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ブクドリ | BOOK DRIP

データを分析しても決まらないのは、選択肢が並んでいないから

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約6分で読めます 思考法・問題解決
目次

「で、結局どうすればいいの?」

分析の報告が終わった直後にこの一言が出る会議には、共通点があります。データはそろっていて、計算にも誤りはない。それでも決まらないのは、分析の中に「選ぶ対象」が入っていないからです。

たとえば、解約した顧客の傾向を3週間かけて分析したとします。解約しやすいのは利用2年目で、ログイン回数が落ちてきた人。グラフもきれいに描けています。

ところが、この報告を聞いた部長が決めなければならないのは「更新案内に特典を付けるか」「値下げするか」「何もしないか」のどれかです。分析はそのどれについても答えていません。

分析は「わかったこと」を並べ、決定は「選ぶこと」を求める

決定は、複数の選択肢から一つを選ぶ行為です。一方、よくある分析報告は「わかったこと」の順に並んでいます。誰が解約しやすいか、いつ解約するか、解約の前に何が起きているか。

発見を選択肢に変換する作業は、会議の場で、決める人の頭の中に丸投げされます。たとえば「特典を付けたら解約はどれだけ減るか」は、どの資料にも書かれていません。選択肢を比べるデータを誰も用意していないので、「もう少し調べてから」となり、次の会議に持ち越されます。

マクロミルの渋谷智之さんは『データ利活用の教科書』で、データを「状況の把握(見える化)」だけに使っても効果が得られにくいと書いています。問題は見つかっても原因が掴みにくく、施策が効くかどうかがわからないまま終わるからです。

渋谷さんは、分析の前に依頼者の状況や制約条件を聞き取ることも勧めています。依頼者が実際に採れる手を知らなければ、採用できる結論は書けません。

手元のデータから始めると、答えやすい問いに答えてしまう

では、なぜ分析は選択肢を持たないまま進むのでしょうか。

マーケティング研究者のバート・デ・ランゲ氏とステファノ・プントーニ氏は、2020年にMIT Sloan Management Reviewに寄せた論考で、原因を分析の出発点に求めました。データ主導の意思決定は手元にあるデータに錨を下ろすので、間違った問いに向かいやすい、という指摘です。

二人が挙げる例に、RollingBoulderという会員制のメディア企業が出てきます。研究論文に登場する会社をモデルにした架空の例です。この会社は、年会費の更新案内に感謝の品を付けるかどうかを考えていました。

手元の顧客データを使えば、誰が解約しそうかを予測するモデルは作れます。そこで予測で上位に入った顧客に品を送る。筋が通っているように見えます。

二人は、ここで問いがすり替わっていると言います。決めたいのは「品を付けると、解約の可能性はどれだけ変わるか」です。「誰が解約しそうか」は役に立つ情報ではありますが、その問いには答えていません。

この違いが実際の損得に響くことを示したのが、解約対策を研究するエバ・アスカーザ氏です。2018年にJournal of Marketing Researchに発表した研究で、2つのフィールド実験と機械学習を組み合わせ、解約の危険が最も高いと判定された顧客が、引き留め施策の最適な対象とは限らないことを示しました。

施策への反応のしやすさで対象を選ぶほうが、危険度の上位に配る標準的なやり方より、統計的にはっきりした差で効果が高かったと報告しています。論文は、引き留め施策が空振りするのは特典の中身が悪いからではなく、配る相手の選び方が悪いからだという場合もある、と書いています。

同じ構図は、測定の対象選びにも出てきます。意思決定分析のコンサルタント、ダグラス・ハバード氏は「測定の逆転」と呼ぶ傾向を報告しています。IT投資の承認では開発費や保守費が最も注目されるのに、承認を左右するのは、システムが使われ始める時期と広がり方や、途中で中止になる可能性のほうだった、というものです。

これはハバード氏が顧客企業の分析で繰り返し見た傾向で、査読を経た研究ではありません。それでも、測りやすいものから測られるという構図はRollingBoulderの例と同じです。

柏木吉基さんは『結局、仮説で決まる。』で、目の前のデータから仮説を作ると思考が手持ちの情報の範囲に固定される「ロックイン」が起きると指摘し、データを見て仮説を作るのはやめたほうがよいと書いています。選択肢についても同じことが言えそうです。データから眺め始めると、データが答えられる問いだけが残ります。

