宇都宮隆二さんが20代で手にしたのは、外資系IT企業の役員という肩書きと、1億円を超える年収だった。その絶頂期のエピソードが振るっている。現金で買ったポルシェを転がして愛媛の実家に帰った日、道端で下水道工事をしていた高校時代の同級生と鉢合わせた。
相手は町役場、水道課の職員だった。ポルシェを一瞥した同級生の口から出たのは、羨望でも皮肉でもなく、こんな一言だったという。「そんなに仕事ができるなら、田舎で事業を興して地元の雇用を作ってくれ」。
宇都宮さんはこのとき、優越感を覚えなかったと振り返る。地域の暮らしを日々支えている同級生に比べ、自分が本社でやっている社員の配置転換など虚業ではないか。その違和感が、のちに40歳で会社を辞め、故郷の愛媛で起業する動機になったという。
この体験を出発点に据えるのが『適職の結論』だ。著者はYouTubeで「Utsuさん」の名で知られ、約20年にわたって部門長、会社役員、実業家として、一貫して採用する側に立ってきた。本書の結論は、書き出しの数ページで出てしまう。
「適職の最適解はすでに今、あなた自身が持っている」
適職は条件や他人の客観的な判断で決まるものではなく、あくまで主観だ、と宇都宮さんは言う。だから他人に答えを求めても仕方がない。転職エージェントのキャリアアドバイザーも、その「他人」の一人にすぎない。
資格を取れ、市場価値を高めろ、エージェントに頼れ。書店のキャリア棚を埋め尽くす助言のほとんどを、採用の決定権を握ってきた立場から切り崩していく一冊だ。

こんな人におすすめ
- 資格やTOEICの勉強に手をつけては続かず、動けない自分にもどかしさを感じている人
- 実績を出しているのに、昇進や役員面接の最終段階でいつも弾かれる人
- 「今の会社でしか通用しない」と思い込み、転職サイトを開いてはすぐ閉じてしまう人
- 「市場価値を上げなきゃ」と焦りながら、具体的に何をすればいいのか自分でも説明できない人
反省ではなく、成功の理由を掘り起こす
本書がまず切り込むのは、多くのビジネス書が美徳として扱う「反省」の習慣だ。宇都宮さんの立場は明快で、失敗を振り返って得られるのは、同じ間違いを避ける程度の守りの知恵にすぎないという。
営業で不用意な一言が客の機嫌を損ね、契約を逃したとする。反省の結論はたいてい「言葉遣いに気をつける」で止まり、次の契約を取る方法までは教えてくれない。守りを固めるほど、失点を避けるだけの縮こまった働き方に近づいていく、と手厳しい。
代わりに勧めるのが、うまくいった仕事を振り返ることだ。なぜ成功したのかを、他人に説明できる粒度まで言葉にする。宇都宮さんはこの作業を、いつでも取り出せる形に整理し直すという意味で「アーカイブ化」と呼ぶ。
この考えを可視化する道具が「強みの六角形」だ。白い紙に六角形を描き、6つの角にそれぞれ得意なことを書き込むだけの、拍子抜けするほど単純なワークである。
ただし罠が一つある。ネット検索で拾った「ロジカルシンキング力」のような借り物の言葉を当てはめると、六角形は他人のものになる。宇都宮さんが20代の自分に当てはめた6つの言葉の1つ目は、分析力でもプレゼン力でもなく「オヤジ殺し力」だった。
年配の決裁者の懐に入り込み、可愛がられる力、という意味らしい。
品のいい言葉ではないし、体育会系の営業職以外にどこまで再現性があるかは疑問も残る。それでも、聞こえのいい抽象語で満足せず、実感に忠実な言葉まで掘り下げろという主張自体には芯がある。
面白いのは、六角形が年齢とともに描き変わるという指摘だ。20代の六角形は伸びしろの広さを示す見取り図で、面積の大きさそのものが武器になる。30代になると得意と不得意がはっきりして面積は縮むが、残った角は実績に裏打ちされた個性に育つ。
宇都宮さん自身、30代で「オヤジ殺し力」の角は消えたという。だから転職で語る言葉は、20代なら伸びしろ、30代ならその強みで何を成し遂げたかという実績へと、年代によって重心が変わってくる。
目標を数字に割り、キャリアを「人生の目的」の手段に置き直す
転職で武器になる実力の水準について、宇都宮さんは意外と控えめなことを言う。目指すべきは飛び抜けた天才ではなく「中の上」で十分、それは取り組み方を変えれば誰でも届く水準だという。
その方法が、大きな目標を具体的な行動の数まで割ることだ。売上1億円というノルマは、響きだけで重くのしかかる。だが500万円の案件を10件、2500万円の案件を2件に分解し、そこから1日あたりの新規開拓件数や休眠顧客への連絡件数まで下ろせば、今日やるべき行動が一つに定まる。
数字に追われる側から、数字を追いかける側へ。この立場の逆転こそが、宇都宮さんの言う「中の上」に届くまでの最短距離になる。
固まった実力は、業界という表面を剥がして持ち出せる形に変える。宇都宮さんが挙げる例が鮮やかだ。出版社の書籍編集者の仕事を、こだわりの強い著名人の時間を動かし、売れるコンテンツに仕立てて年間1億円を稼ぐ仕事、と言い換える。
すると転職先の候補に、畑違いの芸能プロダクションのマネージャー職まで浮かび上がってくる。もっとも本人も釘を刺すとおり、ここまで鮮やかに畑違いへ飛べる実力の持ち主は、相談者の2割程度にとどまるという。
この積み上げの先で、宇都宮さんは「キャリア設計」という発想そのものを退ける。3年先すら見通せない時代に、5年後、10年後のキャリアを図面として引くこと自体が無理筋だ、というのが理由だ。
代わりに据えるのが、到達点ではなく方向を示す「人生の目的」である。会社も職種も、その目的に近づくための手段の一つにすぎない。
