「言葉にできない」の正体と、言語化が裏目に出るとき
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見た顔を言葉で詳しく説明すると、その顔を見分けにくくなる。1990年に報告された、記憶の実験の結果です。
頭の中が整理されていないから、言葉が出てこない。そう教わることが多いと思います。書き出せ、言語化しろ、と。
ただ、言葉にしにくい知識には、無理に言葉へ置き換えると判断が鈍る種類があります。「言葉にできない」の中身を分けてみると、言語化を急いでいい場面と、少し待ったほうがいい場面が見えてきます。
私たちは、語れる以上のことを知っている
科学哲学者のマイケル・ポランニー氏は、1966年の『暗黙知の次元』を、ある事実から始めています。「私たちは、語れる以上のことを知っている」。
例に挙げたのは人の顔です。知人の顔なら、千人の中からでも見分けられる。それなのに、どうやって見分けているのかは、たいてい言葉にできません。
田坂広志さんは『直観を磨く』でこの言葉を引き、本や資料から得た言葉にできる「文献知」と、現場の経験からしか身につかない「体験知」を分けています。体験知は、言葉にならないまま判断を支えています。
たとえば会議で、企画書を読んで「なんか違う」と感じたとき。理由を聞かれて答えられないと、考えが浅いと見られがちです。でも、過去に似た企画が失敗した場面を何度も見てきた人なら、その違和感は顔の見分けと同じ種類の知識かもしれません。
説明できないことと、わかっていないことは、別の話です。
この記事では、こうした「見分ける知識」と、もう1つ、不安や苛立ちのような感情を取り上げます。どちらも言葉にしにくいのに、言葉にしたときの結果は正反対になります。
無理に言葉にすると、見分ける力が落ちる
冒頭の実験を詳しく見ます。ジョナサン・スクーラー氏とトーニャ・エングストラー=スクーラー氏は、大学生88人に銀行強盗の30秒の映像を見せました。20分ほど別の作業をしたあと、半分の人は犯人の顔を5分かけて文章で説明し、残りの半分は関係のない作業をします。
最後に、8枚の顔写真から犯人を選びます。すると正解率は説明した組が38%、説明しなかった組が64%でした。顔を思い出して書いたほうが、見分けられなくなったのです。
同じ論文の別の実験では、写真を選ぶ時間を5秒に限ると、この差がほぼ消えました(説明した組73%、しなかった組76%)。時間を制限しなかった場合は50%と80%です。
著者らは、言葉で作った記憶が元の見た目の記憶の上にかぶさるものの、消してはいないと解釈しています。じっくり考えると言葉の記憶に頼り、とっさに選ぶと見た目の記憶が使われる、という見立てです。
ただし、この研究には続きがあります。2014年、31の研究室が同じ手順で追試を行いました。映像の直後に説明させた条件では、説明した人が犯人を選べた割合は4ポイント下がっただけでした。元の実験と同じく20分おいてから説明させた条件では、16ポイント下がりました。
効果は本物でしたが、元の実験の差(38%と64%で26ポイント)よりは小さく、説明するタイミングで大きさが変わります。説明すれば必ず記憶が壊れる、とまでは言えません。
ここで、田坂さんの勧めと食い違うように見える点があります。田坂さんは、体験知を言葉にしようともがくうちに身体感覚がそれをつかむと書き、商談や会議のあとに場面を思い返して日誌に書くことを勧めています。
私は、違いは順番にあると読んでいます。顔の実験で判断が鈍ったのは、説明を書いたあとで、同じ記憶を使って見分けたときでした。振り返りの日誌は、判断を終えてから書くものです。見分ける前に言葉にするか、見分けたあとで言葉にするかで、言葉の役割が変わります。
感情は、言葉にしたほうが体の反応が静まる
では、言葉にしないほうがいいのか。感情については、逆の結果が出ています。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のカタリナ・キルチャンスキー氏らは2012年、クモが苦手な88人を22人ずつ4組に分け、生きたタランチュラに少しずつ近づいてもらいました。
