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ブクドリ | BOOK DRIP

練習量が上達に比例しないのは、「慣れ」のせいだった

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目次

経験の長い医師ほど、医学知識のテストの点が低い。そんな傾向を示す研究が、何度も報告されています。

20年診てきた人が、5年目の人に知識で負ける。直感には反しますが、似たことは医師以外でも起きていそうです。

たとえば、毎日パソコンを使って10年になる人のタイピング速度は、3年目の頃とほとんど変わっていないかもしれません。会議の進め方も、資料の作り方も同じです。毎日やっているのに、ある時点から上手くならない。

練習量と上達は、なぜ比例しないのか。大きな原因の一つは、「慣れ」そのものにあります。

私たちは、努力を自動販売機だと思っている

荒木博行さんは『努力の地図』で、「努力を入れれば、それに見合う成果が返ってくる」という思い込みを「自動販売機型」の努力観と呼んでいます。硬貨を入れた分だけ商品が出てくる、あの直線的なイメージです。

練習にあてはめると、100時間で1段、200時間で2段と、上達が時間に比例して積み上がる姿になります。

実際の上達曲線は、2つの点でこの直線から外れます。

1つ目は、伸びが最初に偏ることです。ジョシュ・カウフマン氏は『たいていのことは20時間で習得できる』で、「練習のべき法則」を紹介しています。始めたばかりの頃は少しの練習で大きく伸び、その後は同じ時間をかけても伸び幅がだんだん小さくなる。カウフマン氏が「最初の20時間」に絞った理由もここにあります。

2つ目は、ある地点で伸びがほぼ止まることです。こちらが本題です。

伸びが「鈍る」のは自然な現象です。一方で「止まる」ほうは、練習の中身が知らないうちに変わってしまったことで起きます。

「そこそこできる」で、上達は止まる

心理学者のポール・フィッツ氏とマイケル・ポズナー氏は、1967年の著書で技能の習得を3つの段階に分けました。カウフマン氏の本でも紹介されているモデルです。

  • 認知段階:やり方を頭で理解し、一つひとつ考えながら動く
  • 連合段階:失敗を修正しながら、動きがなめらかになっていく
  • 自律段階:ほとんど意識せずにできるようになる

自律段階に入ると、頭は動作から離れます。運転しながら会話ができるのは、このおかげです。

困るのは、ここで改善も止まることです。意図的練習の研究で知られるアンダース・エリクソン氏は『超一流になるのは才能か努力か?』で、パフォーマンスが「許容できる」レベルに達して自然にできるようになると、そこから何年続けても向上につながらないと指摘しています。改善に向けた意識的な努力をやめた技能は、少しずつ劣化していくとも書いています。

仕組みはこうです。上達とは、うまくいかなかった部分に気づいて直すことの繰り返しです。ところが、自動化された動作には注意が向かないので、ズレに気づけません。

気づかないものは直せない。練習時間は増えても、「直す」回数はゼロのままになります。

冒頭のタイピングの例で言えば、10年分の打鍵のほとんどは、3年目に身につけた打ち方の再生だったことになります。

経験年数は、上達の目盛りにならない

冒頭の医師の研究を見てみます。

ハーバード大学医学部のニティーシュ・チョードリー氏らは2005年、医師の経験年数や年齢と、医学知識や診療の質との関係を調べた研究を体系的にまとめました。62件の評価のうち、すべての指標で「経験が長いほど成績が下がる」と報告したものが32件(52%)、一部の指標で下がると報告したものが13件(21%)。すべての指標で上がると報告したのは、わずか1件でした。

2026年には、日本の研究者を含むチームが、2005年以降の69件の研究で同じ問いを検証しています。知識と標準治療の順守では、経験が長いほど下がる傾向がやはり見られました。一方、患者の治療結果については結論が割れています。

ここは慎重に読む必要があります。ベテラン医師の治療結果が悪いと示されたわけではありません。『超一流になるのは才能か努力か?』はこの現象を自動化の例として挙げていますが、若い頃に学んだ知識が更新されにくい、という読み方もできます。

それでも、確かなことが1つあります。「長く続けていること」と「更新し続けていること」は別物です。

練習時間の研究にも似た話があります。心理学者のブルック・マクナマラ氏らが2014年に発表したメタ分析では、練習量で説明できる成績の差は、ゲームで26%、音楽で21%、スポーツで18%でした。職業の分野では1%に届いていません。

