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『自分の時間』アーノルド・ベネット|仕事の「余り時間」で、もう一つの人生を生きる

生産性・時間術・習慣 ✍ アーノルド・ベネット
約7分で読めます

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『自分の時間』
目次

「もっと時間があれば、やりたいことができるのに」

そう思いながら、また1日が終わる。心当たり、ありませんか。

私もずっとそうでした。来年こそ、時間ができたら、と言い続けて何年も経っていた。

この本は、その言い訳を正面から砕いてきます。著者のアーノルド・ベネット氏は20世紀イギリスを代表する小説家。書かれたのは100年以上前なのに、内容は驚くほど今の私たちに刺さります。

訳と解説は渡部昇一氏。原書は活字が大きい薄い本だったそうですが、その分量からは想像できない密度の知恵が詰まっています。

図解

こんな人におすすめ

このどれかに「あ、自分だ」と感じたなら、本書はかなり効きます。逆に、退社後の時間をすでに充実して設計できている人や、即効性の効率化テクニックだけを求める人には、少し物足りないかもしれません。これは時短術の本ではなく、もっと根っこの「時間観」を入れ替える本だからです。

時間は、お金より貴重な「たった一つの財産」

ベネット氏がまず突きつけてくるのは、時間の絶対的な平等性です。

朝、目覚める。すると、不思議なことに、あなたの財布にはまっさらな24時間がぎっしりと詰まっている。

お金は失っても稼ぎ直せる。でも時間は買い戻せないし、貯金も前借りもできない。どんな億万長者でも、毎朝もらえるのは普通の会社員と同じ24時間です。そして誰もあなたから時間を奪えないし、あなたより多く持っている人もいない。完全に平等で、完全にあなたのもの。だからこそ使い方の責任は、全部あなたにある。

世間では「時は金なり」と言う。でも実際は、時間のほうがお金よりはるかに貴重だ――ベネット氏はこの常識をひっくり返すところから話を始めます。当たり前に聞こえるのに、いざ自分の財布(時間)の使い方を点検すると、ぞっとするほど浪費している。

そう気づかせる筆致が見事です。お金には残高があって減れば焦るのに、時間には残高表示がないから、人は平気で垂れ流す。本書はその「見えない財布」を可視化してくる本だと言ってもいい。

仕事以外の「内なる1日」を生きる

本書で一番のパラダイムシフトは、退社後から翌朝の出社までを、ひとつの独立した「1日」として捉え直すところにあります。ベネット氏はこれを「内なる1日」と呼びました。

夕方6時に始まって翌朝10時に終わる、16時間のもう一つの1日。大きな箱(24時間)のなかに入った、小さくて自分専用の箱というわけです。

多くの人は、1日を「8時間の仕事」を中心に組み立てています。朝は仕事の準備、夜は仕事の疲れを癒す時間。つまり残りの時間が、仕事の「おまけ」扱いになっている。

ベネット氏はこれを根本からひっくり返し、仕事の余りではなく、給料を稼ぐ必要から解放された「自分の精神を成長させるための主役の時間」として設計し直せ、と説きます。

睡眠を7時間とっても、まだ8時間以上は自由に使える計算になる。多くの人は、この時間がそもそも存在することにすら気づいていない――この出だしの一撃だけで、本書を読む価値はあると思います。

ここで私が一番うなったのは、ベネット氏が「仕事を頑張るな」とは一言も言っていないことです。仕事に情熱を傾けている人は、すでにその8時間を充実して生きているから心配ない、と。

本当に問題なのは、仕事もそれ以外も無気力に過ごしている状態だと指摘する。この立場の取り方が誠実で、よくある「ワークライフバランス本」とは温度が違います。

朝のエンジンと、通勤電車という思考の訓練場

「内なる1日」をいつ始めるか。ベネット氏は朝を強く勧めます。仕事で全精力を使い果たしてから自分のことをやろうとしても、ガス欠で動けない。だから順番を逆にして、最もエネルギーのある時間をまず自分のために使う。朝の1時間は、夜の2時間に匹敵する、と。

「睡眠不足になる」という反論にも答えています。長年診てきた医者いわく、10人のうち9人はベッドで過ごす時間を減らしたほうが健康になり人生を楽しめるだろう、と。

睡眠はある程度は習慣の問題だ、というのがベネット氏の立場です。現代の睡眠科学からすれば「9割は眠りすぎ」はさすがに乱暴で、ここは100年前の主張として割り引いて読むべきところでしょう。

それでも「自分の生活のなかに、まだ手をつけていない時間の鉱脈がある」という指摘そのものは古びていません。

そしてベネット氏が一番こだわるのが通勤時間です。当時のロンドン市民の往復はおよそ50分。彼はこれを「真珠の首飾りのように貴重」だと言い、漫然と新聞を読む(今ならスマホですね)のは時間の乱費だと切り捨てます。

代わりに勧めるのが「思考のコントロール訓練」。家を出てから駅に着くまで、何か一つのテーマに思考を縛りつける。気が逸れたら、その都度つかんで引き戻す。

最初は駅までに40回もよそ見をするかもしれない。でも辛抱強く繰り返すうちに、頭脳を支配する力が養われる――この「集中力は訓練で身につく」という発想は、現代のディープワーク論にそのまま接続します。

