「いいチームを作りたい」。
そう思って、メンバーを厳選し、役割を決め、信頼関係を時間をかけて育てる。それが正しいチームの作り方だと、私はずっと思っていました。
でも本書を読んで、その前提が揺らぎました。著者のエイミー・C・エドモンドソン氏は、チームは「名詞」ではなく「動詞」だ、と言います。
固定されたメンバーがじっくり信頼を築く時間は、もう現代の仕事には十分にない。プロジェクトは招集されてはすぐ解散する。だから大事なのは、安定した「チーム」を完成させることではなく、その場その場で素早く協働する「チーミング」という活動そのものなのだ――。本書『チームが機能するとはどういうことか』は、この発想の転換を起点に、変化の激しい時代に組織が学び続けるための仕組みを解き明かしていきます。心理的安全性という言葉の生みの親による、組織学習の決定版です。
「チーム」をやめて「チーミング」する、という出発点
私たちが「チーム」と聞いて思い浮かべるのは、スポーツチームやオーケストラでしょう。境界がはっきりした固定メンバーで、時間をかけて互いの役割を覚え、信頼を築いていく集まり。
でも著者は、それが今の職場の現実に合わなくなっていると指摘します。チームは招集されてはすぐ解散し、固定された構造を持たないまま、その都度一丸となって動くことが求められる。だからこそ、状態としての「チーム」ではなく、活動としての「チーミング」で捉え直す必要がある、と。
この転換の背景にあるのが、「実行するための組織づくり」から「学習するための組織づくり」へのシフトです。決まった手順を効率よく予測可能にこなす産業化時代のモデルから、答えがまだ不確実な状況で方向性を示し、失敗から学ぶことを促すモデルへ。本書はこの対比を、ある巨大自動車メーカーの栄枯盛衰を例に語ります。効率を極めた組織が、環境が変わっても「実行力」に固執し続けた結果どうなったか――その顛末は、数字の生々しさも含めて本書で確かめてほしいところです。私はこの章を読んで、「うまくいっている組織ほど、学べなくなる」という逆説に背筋が寒くなりました。
なお本書には、チーミングを動かす具体的な行動の柱や、省察の定義といった枠組みも整理されています。ただ、それらを箇条書きで写しても本書の手触りは伝わりません。むしろ著者が繰り返し言う「学習しながら実行する」という発想――反省会を後でまとめて開くのではなく、日々の業務の中に小さな振り返りを織り込む――この一点を持ち帰るだけでも、明日の会議の景色は変わります。
すべての仕事にチーミングが必要なわけではない
本書のいいところは、流行りの概念をやみくもに礼賛しないことです。著者は「プロセス知識スペクトル」という尺度を持ち出し、仕事を不確実性の度合いで段階的に分けます。組み立て工場のように手順が確立したルーチンの業務もあれば、答えがまだ存在しないイノベーションの業務もある。タイプが違えば、ふさわしい管理も失敗の扱いも変わる、というわけです。
ここで本書が挙げる失敗例が、私には強烈でした。あるルーチン業務で成功していた企業が、まったく新しいサービスを「同じやり方」で導入しようとして自滅していく話です。工場のやり方を研究所に持ち込むようなミスマッチ。顧客満足度がどこまで落ち、どれだけの契約を失ったか――その数字は、自分の職場でも起こりうると思わせるだけのリアリティがあります。詳しくは本書で。
つまり、いま自分が向き合っている仕事はスペクトルのどこにあるのか。それを言葉にするだけで、選ぶべき進め方が見えてくる。この視点は、流行に踊らされがちなマネジメント議論に効く解毒剤だと感じました。
心理的安全性は「ぬるい職場」の話ではない
本書の中核概念が、心理的安全性です。質問したり、助けを求めたり、ミスを認めたりすると、無知・無能・邪魔者だと思われるのではないか――この「対人リスク」への不安が、人を沈黙させる。著者の共同研究では、大きな問題になりそうなことでも、ほとんどの人が意見を言わずに沈黙していたといいます。