この分析には反論もあります。エリクソン氏らは、指導者のもとで目的を持って設計された練習と、単なる活動時間が区別されていないと批判しました。元の定義を満たすデータに絞って再分析すると、練習量の説明力は大きく上がったと報告しています。

ただ、両者を並べると、私には共通点が見えます。中身を問わずに時間だけを足しても、上達はうまく予測できない。争点は、その先で何を数えるべきかにあります。

壁の前で量を足しても、壁は動かない

では、止まった上達はどうすれば動くのか。数字を覚える力を鍛える実験に、わかりやすい対比があります。

エリクソン氏らの実験に参加した大学生のスティーブ・ファルーン氏は、読み上げられた数字を覚えて復唱する訓練を2年続け、当初7〜8桁だった記憶の幅を82桁まで伸ばしました。陸上の長距離選手だった彼は、数字をレースのタイムに結びつけて覚える方法を自分で編み出していました。

次に参加した大学院生は、別の独自の覚え方で20桁近くまで伸びたあと、さらに50回ほどセッションを重ねても伸びなくなりました。伸びを止めていたのは、覚え方そのものでした。一方、ファルーン氏の方法を最初から教わった別の学生は、100桁を超えています。

この対比から引き出される結論は、壁を乗り越える方法は「もっと頑張る」ことではなく「別の方法を試す」ことだ、というものです。エリクソン氏はこれを、やり方の問題だと言い切っています。

『努力の地図』も同じ方向を指しています。荒木さんは努力を「量」「質」「設計」「選択」の4階建てで整理し、成長の踊り場で1階の「量」にしがみつくことを典型的な失敗として挙げています。踊り場に来たら、階を上がってやり方そのものを見直す。これが荒木さんの処方です。

自動化された部分を、もう一度「考える場所」に戻す

実務に落とすと、上達を動かし直す方法は、自動化された動作に意図して注意を戻すことです。

よくある誤解:伸び悩んだら、練習時間を増やす → 自動化された動作を繰り返しても、「直す」回数は増えません。増やしたいのは、ズレに気づく機会の数です。

正しいアプローチ:楽にできている部分に、あえて負荷をかける → エリクソン氏は、タイピングなら普段より10〜20%速く打つような、できるかできないかの負荷を例に挙げています。速度を上げると崩れる箇所が出てきます。そこが、自動化の陰に隠れていた弱点です。

具体的には、次の3つから始められます。

1. 練習の前に「今日直す1点」を書く 5分でできます。たとえばプレゼンなら、「練習する」を「冒頭30秒で結論を言い切る」まで絞ります。できたかどうかを、終わった直後に判定できる粒度にするのがコツです。

2. 分解して、弱いパーツだけを取り出す カウフマン氏は、スキルを小さなサブスキルに分解し、重要なものから練習することを勧めています。たとえばギターなら、曲を通して弾く代わりに、毎回つまずく2小節のコードチェンジだけを繰り返します。通し練習は、時間の大半を「できる部分の再生」に使ってしまうからです。

3. 自分の外にフィードバックを置く 自動化された動作のズレは、本人には見えません。録画する、録音する、タイムを測る、詳しい人に見てもらう。方法は何でもいいので、自分の感覚とは別の目盛りを用意します。

おわりに

同じ30分でも、慣れた動作をなぞる30分と、崩れる箇所を探す30分では、中身がまるで違います。

練習量と上達が比例しないのは、ある時点から、時間が「直す」ことに使われなくなるからです。

次に練習するときは、いちばん楽にできている部分を1つ選んで、少しだけ速く、少しだけ難しくしてみてください。そこで崩れた箇所が、次の上達の入口です。


この記事で参考にした本

『超一流になるのは才能か努力か?』アンダース・エリクソン → 「許容できる」レベルで自動化されると上達が止まる仕組みと、壁は別の方法で越えるという数字記憶実験の教訓

『たいていのことは20時間で習得できる』ジョシュ・カウフマン → 練習のべき法則と習得の3段階、スキルを分解して弱い部分から練習する方法

『努力の地図』荒木博行 → 努力を自動販売機のように捉える思い込みと、踊り場では「量」から別の階へ移るという整理


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