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高い数字の目標は、なぜ戦略の代わりにならないのか

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約7分で読めます 戦略・経営・事業
目次

高い利益目標を渡された経営チームのほうが、倒産した割合が高かった。航空会社の経営シミュレーションを使った実験で、そんな結果が出ています。

参加したのは経験のある管理職で、全員が同じ会社を同じ条件から10年分動かしました。違うのは、取締役会から示された目標の数字だけです。

「来期は売上30%増」。年初にこうした数字が掲げられる職場は珍しくありません。数字が高いほど組織は奮い立ち、成果も上がるはずだと考えられています。

ただ、目標設定と予算の研究をたどると、数字だけを置いた組織で起きることは、もう少し込み入っています。

その数字は、どこから来たのか

最初に確かめたいのは、目標の数字の出どころです。

リチャード・ルメルト氏は『良い戦略、悪い戦略』で、願望や業績目標を戦略と取り違えることを「悪い戦略」の特徴の1つに挙げました。目標は行き先を示しますが、どうやってそこへ行くかは何も言っていません。

では、行き先の数字は何を根拠に決まるのか。たとえば「30%増」の30は、どこから来たのでしょうか。クリス・ブラッドリー氏らの『マッキンゼー ホッケースティック戦略』は、事業計画の参照点が前年度実績だけになりがちだと指摘します。社内の期待と過去の延長で数字が作られるため、事業の実態が見えにくくなる、という指摘です。

同書は、希望的観測を積み重ねた計画と、伸びない実績とのずれを描いた図を「ヘアリーバック(毛深い背中)」と呼んでいます。

前年実績を基準にした目標は、現場の行動も変えます。会計学者のアンドリュー・レオーネ氏とスティーブ・ロック氏は2002年、ある大手多国籍企業の事業部門のデータを分析しました(Journal of Accounting and Economics)。

結果は非対称でした。目標を上回った部門は翌年の目標が大きく引き上げられ、同じ幅だけ下回った部門の引き下げ幅はそれより小さかったのです。この仕組みは「ラチェット(歯止め)効果」と呼ばれます。

この仕組みのもとでは、たまたま好調だった年に利益を出し切ると、翌年の自分が苦しくなります。実際、管理職が会計上の裁量を使って利益を小さく計上していたことを示す結果も得られています。前年実績に何%かを上乗せした数字は、現場に実力を隠す理由まで与えてしまうわけです。

高い目標は、平均より「ばらつき」を大きくする

冒頭の実験に戻ります。ニューサウスウェールズ大学のシェイン・ゲイリー氏と、MITのジョン・スターマン氏らが2017年に学術誌 Organization Science に発表した研究です。

参加者は、平均年齢36歳、平均10年以上の実務経験を持つエグゼクティブMBAの管理職134人。2〜3人のチームに分かれ、実在した航空会社ピープル・エキスプレスをモデルにしたシミュレーションで、CEOとして10年分の判断を下しました。

半分のチームには「10年で累積利益3億1500万ドル」、残りには「6000万ドル」という目標が示されます。高いほうの目標も、事前の試行で上位10%が実際に出していた水準で、手の届かない数字ではありませんでした。

3回目の挑戦の結果(分析対象39チーム)は、次のとおりです。

控えめな目標のチーム → 61%が目標を達成し、33%が倒産しました。

高い目標のチーム → 目標を達成したのは19%。43%が倒産し、残る38%は倒産を免れたものの目標に届きませんでした。

利益の中央値は、高い目標のチームで600万ドル、控えめな目標のチームで1億2000万ドルでした。統計的に意味のある差ではありませんが、高い目標で底上げされた形跡はありません。一方、成果の標準偏差は2億1900万ドル対1億1300万ドルと、ほぼ2倍に広がっています。

著者らによれば、高い目標に押されて大きな成果を出したチームも一部にありました。しかし多くは、結果として倒産につながる施策をとってしまうか、倒産の危機が見えた時点で目標を捨て、自分で決めた低い目標や「生き残ること」に切り替えています。

高い目標は、全員を少しずつ押し上げる装置というより、成功と失敗の両端を広げる賭けに近いのです。

どの組織なら、その賭けに耐えられるのか。経営学者のシム・シトキン氏らは2011年の論文(Academy of Management Review)で、直近の業績が良く、資源に余裕がある組織ほど、ストレッチ目標から得るものが大きいと論じました。

ところが実際にストレッチ目標へ飛びつきやすいのは、業績が落ち込み、余裕もない組織のほうだ、というのが彼らの見立てです。実証ではなく理論上の命題ですが、ゲイリー氏らの実験結果とよく噛み合います。

やり方が分からない仕事では、数字の目標が探索を妨げる

では、数字の目標そのものが悪いのか。そうとも言えません。

「具体的で難しい目標は、『ベストを尽くせ』より成果を上げる」。心理学者のエドウィン・ロック氏とゲイリー・レイサム氏が35年かけて築いた目標設定理論の中心命題です。海老原嗣生さんの『無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論』も、「できるかできないか、ギリギリ」の具体的な目標が人を最も動かすと、この理論を紹介しています。

