ニュースを毎日チェックして、去年のいま頃の見出しを一つでも覚えていますか。
おそらく、ほとんど思い出せません。私たちは1年でおよそ2万本、1日にして約60本ものニュースを浴びていると言われます。それでいて、自分の人生やキャリア、健康についてより良い決断を下すのに本当に役立ったニュースは、いったいどれだけあったでしょうか。
『News Diet』は、このあまりにありふれた習慣を真正面から疑う一冊です。著者のロルフ・ドベリ氏は、ニュースを「砂糖」にたとえます。短くて消化しやすく、つい手が伸びる。けれど精神には有害だと言い切る。
私自身、ニュースを「情報収集」だと思い込んでいた側の人間でした。だからこの比喩を読んだとき、自分が毎朝口にしている甘いものの正体を突きつけられた気がして、背筋が伸びました。

「情報は多いほどいい」という思い込みを外す
この本の出発点は、私たちが疑いもなく信じている前提をひっくり返すことにあります。たくさん知れば世界をよく理解でき、良い決断ができる――その常識を、ドベリ氏は真っ向から否定します。
「デジタル化により、いまやニュースは無害な娯楽媒体から人間の健全な理解力を損なう大量破壊兵器に変化している。」(ロルフ・ドベリ『News Diet』)
ずいぶん強い言葉です。けれど本書を読み進めると、この一見過激な主張の背後に、認知心理学や脳科学、そしてストア派哲学の裏付けが幾重にも積まれていることが見えてきます。感情的な「嫌ニュース論」ではなく、根拠を一つずつ並べていく論証なのです。
著者がくり返し念を押すのは、ニュースを断つのは「我慢」ではないという点です。断つことで、時間・決断の質・心の平穏という三つが手に入る。だから本書はストイックな禁欲書ではなく、むしろ軽くなるための実践ガイドとして読めます。
ここが、よくある「スマホ依存をやめよう」系の本と一線を画すところだと感じました。失うものではなく、取り戻すものの話なのです。
ニュースは脳そのものを作り変える
ニュースの害というと、つい「時間を奪われる」ことばかり思い浮かべます。でも本書がもっと深刻に扱うのは、脳そのものが少しずつ作り変えられていくことです。
まず、人間の脳はネガティブな情報に過剰反応するようにできています。本書によれば、ネガティブな情報はポジティブな情報の2倍も強く感情に作用する。次々と流れてくる刺激的で短い断片を追ううちに、私たちは知らぬ間に「くだらないものへ注意が向く脳」を自ら鍛えてしまうわけです。
さらに踏み込むのが、脳の生理的な構造そのものが変わるという指摘です。神経科学者マイケル・マーゼニヒ氏の研究を引きながら、断片的な情報を浴び続けると、長い文章を集中して読む能力が物理的に退化していくと本書は述べます。
本が読めない、記事を最後まで追えない――その原因が意志の弱さではなく、ニュースの摂りすぎかもしれない。そう言われて、心当たりのある人は少なくないはずです。私もここで少し背筋が寒くなりました。読書が続かないのを自分の根気のせいにしていたからです。
ニュースは「世界の理解」の対極にある
では、せめてニュースを読めば世界を理解できるのか。ドベリ氏の答えは明快にノーです。
ニュースが見せるのは、表面に浮かんだ出来事という名のシャボン玉にすぎない。けれど世界を本当に動かしているのは、その下にある「機械室」――複雑な因果関係やフィードバックの連鎖です。ニュースはそこにはほとんど触れません。
その結果、私たちは物事を不当に単純化して受け取るようになります。世界金融危機のような途方もなく複雑な事象でさえ、「不適切なリスク計算が原因」といった一つか二つのわかりやすい理由に押し込められて説明される。けれど現実には、たった一つの理由Xなど存在しない、と本書は釘を刺します。
もっと厄介なのは、情報量が増えるほど人は自信過剰になることです。心理学者ポール・スロヴィック氏の競馬予想の実験では、参加者に与える情報を増やしても的中率はまったく変わらず、本人の「自信」だけが極端に膨れ上がりました。
知った気になって決断を誤る。これこそが情報過多の最大の罠なのだと、本書は具体的なデータで突いてきます。
何を読み、何を捨てるか――「能力の輪」というものさし
とはいえ、ニュースを断つと肝心な情報を逃すのでは、と不安になりますよね。その不安に対して本書が差し出す判断基準が、投資家ウォーレン・バフェット氏の「能力の輪」という考え方です。
これは、自分が深く理解し、人より優れた判断ができる専門領域のこと。バフェット氏は机に「難しすぎる案件」用のトレイを置き、輪の外にあるものはそこへ放り込んで一切無視したといいます。
