専門家が信用されないのは、能力を疑われているからではない
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科学者は「有能だ」と78%の人が答えます。ところが「他人の意見に注意を払っている」と答えた人は42%しかいません。
2025年に発表された、68カ国の7万1,922人を対象にした調査の結果です。
専門家が信用されないと聞くと、知識や腕前が疑われている場面を思い浮かべがちです。ところがデータを見ると、評価が低いのは別の軸です。その人が誰のために、どんな姿勢で話しているか。疑いはそちらに向いていました。
私たちは、専門家の「正しさ」を自分では確かめられない
そもそも聞き手は、専門家の話が正しいかを判定できる立場にありません。
スティーブン・スローマン氏とフィリップ・ファーンバック氏は『知ってるつもり 無知の科学』で、人間の知識は一人の頭の中ではなく、他者を含む「知識のコミュニティ」に分散していると書いています。薬がなぜ効くのかも、明日の降水確率がどう計算されるのかも、私たちは詳しい誰かに預けて暮らしています。
預けている以上、中身の正しさは検証できません。代わりに見ているのは、この人を信じてよいかという手がかりです。
ドイツ・ミュンスター大学のフリーデリケ・ヘンドリクス氏らは2015年、一般の人が専門家を評価するときの尺度を作り、判断が3つの軸に分かれることを示しました。
- 専門性:その分野の知識と技能があるか
- 誠実さ:科学のルールを守り、正直に話すか
- 善意:相手や社会のために働いているか
冒頭の68カ国調査は、ここに「他人の意見に開かれているか」を加えた4つの軸で信頼を測っています。正しさを支えるのは1つ目の軸だけです。残りの軸で疑われれば、正しいことを言っても聞いてもらえません。
有能さは認められている。足りないのは「誰のために」
68カ国調査を率いたヴィクトリア・コローニャ氏らの結果を、軸ごとに並べるとこうなります。2022年11月から2023年8月にかけてのオンライン調査です。
| 質問 | そう思う |
|---|---|
| 科学者は影響の大きい研究をする資格がある | 78% |
| たいていの科学者は正直だ | 57% |
| たいていの科学者は人々の幸せを気にかけている | 56% |
| 科学者は他人の意見に注意を払っている | 42% |
5段階の平均でも、能力が4.02、誠実さ3.58、善意3.55、開かれた姿勢3.33と、同じ順に並びます。全体の信頼は3.62で、世界的に不信が広がっているわけではありません。ただ、評価の下がり方には偏りがあります。
同じ形は、職業のイメージを調べた研究にも出ています。プリンストン大学のスーザン・フィスク氏とシドニー・デュプリー氏は2014年、米国のオンライン回答者に42の職業を「温かさ」と「有能さ」で評価してもらいました。
看護師、医師、教師は両方とも高い位置に入りました。科学者と研究者は、弁護士、経営者、エンジニア、会計士と同じ「有能だが温かくない」群です。尊敬はされても、信頼はされにくい位置といえます。
同じ論文で気候科学者の動機を尋ねると、7つの疑いのうち尺度の中点を超えたのは「研究費を得るため」だけでした(5段階で3.58)。疑いの矛先は、研究の腕より動機に向いていたわけです。
英国の数字もこの見方と合います。YouGovが2026年に実施した調査では、専門分野について話すときに信頼すると答えた割合が、看護師86%、科学者76%、経済学者37%でした。アビジット・V・バナジー氏とエステル・デュフロ氏が『絶望を希望に変える経済学』で引いた2017年の同じ調査では、経済学者は25%です。
看護師と経済学者の差を、知識の量で説明するのは難しいでしょう。看護師は目の前の患者のために働いていることが見えやすい。経済学者の提言は、誰の得になるのかが見えにくい。これは私の解釈ですが、フィスク氏らの「温かさ」の軸で読むと筋が通ります。
「分からない」と明かしても、信頼はほとんど落ちない
では、正直さを見せようとして不確かさを明かすと、頼りなく見えて逆効果にならないか。専門家がよく抱く心配です。