宇都宮さん自身の歩みが、この考え方の実例になっている。新卒で入った企業では「非効率を正す」という目的を掲げて役員まで上り詰め、目的を果たしたと判断すると40歳で退職。
次に掲げた「日本を一流の国であり続けさせる」という目的のために選んだ手段は、会社員ではなくYouTuberだった。目的は据え置いたまま手段だけを乗り換えていく身軽さは、会社という枠に閉じない働き方の実例として読める。
「市場価値」という幻想を疑う
本書でもっとも挑発的なのが、市場価値をめぐる主張だ。転職市場で盛んに語られる「市場価値」という概念そのものが実在しない、と宇都宮さんは言い切る。
資格もTOEICもMBAも、採用の決定権を持つ役員の目には、見た目が華やかなだけで会社の利益に直結する証明にはならない飾りに映る、という。
「転職市場で問われるのは『市場価値』ではなく、自分という人間の『人柄』、そして『何を考え、今後どうなりたいと考えているのか』という軸です」
年収1,000万円クラスの中途採用面接でもこの基準は変わらず、高卒者を何人も採用してきたとまで書いている。
転職エージェントへの評価も手厳しい。紹介手数料で成り立つビジネスである以上、求職者一人ひとりの将来性より決定件数の多さが優先されやすい構造がある。登録された経歴だけを見て機械的に企業をあてがう仕組みだから、エージェントは味方ではない、と突き放す。
この主張を鵜呑みにする前に、立ち位置の違いは意識しておきたい。宇都宮さんが見てきたのは、自身が採用側に回った案件、しかも本人の実力と発信力で直接応募を成立させられる層の話である。エージェントを介さないと選考の土俵にすら上がれない業界や、資格が実務上の必須要件になる専門職まで、同じ理屈をそのまま広げるのは危うい。市場価値という物差しを疑う視点そのものは有効でも、適用範囲は読者自身が線を引く必要がある。
もう一つ、警告めいた挿話もある。「未経験可」を謳うIT企業に正社員のつもりで入ったら、実態は派遣会社の社員だった、という話だ。契約が切れるまで技術を学べない単純作業を延々と回される構造を、宇都宮さんは現代の奴隷制度になぞらえている。
景気のいいキャリア論の合間に、こうした求人の見極め方まで挟み込んでくるのが、本書の実用書としての顔だ。
会社選びのイメージと、入社後を分ける「定性評価」
仕事の適性は、性格のイメージとは一致しない。宇都宮さんはそう釘を刺す。営業職は明るく社交的な人向きだと誰もが思っているが、実際は逆だという。
単価の大きい商材ほど準備と分析が仕事の9割を占め、求められるのは話す力より、相手の潜在ニーズを引き出す聞く力だ。面接でよく喋る人ほど、現場では成果が出ないという指摘は、採用側に立ってきた人ならではの実感だろう。
だからこそ本命企業には、エージェントを介さず直接応募するのが鉄則になる。登録フォームに収まらない強みを、自分の言葉で決定者に届けられるからだ。
面接で語るべきは「なぜ今の会社を辞めるのか」「なぜその実績を出せたのが自分だったのか」「なぜこの会社なのか」という3つの問いと、「採用されたら何をもたらせるのか」という1つの答え。
宇都宮さんはこれを、自身の営業成績を添えて語ったという。
入社してからも勝負は続く。実績が僅差で並んだとき、最後の決め手になるのは数値化できない領域だと宇都宮さんは言う。人柄、評判、日頃の振る舞い。
これを味方につけるには、まず社内で非公式に意思決定を握る「ボス猿」を見極め、現場の一次情報をその人にだけ丁寧に渡す「静かな情報屋」になる必要がある、というのが本書の処方箋だ。
正直なところ、ここは読者を選ぶ。同僚をライバル視せず誰にでも感じよく振る舞う、という助言自体はまっとうだが、有力者に取り入って情報を渡すという振る舞いは、組織政治そのものが苦手な人には抵抗が大きいはずだ。
実力主義を信じたい読者ほど、飲み込みにくい章かもしれない。それでも、実績だけでは説明のつかない評価の揺れを現に経験している人にとっては、無視できない実務知でもある。
本書を読み終えて印象に残るのは、資格を取れという助言が最後まで一度も出てこないことだ。代わりに求められるのは、自分の成功を自分の言葉で説明する作業であり、これは想像以上に骨が折れる。
うまくいった案件を「運が良かった」の一言で片づけてきた人ほど、いざ書き出そうとすると手が止まるはずだ。
まずは直近で「良い手応え」を感じた仕事を1つ、思い出してみてほしい。なぜうまくいったのか、他の誰でもなく自分だったからうまくいった理由は何か。その答えが言葉になった瞬間、六角形の最初の角が決まる。
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『科学的な適職』鈴木祐 本書が採用側の一次情報と主観で答えを出すのに対し、こちらは学術データの積み上げから適職を絞り込む。逆方向からの検証として、2冊を並べると自分の判断のクセが見えてくる。
『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』八木仁平 「人生の目的を1行にしろ」と言われて手が止まった人へ。好きなこと、得意なこと、大事にしたいことを分けて言語化する手順があるので、六角形を描く前の準備運動になる。
『仕事は輝く』犬飼ターボ 「反省するな、成功を振り返れ」という発想が本書と重なる一冊。物語形式で語られるぶん、失敗の反省から抜け出せない人には、こちらのほうが先に腑に落ちるかもしれない。