ただ、ロック氏とレイサム氏自身が2002年の総説(American Psychologist)で、効果の大きさは仕事の複雑さで変わると書いています。引用されたメタ分析では、「具体的で難しい目標」と「ベストを尽くせ」の差を示す効果量が、最も単純な課題で0.77、最も複雑な課題では0.41でした。

複雑な仕事では、努力の量より、うまいやり方を見つけられるかどうかが成果を左右するからです。

これをはっきり示したのが、ジェラード・サイツ氏とレイサム氏らが2004年に Academy of Management Journal に発表した実験です。経営学部の4年生170人が、米国の携帯電話業界を再現したシミュレーションで経営を担当しました。途中で規制緩和が起き、それまで効いた打ち手が通用しなくなる設計です。

学生は3つの条件に分けられました。「市場シェア21%以上」という数値目標、「ベストを尽くせ」という指示、そして「シェアを伸ばすやり方を6つ以上見つけて実行せよ」という学習目標です。

シェア21%に届いたのは、学習目標の群で50人中8人、「ベストを尽くせ」の群で59人中6人。21%という数字そのものを目標として渡された群では、61人中1人だけでした。

数字を渡された群が、最下位です。

学習目標の群は、時間をかけて情報を調べ、打ち手を身につけていきました。一方で数値目標を渡された人は、結果を急ぐあまり場当たり的にやり方を探す「慌てた手探り」に陥りやすい、とレイサム氏らは説明しています。

海老原さんの本で目標が効く場面を見ても、この条件と一致します。ハンバーガーのケチャップの塗り方のように、何を(What)とどうやって(Way)を先に教え、やり方が分かった状態で「ギリギリ」の数字を置いています。

2009年には、この理論をめぐる論争もありました。リサ・オルドニェス氏らは論文「Goals Gone Wild(暴走する目標)」で、目標は視野を狭め、無理なリスクや不正を招くと警告しました。目標設定を経営学で最も再現されてきた理論の1つと認めたうえで、処方薬のように慎重に使うべきだという主張です。

ロック氏とレイサム氏は同じ号で、批判の多くは逸話に頼っていると反論しました。評価は割れたままです。ただ私の読みでは、合わない種類の目標を合わない条件で置けば害が出る、というところまでは両者とも認めています。争点は、その害がどれほど頻繁で大きいかです。

数字を決める前に、確かめる3つのこと

実務に置き換えると、数字の前に決めておくことは3つあります。

誤解:高い数字を掲げれば、全員が少しずつ底上げされる → ゲイリー氏らの実験では、中央値は上がらず、両端が広がりました。高い目標を置く前に、失敗に耐える余力があるかを確かめます。直近の業績が苦しく余力もないなら、シトキン氏らが勧めるように、大きな数字より小さな勝ちを積むほうが安全です。

誤解:数字は前年比で決めればいい → 前年実績への上乗せは、ラチェット効果で現場に実力を隠す理由を与えます。たとえば「前年比110%」と書く前に、「増える10%は、どの顧客のどんな変化から来るのか」を1行で書いてみる。書けないなら、その数字はまだ診断を経ていない願望です。

正しいアプローチ:やり方が分かっている仕事かどうかで、目標の種類を分ける → やり方が確立した仕事なら、具体的で高い数値目標が効きます。たとえば、手順の決まった既存顧客への定期訪問です。一方、新市場の開拓や、環境が変わった直後の事業のように、やり方が分かっていない仕事では「成約率を上げる手を3つ見つけて試す」といった学習目標を先に置きます。数値目標は、効く打ち手が見えてからでも間に合います。

5分でできることもあります。次の目標会議の資料で、数字の横に「この仕事のやり方は分かっているか」を〇か×で書き込んでみてください。

おわりに

目標の数字は、組織が何を望んでいるかをよく伝えます。ただ、どうやってそこへ行くかまでは教えてくれません。

×が付いた目標は、数字を磨く段階にはまだ来ていません。先に決めるべきなのは、どんなやり方を、いくつ見つけにいくかです。


この記事で参考にした本

『良い戦略、悪い戦略』リチャード・P・ルメルト氏 → 願望や業績目標を戦略と取り違えることを、悪い戦略の特徴の1つに挙げる

『マッキンゼー ホッケースティック戦略』クリス・ブラッドリー氏ほか → 計画の参照点が前年度実績だけになる内部視点と、希望的観測を重ねた「ヘアリーバック」

『無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論』海老原嗣生さん → 目標設定理論の「ギリギリの目標」と、やり方(Way)を先に教えてから任せる指導の型


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去年の成功を、今年も繰り返した。通用しなかった。 環境が変わったあとも過去のやり方を続けてしまう理由を扱ったコラムです。規制緩和で打ち手が通用しなくなるという、この記事の実験と同じ状況を組織の側から見ています。

「うちのケースは特別」が、見積もりを壊す 計画の数字を、社内の事情ではなく過去の類似事例から作る方法を扱ったコラムです。前年実績だけで目標を決めないための具体的な手順を補えます。