わからないことがあれば、すぐスマホで検索する。便利になりました。でも、その検索を「考えること」だと勘違いしていないでしょうか。
著者の伊藤真さんは、そこにはっきり線を引きます。他人が出した答えを探すのは、ただの調査。自分の頭で新しい答えを創り出すのが、考えるということ。司法試験指導の第一人者が、法律家の思考法を日常レベルまで噛み砕いた一冊です。
こんな人におすすめ
- 「自分で考えろ」と言われても、具体的に何をすればいいかわからない人
- ネットで正解を検索すると、それで満足してしまいがちな人
- 難しいロジカルシンキングの本を読んで、途中で挫折した経験がある人
- 決断を先延ばしにしがちで、いつも悩んでばかりいる人
この本の核心――検索と思考は、別物である
本書がまず壊すのは、「考える」という言葉への思い込みです。
他人が考えた答えを探すのは「考える」ではない。それはたんなる調査、リサーチである。
文献やネットを探して答えらしきものを見つける。これは作業であって、思考ではない。では考えるとは何か。著者の定義はこうです。
法律家の「考える」は何かというと、「未知の問題」に対して「答えをつくり出す」ことである。
人生には、検索しても出てこない「未知の問題」があふれています。災害、トラブル、人間関係。唯一の正解などありません。そこで自分なりの答えを創り出し、事実と論理と言葉で他者を納得させる。それが本書の言う「考える力」です。
しかも著者は、この力は才能ではなく練習で鍛えられると言います。法律を40年以上、専門外の人々に教えてきた経験からの確信です。だから本書のタイトルは「考える力」ではなく「考える練習」なのです。
日常を訓練場にする――なぜを3回、理由を3つ
考える練習は、特別な場所ではなく毎日の生活の中で行えます。
最初の道具が「なぜを3回繰り返す」ことです。
「なぜなんだ」「なぜなんだ」「なぜなんだ」と、三回くらい「なぜ」を問い続けてみよう。いやでも考えが深まってくる。
たとえば「人を殺すと処罰されるのはなぜか」。法律で決まっているから。ではなぜ悪いのか。命を奪うから。では弾が外れて命を奪わなかったら悪くないのか。こう問い続けると、「命を奪う危険があったからやはり悪い」という、より深い本質にたどり着きます。
もう一つが「理由を3つ考える」ことです。
人を説得したり、自分の意見を主張したりするときは「理由を必ず三つ考えておく」といい。
今日の昼食になぜ和食を選んだのか。誰かに提案を通したいとき、なぜそれがいいのか。理由を3つ挙げる癖をつけるだけで、思考力と説得力が同時に鍛えられます。
そして比べることも、思考の基本です。
「比べる」とは、「共通点」と「相違点」を見つけ出すことだ。
著者はこの「比べる」を広げる方法も示します。対象を歴史や時代背景など外部との関係性で捉える「横展開」、一つの対象をマニアックに掘り下げる「縦展開」。正反対の意見を戦わせる「二項対立」。さらに、個別の経験から普遍的な教訓を抜き出す「具体と抽象の往復」。
「具体的」な経験をたんなる経験で終わらせないで、必ず「抽象化」するクセをつけたほうがいい。
訓練の入り口としておすすめなのが、新聞の読み比べです。自分と違う立場の意見に触れると、心が「ざわつく」。その違和感こそ、「なぜこの人はこう考えるのか」という思考の起点になります。居心地のいい場所だけにいては、練習になりません。
論理的に考える――独りよがりを抜け出す
では「論理的に考える」とは具体的にどういうことか。著者の定義は明快です。
論理的に考えるとは「目的を持って、一定の結論を根拠とともに導くこと」といえる。
「AだからB」というときの「だから」の部分を、他者が納得できるように説明できる状態。ここで大事なのは、論理が独りよがりではないことです。
「論理的に考える」ために一番鍛えなければならないのは、まさしく相手と共有できる根拠づけ、理由づけを考える習慣だろう。
自分だけが納得する理由ではなく、相手と共有できる「物差し」を探す。だから著者は、論理を論破の技術ではなく、他者への優しさだと捉えます。前提として、こう構えておくべきだと言います。
自分と他人は違うのだから、伝わらなくてあたり前。説明しないと、伝わらない。そういう前提で考えたほうがいい。
この姿勢と対をなすのが、「あたり前」を禁句にすることです。
私たちは「あたり前です」「当然です」とつい言ってしまいがちだが、そういう言葉をできるだけ使わないようにするのだ。
「当然でしょ」と言った瞬間、思考は止まります。共通の了解がない前提で丁寧に説明を試みる。そこから前提を疑う姿勢が育ちます。
IRACで伝える――法律家の型を、小遣い交渉に使う
論理を組み立てて伝える型として、著者が紹介するのが「IRAC(アイラック)」です。法曹界で日常的に使われ、頭のいい人が無意識に使っている思考の枠組みです。
4つの頭文字から成ります。Issue(問題点・課題)、Rule(規則・大前提)、Application(あてはめ)、Conclusion(結論)。これが法的三段論法の骨格です。
著者の面白いところは、これを家族との「お小遣い交渉」に当てはめてみせる点です。
- I(問題点):お小遣いを上げてほしい
- R(ルール):成功している人は自己投資や人脈作りにお金をかけている
- A(あてはめ):今の自分は小遣いが少なすぎて自己投資ができず、出世につながらない
