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『たとえる技術』せきしろさん|「とても嬉しい」が、なぜ伝わらないのか

コミュニケーション・文章術 ✍ せきしろさん
約9分で読めます

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『たとえる技術』
目次

「めちゃくちゃ嬉しいです」と言ったのに、相手にいまいち響かなかった。そんな経験はありませんか。

私は何度もありました。気持ちは本物なのに、言葉にすると軽い。「とても」「すごく」「死ぬほど」と強調しても、なぜか上滑りする。長らく、語彙が足りないせいだと思っていました。もっと気の利いた言葉を知っていれば、感動はちゃんと伝わるはずだ、と。

でも『たとえる技術』を読んで、原因が違うのかもしれないと思い直しました。著者のせきしろさんが指摘するのは、問題は語彙ではなく「たとえていない」ことだ、という視点です。感情を強調する副詞をいくら積み増しても、それは温度を伝えるだけで、形までは描けない。

そうではなく、誰もが知っている具体的な情景に置き換える「たとえ」こそが、気持ちの輪郭を相手に届ける――そう言われると、確かに自分の言葉が滑っていた理由に思い当たります。

「とても嬉しい」は、こちらの興奮の度合いを宣言しているだけで、相手の頭の中には何の絵も浮かんでいなかったのです。

図解

「とても」では、なぜ伝わらないのか

本書の出発点はシンプルです。「〜のような」「〜のように」というたとえを一つ加えるだけで、コミュニケーションは見違える。

たとえば、落ち込んでいる友人を励ます場面。私たちはつい「大丈夫だよ」「気にするな」と声をかけます。けれど著者は、その手の励ましは上辺だけに聞こえて、かえって逆効果になることがあると言います。慰めの言葉は、言えば言うほど軽くなる宿命を持っているのです。

そこでたとえの出番です。たとえばミスを引きずっている相手に、「CDの再生に問題のない、小さな傷のようなものだよ」と返す。すると、その失敗の「たいしたことなさ」が、具体的な大きさを持って共有される。

ただ「大丈夫」と繰り返すより、よほど相手の心に届く。喜びも同じで、「思っていたより買取額が高かった時のように嬉しい」と言えば、誰もが知っているあの小さな高揚が、相手の中にそのまま立ち上がります。

反直感的なのはここです。普通は「死ぬほど嬉しい」と大げさにすれば伝わると思う。でも実際には、強調するほどわざとらしくなり、空回りする。むしろ誰もが体験したことのある具体的な瞬間を借りたほうが、感情の度合いは相手にくっきり届く――本書はそれを膨大な実例で証明していきます。

声を大きくするのではなく、相手の記憶の引き出しを開ける。そういう発想の転換が、本書の核にあります。

たとえがもたらす、三つの効用

著者は、たとえることの効用を三つに整理しています。出し惜しみせず並べると、こうです。

一つめは「感情を共有できる」こと。「とても嬉しい」では伝わらない喜びの度合いが、たとえると相手の側にも再現される。二つめは「オリジナリティが生まれる」こと。

使い古された表現を自分の言葉でアレンジすると、聞き手の記憶に引っかかりが残る。三つめは「伝わりやすくなる」こと。聞き手が思わず反芻してしまう「引っ掛かり」が生まれ、話し手と聞き手のあいだに共通のイメージが立ち上がる。

面白いのは、著者自身が「たとえは社会生活に必須ではない」とはっきり言い切っているところです。なくても生きていける。仕事は回るし、会話も一応成立する。

でも、あると世界の見え方が変わる。その「きっかけ」としての力に賭けた一冊なのだと感じました。必須ではないからこそ、使える人とそうでない人のあいだに、じわりと差がつく。

私にはそう読めました。

ちなみに著者のせきしろさんは、芸人の又吉直樹さんと自由律俳句で共著を出すほどの言葉の専門家です。だから本書は理屈っぽい修辞学の教科書ではなく、日常の景色をユーモアで切り取ってみせる実践書になっています。例文の一つひとつに笑いがあり、読み物としても素直に楽しい。

「センス」を「手順」に分解する

「たとえが大事なのは分かった。でも、とっさに思い浮かばない」。そう思いますよね。私もそうでした。たとえる力は、生まれつきの言語センスの問題だと、なかば諦めていたのです。

ここで本書がすごいのは、ひらめき任せにしないことです。基本フォーマットは、拍子抜けするほど単純。たとえたい対象Aに似たBを探して、「BのようなA」と並べるだけ。これが著者の言う「たとえ作りの基本中の基本」です。