ケンブリッジ大学のアンヌ・マルテ・ファン・デル・ブレス氏らは2020年、この心配を5つの実験で確かめました(合計5,780人)。そのうち1つは、BBCニュースの実際の記事を使った実験です。英国の失業率を伝える一文を、読者ごとに3通りに出し分けました。
- 「3.9%に上昇した」
- 「推計3.9%に上昇した」
- 「推計3.9%(3.7%〜4.1%)に上昇した」
幅を示した版を読んだ人は、数字をより不確かなものと受け取りました。それでも、数字への信頼も、統計を作った側への信頼も下がっていません。オンライン実験を通して見ても、信頼をわずかに下げたのは、数値の幅を添えずに「不確かさがある」と言葉だけで書いた場合でした。
不確かさの種類による違いもあります。アベル・グスタフソン氏とロナルド・ライス氏は2020年、48の実験をレビューしました。誤差の幅や確率で示す不確かさは、良い効果か効果なしのどちらかで、悪い効果の報告はありませんでした。
悪い効果の大半は、「専門家どうしで意見が割れている」と伝える不確かさから出ていました。こちらは良い効果が出た例が1つもありません。
ここから私が引き出す実務の示唆は2つです。不確かさは幅と理由で示すこと。専門家の間で割れている話題なら、どこまでは一致しているかを先に言うこと。後者はレビューの結果から私が組み立てた提案で、直接試された方法ではありません。
伝える側は動機と幅を見せ、聞く側は2つの質問をする
誤解:信頼されるには、実績と肩書きを先に並べればいい → 能力は、たいていすでに認められています。足りないのは「誰のためか」の情報です。たとえば社内でシステムの入れ替えを提案するなら、経歴より先に、相手の部署の月末作業がどう変わるかを話します。自分の部署が得をする点があるなら、聞かれる前に言っておきます。
誤解:不確かさを見せると、頼りなく見える → 数値の幅で示す不確かさは、信頼をほとんど下げません。たとえば「来期の売上は1億2,000万円」と言い切る代わりに、「1億1,000万〜1億3,000万円。下振れするとしたら、大口顧客の契約更新が遅れた場合です」と伝える。幅と、その幅が生まれる理由をセットにします。
誤解:反論には、正しい根拠を重ねて返せばいい → 4つの軸で最も評価が低かったのは、他人の意見に開かれているかでした。反論を受けたら、まず「その条件は計算に入れていませんでした。確かめます」と、取り入れた点を言葉にする。どんな結果が出たら結論を変えるかを先に言っておくのも、開かれた姿勢を行動で示す方法です。
聞く側にも使える手がかりがあります。ロバート・B・チャルディーニ氏は『影響力の正体』で、権威ある人の意見に出会ったら2つを問うよう勧めています。「この人は、いま話している分野の専門家か」「この人は、どれくらい正直でありうるか」。
2つ目の問いは、演出を見抜くためにも要ります。チャルディーニ氏が紹介するレストランの給仕係は、あえて安い品を勧めて、自分の得にならない助言をする人だと印象づけ、そのあとの勧めを通りやすくしていました。正直さの手がかりは、演じることもできるのです。
だから聞き手は、言葉の印象より、確かめられる答えを求めます。たとえば「この数字はどれくらいの幅で外れそうですか」「どんな結果が出たら考えを変えますか」と聞いてみる。幅と、考えを変える条件を答えられる人は、誠実さと開かれた姿勢を確かめる材料を自分から差し出しています。
おわりに
専門家への信頼は、正しさの競争だけでは決まりません。聞き手は正しさを確かめられないので、動機と姿勢を見ています。
次に専門的な提案をするときは、根拠のスライドを1枚足す前に、「この提案で誰が得をするか」と「どれくらい外れうるか」を1行ずつ書いてみてください。
この記事で参考にした本
『知ってるつもり 無知の科学』スティーブン・スローマン氏&フィリップ・ファーンバック氏 → 知識は他者に預けて成り立っている。だから聞き手は専門家の正しさを自分では確かめられない、という前提
『影響力の正体』ロバート・B・チャルディーニ氏 → 権威に出会ったら「専門家か」「正直か」を問う、聞き手の側の2つの質問
『絶望を希望に変える経済学』アビジット・V・バナジー氏&エステル・デュフロ氏 → 英国で経済学者を信頼する人が25%にとどまったという、専門家不信の出発点のデータ
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