- C(結論):だから、お小遣いを上げてほしい
ただ「足りないから上げて」と感情で訴えるのとは、説得力がまるで違います。同じ要求でも、IRACの順に整理するだけで、相手が納得しやすい主張に変わるわけです。
思考を整理するもう一つの道具が「可視化」です。頭の中だけで考えると堂々巡りするので、メモや図に書き出す。その際、「Why so(なぜそうなのか)」と「So what(だから何なのか)」をセットで書くと、目的と結論が整理され、論理の道筋が見えてきます。
思考の精度を上げる――最小化と、切り捨てる勇気
集中して深く考えるには、対象を絞る必要があります。
自分はいま何をやらなければいけないのか、やるべき目標、ゴールを最小化して一点に絞りきっていないから、散漫になったり、ふらふらしてしまったりする。
集中力とは気合いではなく、課題を切り分けて優先順位をつけ、対象を絞り込む技術だと著者は言います。あれもこれもと欲張らず、他は「いったん切り捨てる(後回しにする)」勇気を持つ。そして「30分で10問」のように時間と量を数字で固定し、自らにノルマを課すと、脳の回転数が上がります。
集中と決断――ベストじゃなくていい
ここで本書の中でも特に印象的な逆説が出てきます。
考え続けることは大事だが、もっと大切なのは「考えるのをやめて、そこで結論を出し、決断すること」である。
時間には限りがあります。完璧な結論を待っていては、いつまでも動けません。著者は「ベスト」ではなく「ベター」な決断を勧めます。考えた末の決断なら、その結果から学んで次に生かせる。このPDCAのサイクルこそ、人を成長させる。考えるのをやめる力は、考える力と同じくらい重要なのです。
もちろん、すぐ結論が出ないこともあります。そんなときは無理に決めず「ちょっと寝かせる」のも有効だと著者は補足します。
「ひらめき」についても現実的です。名案は無から突然降ってくるものではありません。
大量の本や経験という「ぼうだいな知の集積」と、目的を持って考え続ける「強い思い」が結びついたとき、初めてひらめきが降りてくる。だから日頃から頭の片隅にテーマを持ち続ける持続力が要ります。
想像力を広げる――鳥の目と虫の目
最後の要素が、想像力の拡張です。私たちの発想は、自分の経験や先入観という「枠」に縛られています。著者いわく、年をとって頭がかたくなるのではなく、過去の経験に勝手に縛られているだけ。
あえて自分が持っている枠組みを取り払うことを意識するようにすると、別の視点や観点から新しいことが見えるだろう。
その具体策が「鳥の目と虫の目」を行き来することです。たとえばスマートフォン。
虫の目で見ると「色やデザインは」「部品を小さくできないか」という発想になります。鳥の目で見ると「外国でどう売るか」「他の家電とどう連動させるか」というマクロな発想が生まれます。
さらに、物理的に高い場所や低い場所に移動して景色を変える、世界地図をさかさまに見る、過去や未来から現在を眺めるなど、空間軸と時間軸を意図的に動かす。視点を強制的にずらすことで、今まで見えなかった捉え方が引き出されます。
明日から何を変えるか
本書の知恵を、3つの行動に落とし込みます。
1. 日常の選択で「理由を3つ」考える 今日の昼食をなぜそれにしたのか、理由を3つ言語化する。人に提案するときも理由を3つ用意する。ささいな選択の理由を説明する癖が、思考力と説得力を同時に鍛えます。
2. 検索する前に、自分の仮説を立てる わからないことに出会ったら、すぐ検索せず、まず「自分ならこう考える」と仮説を立てる。「なぜ」を3回問い、本質に迫ってから調べる。これで検索が思考に変わります。
3. 期限を決めて「ベターな決断」を下す 情報収集や検討で足踏みしているなら、期限を切ってひとまず決める。完璧でなくていい。決断して動き、結果を検証して次に生かす。考えるのをやめる勇気を持ちます。
おわりに
読み終えて残ったのは、論理は冷たい論破の道具ではなく、むしろ優しさなのだ、という著者の視点でした。
自分と他人は違う。だから伝わらなくて当たり前。その前提に立って、相手と共有できる物差しを探し、根拠を添えて説明する。それは相手を思いやる行為そのものです。
「考える練習」ができる人間が増えれば増えるほど、私たちは幸せになり、社会の幸せの総量は増えていくと私は信じている。
考える力は、自分の人生を切り開くためだけのものではない。そんな温かいメッセージに、読後の気持ちが少し軽くなりました。
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『自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術』ちきりんさん 知識を集めることと考えることは違う、というちきりんさんの主張は、本書の「検索と思考は別物」とまっすぐ重なります。情報の先で頭をどう動かすかを学べます。
『ゼロ秒思考』赤羽雄二さん 本書が勧める「思考の可視化」を、A4メモという極めて具体的な作業に落とし込んだ一冊です。頭の中の堂々巡りを止める実践法として併読をおすすめします。
『アウトプット思考』内田和成さん 情報収集という名の現実逃避、という指摘は、本書の「リサーチで満足する罠」と同じ問題を突いています。集めるより、自分の答えを出すことへ意識を向けたい人に。