では、何を手がかりに似たものを探すのか。著者が挙げる切り口は三つ、似た形、似た色、似た動きです。雲をたとえたいなら、形が似ている「綿菓子」や「ポップコーン」、色が似ている「旅館の女将さんの足袋」を探す。

フィギュアスケート選手が回転する様子なら、動きが似ている「コマ」や「泡立て器」を当てはめる。たったこれだけで、立派なたとえが一つ完成します。

漠然と「何かに似ていないか」と眺めるのではなく、形・色・動きの三方向から探すと決めておくだけで、手が動き出すのです。

そして、ありきたりを避けるコツも明快です。「綿菓子のような雲」は、正直、誰でも思いつく。そこに自分の言葉を一語だけ足す。

縁日で親に買ってもらった綿菓子のような雲

こうすると、ノスタルジーまで載った“あなただけの表現”に化けます。「できたての綿菓子のような雲」なら真っ白でふわふわな質感が、「縁日で親に買ってもらった綿菓子のような雲」なら子ども時代の感情までが乗ってくる。

たった一語足すだけで、平凡が個性に変わる瞬間は、読んでいて素直に気持ちがいい。大きな才能ではなく、小さな一手間。そこが本書の救いです。

行き詰まったら、視点をスライドさせる

似たもの探しで手が止まったら、視点を動かします。対象から少しずつ距離を取り、抽象度を一段ずつ上げていくのです。

たとえば「アイドル」を、「女性」「人間」「動物」「生物」「地球」と引いた目で捉え直す。すると、対象そのものをにらんでいては出てこない、異質な発想が湧いてきます。

大喜利の「こんな女性アイドルは嫌だ」というお題でも、視点を「動物」まで下げると「農作物を荒らす」「トイレを覚えない」といった回答が生まれる。

近づきすぎると見えないものが、距離を取ると見えてくる。これは、たとえ作りに限らず、企画やアイデア出しにも効く考え方だと思います。視点の高さを変える、という発想そのものが汎用的なのです。

似た要領で、「事実→史実→昔話→神話」と着想を広げていく手もあります。目の前の現実から、歴史や物語の世界へとジャンプすると、表現の幅が一気に広がる。地味な日常も、神話のスケールで語り直せば、それだけで非凡な一言になります。

確実に伝えたいなら、誰もが知るものを借りる

もう一つ大事なのが、たとえの材料の選び方です。いくら気の利いたたとえでも、相手が知らないものを持ち出したら通じません。自分だけの体験を材料にすると、ここでつまずく。

そこで著者がすすめるのが「学校」と「著名人」です。理由は単純で、誰もが通った道だから。「午後の授業のように眠い」と言えば、説明なしであの抗えない眠気が伝わる。

理不尽に怒る上司を「織田信長のように怒る」と言えば、その激しさが一瞬で像を結ぶ。共通体験を借りると、たとえは一気に伝わりやすくなります。

ただし著名人には注意点もある、と著者は釘を刺します。イメージが強固すぎて融通がきかなくなったり、特定の人物にたとえることで偏った印象を相手に押し付けてしまったりする。

便利な分、副作用もある。動物が使いやすいのは、幼い頃から親しんでいて聞き手がイメージしやすいから。さらに『金の斧』や『大きなカブ』といった寓話を使えば、登場人物の違いを借りて、人のタイプを何通りにも描き分けられる。

材料には相性と射程がある、という細やかさまで押さえているのが、本書の信頼できるところです。

たとえが「ピンチを切り抜ける武器」になる

私が一番うなったのは、たとえが感情表現の道具にとどまらない、という後半でした。ここから本書は、たとえを「処世の技術」へと展開していきます。

まずは気まずい沈黙。あまり親しくない人とエレベーターで二人きりになり、「いい天気ですね」「はい」で会話が止まる。あの居心地の悪さ。そこに天気へのたとえを一つ添えるだけで、糸口が生まれます。

「まるで新学期が始まるような天気ですね」と言えば、相手が「確かに!」と共感すれば会話は弾むし、「え、そうですか?」と疑問を返してきても、そこから話が転がり出す。

共感されても疑問を持たれても、どちらに転んでも会話が続く――この“負けない”構造の説明には膝を打ちました。

相手の得意分野でたとえる手もあります。野球好きの相手に「まるでバックスクリーン三連発のようですね」と返せば、距離が一気に縮まる。ただしこれは相手を選びます。

野球を知らない人に使えば、通じないどころか会話そのものが止まる。だから相手の持ち物を観察したり、少し用語を出して反応を見たりして、知っているか確かめてから使う。

そのさじ加減まで、著者は抜かりなく書いています。

極めつけは、口にしてしまった失言を賛辞へ逆転させる発想です。上司を「無口だよね」と評したのが本人にバレてしまった。普通なら「いや、おしゃべりですよ!」と慌てて嘘をつく。