1組目は「気持ち悪いタランチュラが飛びかかってきそうで不安だ」のように、自分の感情を言葉にしながら見ます。2組目は「小さなクモを見ても、私には危険はない」と受け止め方を変える文を、3組目は家具の話のような無関係な文を口にし、4組目は黙って見ました。
1週間後、別の場所で別のクモを見せ、汗による皮膚の電気反応で緊張の度合いを測りました。感情を言葉にした組は、ほかの3組より反応が小さく、受け止め方を変える文を唱えた組よりも静まっていました。不安や恐怖を表す言葉を多く使った人ほど、反応の下がり方も大きくなっていました。
「危険はない」と言い聞かせるほうが、効きそうに思えます。結果は逆でした。怖さを打ち消す言葉より、怖さをそのまま名指す言葉のほうが、体の反応を静めていたことになります。
もう1つ意外なのは、本人が答えた「怖さ」は、4組のあいだで差がなかったことです。同じ研究グループが人前で話す不安を対象にした2015年の研究でも、効果が見えたのは体の反応のほうでした。
1組22人と小さな研究なので、数字は目安として読んでください。それでも、感情の場合は、言葉にすることが体の側に働きかけています。
梅田悟司さんは『言葉にできるは武器になる』で、「悲しい」で片づけずに、その奥にある「悔しさ」「寂しさ」「申し訳なさ」まで踏み込むことを勧めています。梅田さんはこれを、頭の中の「内なる言葉」の解像度を上げることだと表現しています。
言葉にできないときは、まず種類を見分ける
2つの研究を並べると、見分ける知識は言葉にすると鈍りやすく、感情は言葉にすると静まりやすい、という違いが見えます。実務では、目の前の「言葉にできない」がどちらかを先に見分けます。
誤解:理由を言えない判断は、信用できない → 採用面接の印象やデザイン案の良し悪しは、顔の見分けに近い知識です。たとえば、まず直感で順位や点数を書き、理由はそのあとで書く。顔の実験から私が推し量る範囲ですが、先に言葉で理由を並べると、その言葉のほうに判断が引っ張られるおそれがあります。
誤解:詳しく説明するほど、相手に伝わる → ポランニー氏は、警察が鼻や口の写真を大量に用意し、目撃者に選ばせて似顔絵を作る方法を例に挙げています。言葉で描写させるより、部品を指さしてもらうほうが伝わる。違和感を伝えるときも、「前のA案とB案なら、どちらに近いですか」と比べる相手を用意すると、話が進みやすくなります。
誤解:モヤモヤは、整理がつくまで口にしないほうがいい → 感情は、粗いままでも言葉にしてかまいません。たとえば会議で「なんかモヤモヤします」と言いかけたら、「不安」「焦り」「納得できない」のうち近いものを1つ足します。5分あれば、今日の自分の感情を3語で書き出すところから始められます。
おわりに
「言葉にできない」は、能力が足りない印ではありません。言葉より先に持っている知識があるという印でもあります。
次に言葉に詰まったら、それが見分ける知識なのか、感情なのかを確かめてみてください。急いで言葉にしたほうがいいのは、たいてい感情のほうです。
この記事で参考にした本
『直観を磨く 深く考える七つの技法』田坂広志さん → ポランニー氏の「語れる以上のことを知っている」を引き、言葉にできる「文献知」と経験から身につく「体験知」を分ける視点
『言葉にできるは武器になる』梅田悟司さん → 「悲しい」で片づけず、その奥の感情まで言葉にして「内なる言葉」の解像度を上げるという考え方
合わせて読みたい
『言葉にできるは武器になる』梅田悟司|話し方の本を何冊読んでも響かなかった理由 頭の中の「内なる言葉」を書き出し、広げ、伝わる言葉に変えるまでの手順がまとまっています。感情を細かく言葉にする練習を続けたい人に向いています。
『たとえる技術』せきしろさん|「とても嬉しい」が、なぜ伝わらないのか 言葉で描写しきれない感覚を、別の何かに重ねて伝える技術の本です。似顔絵の部品を選ぶように、比べる相手を用意して伝える方法の幅が広がります。
会議で意見が浮かばないのは、頭の回転が遅いからではない 会議で意見を求められて言葉に詰まる場面を、話す前の準備から扱ったコラムです。この記事の「感情を1語足す」とあわせて使えます。