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』ベント・フリウビヤ氏 → やり直せない決定ほど、計画段階で安く何度も試す。「ゆっくり考え、すばやく動く」の中身がわかる一冊。

『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』北嶋貴朗さん → 調査と分析が効くのは不確実性の低い領域まで。確かさを待つこと自体が競争のリスクになる、という視点と、事前の撤退基準の設計。


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