でも著者の発想は逆です。事実は認めたまま、ネガティブをポジティブに塗り替える。「卒業していった3年生の教室のように静かだ」と続ければ、「静か」という事実は否定せずに、その静けさを懐かしくて切ないものへと変換できる。

先生をうっかり「お母さん」と呼んでしまった瞬間も、すかさず「……のように優しい人!」と足せば、言い間違いが賛辞へ反転する。比喩が、人間関係のセーフティネットとして働くわけです。

おいしさを伝えるときの裏ワザもあります。論理的な正確さをあえて捨てて、「肉汁のIT革命だ!」のように、無関係な時事用語を勢いよくぶつける。意味は分からなくても、パワーで納得させてしまう。

著者はこれを「彦摩呂方式」と名づけています。理屈ではなく勢いで押し切る、という割り切りが痛快です。そして、たとえの使いすぎは「イルミネーションが過剰な民家のように」かえって相手を辟易させる、というブレーキにもきちんと触れている。

アクセルとブレーキの両方を渡してくれるところが、本書を信頼できるものにしています。

たとえが、自分そのものになる

終盤、著者の個人的な打ち明け話が出てきます。これがいい。

せきしろさんは、雑誌のキャプションを書く仕事で、「21文字×4行」といった厳しい文字数制限と格闘していました。その枠を埋めるために、「横断歩道のようなボーダー柄の服」といった独特なたとえを多用するようになった。最初は、ただ字数を稼ぐための苦肉の策だったのです。

ところが、それがやがて変わっていく。他人とは違うたとえを差し込むことで差別化を図り、「ここは私が書いているんだぞ」という存在証明へと変わっていった。

たとえが、文章を飾る技術から、書き手のアイデンティティそのものへと昇華していく。表現に関わったことのある人なら、この過程は誰しも身に覚えがあるはずです。

制約が、いつのまにか個性の母胎になっていた、という話だからです。

ちなみに、そのこだわりの原稿はすべてボツになったそうです。そういう自虐をさらりと書いて落とすところに、この本ならではの味がある。たとえは、正確に伝えるための道具であり、ピンチを切り抜ける戦術であり、そして自分を表す手段でもある。

一つの「〜のような」が、これだけの働きをする。その射程の広さが、読み終えてみると静かに効いてきます。

どんな人に効くか、明日から何を変えるか

この本の良いところは、たとえを「センス」の問題にしないことです。似たものを探す、一語足す、視点を引く、共通体験を借りる。どれも才能ではなく、その気になれば今日からできる訓練の話として書かれています。

だから刺さるのは、感情や説明を「言葉のセンスがない」で諦めてきた人。雑談や会話の糸口を、運ではなく技術として手元に置きたい人。逆に、論理的で正確な実務文章だけ書ければ十分という人には、やや遠回りに感じるかもしれません。

比喩を一切使わなくても十分に伝わっている、という自信があるなら、本書はそこまで必要ないでしょう。

明日から試すなら、まずは三つ。一つめは、通勤中に「似たもの探し」をすること。電車や街で目についた物を、形・色・動きの三方向から「〜のような」を三つ思い浮かべる。

これだけで、たとえのストックが日々たまっていきます。二つめは、常套句を使うときに必ず一語足すこと。「おもちゃ箱をひっくり返したような」と言いたくなったら、「お金持ちの友達の」など自分の言葉を一つ付ける。

最小の手間で表現がオリジナルになります。三つめは、沈黙が来たら天気にたとえを添えること。「いい天気ですね」で終わりそうな場面で、「新学期が始まるような天気ですね」と一言足す。

共感でも疑問でも、必ず会話の糸口になります。

私自身は読んでから、信号待ちのあいだに空の雲を何かにたとえる癖がつきました。たいてい大したものは浮かびません。でも、たまにしっくりくる一言が出ると、世界が少しだけ面白く見える。

「とても嬉しい」と言う前に一拍置いて、「〜のような」を一つ足す。その小さな習慣の効き目を、ぜひ本書で試してみてほしいと思います。


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