ここで誤解されやすいのが、心理的安全性を「仲良しクラブ」や「ぬるい職場」と取り違えること。著者ははっきり否定します。
心理的安全性は、自由気ままな雰囲気を後押しするのではなく、対人リスクを冒す──高い基準を追求したり挑戦しがいのある目標を達成したりするのに欠かせない──人々を支援する雰囲気を生み出す。
高い目標と心理的安全性は両立する。むしろ両方そろって初めて、人は思い切って挑戦できる。本書には、安心して報告できるチームほどミスの「報告数」がかえって多くなる、という意外な発見や、沈黙が大事故を招いた痛ましい事例も出てきますが、ここでは紹介しきりません。読みながら、自分の組織の沈黙に思い当たってほしいからです。
では、リーダーは何をすればいいのか。象徴的なのが、ある自動車メーカーのCEOの逸話です。幹部全員が業務を「順調」と報告するなか、一人だけ「問題あり」と正直に出した報告に、CEOがどう反応したか。その一拍が、率直さの文化を生む転機になります。何が起きたかは本書で味わってください。
失敗には種類がある
心理的安全性とセットで本書が説くのが、失敗の再定義です。著者は失敗を一律に「悪」とする考えを退け、種類によって扱いを分けます。減らすべき不注意やルール違反もあれば、イノベーションの過程で意図的に試みた結果の「良い失敗」もある、というわけです。
私がうなったのは、ある製薬会社のエピソードです。本来の目的では失敗に終わった薬が、まったく別の効能で巨額の収益源に化けていく。同社は「失敗パーティー」まで導入し、質の高い実験でありながら期待外れに終わったものに栄誉を与えているといいます。失敗を祝う、という発想の転換がここまで具体的に語られると、説得力が違います。
ただし著者は、失敗から学ぶのは簡単ではないとも釘を刺します。地位が上がるほど失敗を認めにくくなる――この人間の性に、私は深く頷きました。1000万ドルのミスを犯した部下にIBMの会長がかけた言葉も、リーダー論として記憶に残ります。何と言ったかは、ぜひ本書で。
どんな人に効くか
本書が刺さるのは、「うちは心理的安全性が大事」と言いながら、それが具体的に何をすることなのか説明できずにいる人でしょう。あるいは、立場を超えた人を集めたのに本音が出ず議論が表面的に終わる、優秀なメンバーなのに新しいやり方が現場に根づかない――そんなもどかしさを抱えるリーダー。本書は、専門や部署、文化の違う人がどう壁を越えて協働するかという「境界を越えるチーミング」まで射程に入れており、地下深くに閉じ込められた作業員たちの救出劇など、読み物としても引き込まれます。
逆に、手順が確立したルーチン業務だけを効率化したい人や、事例より即効テクニックの箇条書きだけ欲しい人には、回り道に感じるかもしれません。本書の価値は、考え方そのものを組み替えるところにあるからです。
著者は、立派な文化を先に作れば人が変わる、という順番を否定します。逆だ、と。新しい働き方を実践した副産物として、新しい文化があとから形になって現れる――。まず一回、率直に意見を言ってみる。まず一回、失敗を責めずに分析してみる。その小さな実践の積み重ねが、いつのまにか組織の文化になっている。
あなたのチームの次の会議で、最初に「問題あり」と口にするのは、誰でしょうか。
合わせて読みたい
『失敗学のすすめ』畑村洋太郎さん 失敗を隠す組織がなぜ同じ失敗を繰り返すのかを掘り下げた一冊。本書の「失敗の3分類」や「ちょっとした失敗は早期の兆候」という考えと響き合い、失敗から学ぶ文化づくりをさらに深められます。
『だから僕たちは、組織を変えていける』斉藤徹さん 業績が悪いほどまず人間関係から手をつける、という主張が本書の心理的安全性と直結します。チーミングの土台になる「安心して話せる場」を、現場でどう作るかの実践に踏み込みたい人に。
『みんな違う。それでも、チームで仕事を進めるために大切なこと。』岩井俊憲さん 裁かない・正さない・引っ張らないリーダー論。本書の「リーダーは答えを与えず方向性を示す」という考えと重なり、多様なメンバーで協働するチーミングの姿勢を別の角度から学べます。