決める人が欲しいのは、選択肢ごとの情報

では、決める側は分析者に何を求めているのでしょうか。推奨を一つ示してほしいのか、材料がほしいのか。

組織心理学者のリーシャド・ダラル氏とシルビア・ボナッチョ氏は、2010年にOrganizational Behavior and Human Decision Processes誌で、この問いを実験で調べました。比べたのは次の4種類の助言と、心情面での支えです。

  • どの案を選ぶべきかの推奨
  • どの案を選ぶべきでないかの推奨
  • 選択肢についての情報
  • どう決めればよいかの助言

2つの研究で、参加者に架空の意思決定場面と助言の組み合わせを示し、どう受け止めるかを尋ねています。結果は、推奨も場面によっては重視されたものの、決める人が好むことが多かったのは「選択肢についての情報」でした。

論文は、助言を「判断の正確さを高めるか」と「自分で決める余地を残すか」の2つの面から見ています。選択肢についての情報は、その両方を満たしやすい形だと私は読みました。

注意したいのは、好まれたのが情報一般ではない点です。「選択肢についての」情報でした。冒頭の解約分析は、顧客についての情報ではあっても、特典や値下げという選択肢についての情報にはなっていません。

なお、英国心理学会の研究紹介によれば、参加者は学生で、場面は応募する仕事の選択や新店舗の立地などでした。職場の上司と部下の関係にそのまま当てはまるかは、別に確かめる必要があります。

柏木さんは同じ本で、分析の流れを先に描く「ストーリー仮説」の例として、ゴールを「宣伝予算をAとBどちらに多く使うべきか判断したい」と置いています。そのうえで、AとBの売上と利益の比較、過去の予算と売上の変化、想定される売上と利益、販売戦略との整合、という順に何を調べるかを先に決めます。最初から、選択肢を比べる形で分析が組まれています。

分析を始める前と、報告する前に変えること

ここまでを実務に落とすと、変えるところは3つです。

誤解:分析の依頼は「解約を分析して」で足りる → 始める前に、選べる選択肢を2つ以上書きます。デ・ランゲ氏らが2024年の著書で言う「自分たちが動かせて、問題に関係する選択肢」です。「何もしない」も1つに数えます。選択肢が書けないなら、データを開く前に決める人と話します。

誤解:誰が解約しそうかがわかれば、打ち手も決まる → 予測と効果を分けます。選択肢ごとに「それをしたら何が変わるか」を示すデータが手元にあるかを確かめ、無ければ一部の顧客だけで試して差を見ます。たとえば更新を迎える顧客の半数にだけ特典を付け、残りの半数と解約率を比べます。

誤解:報告は、わかったことを順に並べればいい → 1枚目に選択肢を並べ、それぞれの見込み効果、費用、まだわからない点を書きます。推奨は、その比較の後に添えます。

今日5分でできることもあります。いま手元にある分析資料を一つ開き、1枚目の余白に「この分析は、どの選択肢とどの選択肢を比べているか」を書いてみてください。書けなければ、その資料が会議で出会うのは、たぶん冒頭の一言です。

おわりに

「で、結局どうすればいいの?」は、分析の出来を責める言葉に聞こえます。実際に尋ねられているのは、選べる手はどれで、それぞれどうなりそうか、です。次の分析は、データを開く前に選択肢を書き出すところから始めてみてください。


この記事で参考にした本

『データ利活用の教科書』マクロミル・渋谷智之さん → 見える化だけでは効果が出にくい。分析の前に依頼者の状況と制約条件を聞き取る

『結局、仮説で決まる。』柏木吉基さん → 手持ちのデータに思考が固定される「ロックイン」と、選択肢を比べる形で分析の流れを先に描くストーリー仮説


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『ロジカル・シンキング』照屋華子・岡田恵子|「で、結論は?」と言われる人へ 選択肢を並べた後、それを相手に伝わる順序で組み立てる技術を扱った一冊です。報告の1枚目を作るときに役立ちます。

なぜあなたのデータ分析は役に立たないのか──「課題設定」が成果を決める3つの理由 問いそのものが曖昧だと、同じデータから違う答えが出ます。選択肢を書く一つ手前の、問いの立て方を扱ったコラムです。