「週3回・夜90分」という、ちょうどいい現実解

では、その自由な時間で何をするか。本書で最も有名な提案が、自己研鑽のための「神聖な時間」を確保することです。具体的には、ひと晩おきに1時間半。つまり週に3回、夜の90分を聖域にする。合計すると週7時間半です。

ここで私が好きなのは、ベネット氏が決して「毎晩やれ」と言わないところです。最初から毎日を目指すと、必ず挫折する。だからあえて週3回に絞り、残りの夜はリラックスに充てていい、と逃げ道を用意してくれる。

この「ちょうどいい現実解」を100年前に言い切っているのが驚きです。意志力に頼らず、続く設計にするという発想は、今の習慣化本が言っていることと寸分違わない。

中身のテーマは高尚でなくていい、というのもいい。音楽の知識がない人が入門書を片手にコンサートへ行ったら、それまで単なる音の集まりだったオーケストラがまるで違って聞こえた。

文学嫌いの銀行員が経済書を90分ずつ読んだら、自分の仕事が面白くて仕方なくなった。歴史でも、不動産でも、蛾の生態観察でもいい。本人が本当に好奇心を持てる分野なら精神は耕される、とベネット氏は言います。

「役に立つかどうか」で趣味を選んで疲れている現代人ほど、この一節に救われるはずです。

大きく変えるな、「計画の奴隷」にもなるな

やる気が出た人が必ずつまずくポイントにも、本書はきちんと釘を刺します。それは、計画を盛りすぎること。

華々しく失敗するほうが、つまらない成功を収めるよりましだという考えには賛成できない。つまらない成功で大いに結構だ。

最初から無理な計画を立てて失敗すると、自尊心と自信を失う。華々しい失敗からは何も生まれない。だから「馬鹿らしいほどゆっくりでいい。代わりに規則的に続けろ」と説きます。週に7〜8時間、1日にならせば1時間ほどを変えるだけで、人生は確実に動く、と。

もう一つ実用的だと感じたのが、計画を「丸ごと」では立てない発想です。時間の価値に目覚めた人ほど、スケジュールをきっちり組んで、今度はそれに縛られ始める。

通り通りに進まないと自己嫌悪に陥る――これが「計画の奴隷」です。ベネット氏の処方箋は明快で、1週間を「6日」で計画せよ、というもの。残りの1日は「たまたま手に入ったもうけもの」として計画から外し、気まぐれに過ごす余白にする。

1日サボれる余裕こそが、続ける力になるというわけです。完璧主義をあらかじめ無力化しておくこの配分の妙が、本書の地味だけれど効く核心だと思います。

インプット過多の現代に刺さる「読書術」

最後に、個人的に一番ハッとしたのが読書についての逆説です。

優れた小説を読むのは知的研鑽になる、と思われがちです。でもベネット氏は逆だと言う。最高の小説は、努力しなくても小舟で急流を下るようにスラスラ読めてしまう。

だから「思考を要する読書」にはなりにくい。むしろ詩や哲学のように、理解するために頭を使い、読み解く葛藤がある本のほうが精神を磨く――この「努力感こそが大事」という主張は、ラクに読めるコンテンツに慣れた今こそ刺さります。

さらに痛いのが、読んだあとの「反芻」の話です。たくさん読み進めることが良い読書ではない。読んだものについて、少なくとも45分くらいかけて注意深く噛みしめないと、せっかくの読書もパンを切る程度の価値しかない、とまで言う。

積ん読とハイライトだけが増えていく自分には、耳が痛い指摘でした。読む量より、立ち止まって考える時間。情報を浴び続ける現代の読書習慣に、100年越しで冷や水を浴びせてきます。

おわりに

この本が言っているのは、結局これだけです。時間は誰にでも平等にあって、仕事以外の時間をどう生きるかで人生の豊かさが決まる。

シンプルですが、実行は簡単ではない。だからベネット氏は「華々しい秘訣などない、絶えざる努力と犠牲が必要だ」と正直に書いています。それでも、馬鹿らしいほどゆっくりでいいと言ってくれる。

週3回、夜90分から始めればいいと言ってくれる。100年前のこの声が、今もこれだけ多くの人に読まれている理由は、読み終えると静かに分かります。

今日の夜の90分を、何に使うか。まずはそこから決めてみてください。


合わせて読みたい

『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン 人生は4000週間しかないという冷徹な前提から始まる現代の名著。「全部はできない」と認めるバークマン氏の議論は、本書の「計画の奴隷になるな」「週6日で計画せよ」という知恵と深く響き合います。

『時間術大全』ジェイク・ナップ&ジョン・ゼラツキー 1日の中で本当に大事な1つに集中する4ステップを示した実践書。ベネット氏の「思考のコントロール訓練」を、スマホ時代にどう実装するかの具体策として読むと効きます。

『「人生が充実する」時間のつかい方』UCLAのMBA教授 時間の使い方で幸福度がどう変わるかを科学的に検証した一冊。本書が哲学として語った「時間の使い方が人生を決める」を、データで裏づけて読み直せます。


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