「自分の能力の輪を知り、そのなかにとどまること。輪の大きさはそれほど大事ではない。大事なのは輪の境界がどこにあるかをきちんと把握することだ」
あなたが建築家なら、新しい建築法規をめぐる専門誌は輪の内側にあります。一方、遠い国が火星に探査機を打ち上げたニュースは輪の外。どれだけ大きく報じられても、あなたの人生にも仕事にも関係しません。
メディアが流す情報の99%は、自分の能力の輪の外にある。だから無視してよい――この一本の線が引けるだけで、情報との付き合い方は驚くほど身軽になります。そしてこの発想は、ストア派の「コントロールできるものに集中し、できないものは手放す」という哲学とそのまま地続きです。古代の知恵が現代の情報環境にぴたりと重なる瞬間に、私は何度も膝を打ちました。
思考の誤りを増幅し、無力感まで植えつける
ニュースは、もともと人間に備わっている「思考の誤り」をさらに強化します。本書が代表として挙げるのが三つのバイアスです。
確証バイアスは、自分の信念を裏づける情報ばかり集めて反証を遠ざける偏り。SNSのアルゴリズムは、あなたが見たいものを延々と差し出してこれを極限まで増幅します。
後知恵バイアスは、結果が出たあとで「最初からわかっていた」と思い込む偏りで、短いニュース形式は起きたことをいかにも必然だったように見せます。
利用可能性バイアスは、頭から取り出しやすい情報を優先してしまう偏り。飛行機事故の報道を見た直後に出張をためらいたくなるのは、これが働くからです。
しかも本書は、こうしたバイアスに理性で抗うのは無理だと突き放します。インパクトの強い報道を過大評価する傾向を、意識的な熟考や理性的な評価で調整することはできない、私たちの脳は弱すぎるのだ、と。
「わかったうえで読み流す」という器用な芸当はできない。だから読まない、という結論にたどり着くわけです。
もう一つ見落とせないのが、学習性無力感です。遠い紛争や災害のニュースで報じられる出来事の99%は、私たちが直接どうにかできるものではありません。
手の届かない悲惨な光景を浴び続けると、人は「自分には何もできない」という無気力に陥り、それが人生の他の領域にまで染み出していきます。ドベリ氏はこの哀れみに浸る行為を「偽りの同情」と呼びます。
本当に関心を持つとは行動を起こすことであり、画面の前で心を痛めるよりも、信頼できる団体に寄付をするほうがよほど誠実だ、という指摘は胸に刺さりました。
明日から何を変えるか
本書は単なる「やめろ」では終わりません。断ったあとの空白をどう埋めるかまで踏み込むからこそ、読み終えたその日に手が動きます。今日から始められる具体策を三つだけ挙げておきます。
一つ目は、スマホからニュースアプリを今日すべて削除すること。ニュースレターも解除し、ブラウザのトップページを刻々と変わるニュースサイトから、変化しないWikipediaのようなページへ差し替える。物理的にアクセスしづらくするのが最初の一歩です。
二つ目は、30日間、テレビも新聞もネットもラジオも一切のニュースを完全に断ってみること。「30日たったら戻ってもいい」と自分に言い聞かせて禁断症状を越えると、多くの人はもう戻る必要を感じなくなるといいます。
三つ目は、浮いた時間を良書に充てること。本書によれば、ニュースに費やす時間とそこから注意を戻す時間を合わせると、私たちは1日に少なくとも90分を失っています。
1年では1か月分以上に相当する。その90分で、見識を広げる一冊を二度読みすれば、1度のおよそ10倍の効果が得られるとドベリ氏は言います。
おわりに
ニュースを断つと聞くと、世間から取り残される気がします。でもドベリ氏は、本当に大事なことは適切なタイミングで自然に耳に入ると言い切ります。むしろ大きく報じられていない出来事のほうが、重要度はかえって高いことが多いのだ、と。
そして著者は、テロリズムでさえメディアの過剰報道なしには成立しない、というところまで踏み込みます。私たちが注意を向けること自体が、誰かのビジネスや目的を黙って支えているのかもしれません。注意とは、それほど価値のある資源だということです。
明日の朝、いつものようにニュースアプリを開く前に、一度だけ手を止めてみる。取り戻した90分を、あなたは何に使いたいか。問いはそこから始まります。
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『アウトプット思考』内田和成さん 「情報収集」という名の現実逃避を扱った一冊です。ニュースを断った先で、集めた情報をどう絞り、どう使うかを考えたい人にちょうど続きになります。
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