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『自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術』ちきりん|「知っている」ほど、考えられなくなる

思考法・問題解決
『自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術』

調べた。資料も作った。会議もした。なのに、決まらない。

そんな経験はありませんか。私はあります。山ほどあります。

ちきりんさんの『自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術』は、その「決まらなさ」の正体をはっきり言葉にしてくれる本です。原因は情報不足ではありません。私たちが「考える」という言葉で呼んでいた行為のほとんどが、実は「作業」だったから、というのが本書の主張です。

知識をたくさん集めるほど、頭が固くなる。情報を整えるほど、結論から遠ざかる。そんな逆説が、身近な事例とともに、するすると入ってくる本です。

こんな人におすすめ

この本は、頭の良し悪しではなく、「考える」という行為のやり方そのものに違和感を持っている人のための本です。

たとえば、こんな状況の人にとくに刺さると思います。

逆に、複雑なフレームワークを学びたい人や、コンサルタント向けの問題解決手法を求めている人には、本書は物足りないかもしれません。本書はもっと手前、「そもそも考えるとはどういう行為か」を問い直す本です。

この本の核心

本書の出発点は、たった一つの定義です。

知識とは「過去の事実の積み重ね」であり、思考とは「未来に通用する論理の到達点」である。

知識は他人がすでに考えた結果であり、過去のものです。一方の思考は、目の前の情報から自分なりの結論を導き出す変換プロセスです。インプットの情報を、アウトプットの結論に変える筋道。それが「考える」ということなんです。

この区別を一度つけてしまうと、自分の日々の行動の見え方が変わります。

ニュースを読んでいる時間は思考ではなく情報収集です。資料をきれいに整えている時間は思考ではなく作業です。会議で話している時間も、結論を出していなければ思考ではありません。

ちきりんさんは、ここを徹底的に切り分けます。考える力をつけたいなら、自転車について書かれた本を読むのではなく、自転車に乗る時間を増やすしかない。同じことが思考にも当てはまるわけです。

そしてもう一つ、本書を貫く重要な視点があります。それは「知識は思考の邪魔をする」という逆説です。

専門家ほど過去の知識に囚われ、新しい情報をゼロから受け止められなくなる。だからこそ、考えるときは、いったん知識を「思考の舞台の外」に置く必要がある。これが、タイトルの「知識にだまされない」という言葉の意味です。

本書の全体像

本書は、思考の技術を9つのステップで積み上げていく構成になっています。

序章で「知っている」と「考える」を切り離す宣言をしたあと、第1・2章で「決めるプロセス」と「2つの問い」という思考の入口を整えます。第3・4章は「分解」と「比較」、つまり対象を切り分けて並べる技術。第5・6章で判断基準のシンプル化と議論のレベル合わせを学び、第7・8章で「独自のフィルター」と「データの深掘り」に進みます。第9章と終章は「視覚化」と「思考の棚」、つまり考えたことを次に活かすための仕組みです。

注目したいのは、これが単なる思考法の羅列ではなく、一つの流れになっている点です。

「決める準備」→「問い直し」→「分解と比較」→「絞り込み」→「自分の基準」→「データの裏側」→「視覚化と整理」。

最初に決め方を整えて、最後に整理棚に戻す。情報の入り方と出方の両側にレールを敷くような構成です。

思考の入口にある「決めるプロセス」

本書の最初に出てくる強烈なエピソードが、ある会社の「失敗した新規事業会議」です。

社長が「新規事業に乗り出すべきか検討してくれ」と指示を出します。精鋭メンバーが集められ、毎週会議と調査報告を重ね、分厚いレポートが積み上がります。データはどんどん豊富になっていきます。

それでも、なにも決まりません。

なぜか。「どんな情報があれば、どういう結論を出すか」という意思決定のルールを、最初に決めていなかったからです。情報を集めれば自然に答えが出てくる、という幻想で動いていた。結局、ライバル会社が進出したというニュースを見た社長が「我が社もやろう」と鶴の一声で決めてしまいます。

これは、私たちの仕事の場面でも、人生の選択でも、本当によくある光景です。

ちきりんさんが教えてくれるのは、こういう場面では情報収集を始める前に、「もしAという情報が出たらこうする、Bならこうする」という決めるプロセスを先に作るべきだ、ということです。判断基準を先に超具体的にする。そうすれば、必要な情報の量がぐっと減り、決断までの時間も縮まります。

「情報がもう少し集まれば決められる」と感じたとき、本当に足りないのは情報ではなく、判断のルールである、ということなんです。

データを見たら反射的に問う「なぜ?」と「だからなんなの?」

本書のなかで、私がいちばん日々使っているのがこの2つの問いです。

データや数字を見たら、条件反射のように2つの問いを立てる。これだけです。

例として本書では、出生数と合計特殊出生率のデータが出てきます。「出生数が減っている」という事実をただ眺めるのではなく、「なぜ減り続けているのか」と背景を掘る。さらに「だからなんなの?」と問い直して、労働力や年金、自分のキャリアにどう影響するかまで考える。ここまでやって、ようやくデータが「思考」になります。

注意したいのは、この2つの問いは、別々ではなく必ずセットで立てるという点です。

「なぜ」だけ深掘りすると、過去の解説に終わります。それは評論です。「だからなんなの」だけだと、根拠の薄い予測になります。両側に橋を架けて、過去から未来まで一本の線でつなぐ。それが思考の中身を作ります。

ニュースを見たとき、データを受け取ったとき、まず黙ってこの2つを心の中でつぶやいてみる。これだけで、自分が「情報をなぞっているだけ」か「考えている」かが、はっきり分かれます。

分解と比較──網羅的に並べてから絞り込む

第3・4章では、対象を要素に分解し、それを「縦と横」で比べる手法が出てきます。

分解の例として有名なのが「完璧な女性」を「女・母・妻」の3要素で分けて、それぞれの有無で2の3乗=8通りに整理する話です。一見ふざけた話に見えますが、要するに「知らず知らずのうちに選択肢の一部を外してしまっていないか」を確認するための手続きです。

人は誰でも、無意識に選択肢を捨てています。「そんなはずはない」「常識で考えれば」と言いながら捨てている。その盲点を、要素分解とマトリクスで強制的に開ける。これが第3章の主題です。

第4章の「比較」は、ちきりんさんが証券会社の新人時代に先輩から教わった話に由来します。先輩は「企業分析の基本は2種類の比較だ。財務データはまず競合他社と比較すること。その次に過去と現在を時系列に比較すること。まずはそれだけでいい」と言いました。

これが「縦と横」の比較です。

すべての分析は、この2軸の組み合わせから始まります。本書では9・11テロ事件のとき、CNN・BBC・NHKの3局がそれぞれ違うスタイルで報道していたという話が出てきます。CNNは現場のパニック、BBCは中東政治の背景分析、NHKは日本人社員の安否情報。これは「同じ事象を、別の主体が、別のレベルで扱う」という横の比較の典型例で、各局の世界観の違いがくっきり浮かびます。

分解と比較は、思考の生地を伸ばす作業です。地味だけれど、ここを飛ばすと、結論が薄くなる。

判断基準を絞り込む技術と「レベルをそろえる」

第5・6章のテーマは、絞り込みです。

ちきりんさんは強い言葉で言い切ります。

選択肢が多いから決められないのではない。判断基準が多いから決められないのだ。

例として出てくるのが「婚活女子」です。たくさんの男性のなかから一人を選ぶ場面で、迷いなく動ける女性は、判断基準を1つか2つに絞っています。「経済力」と「相性」など、自分にとって譲れない軸を先に決めている。だから初対面でも瞬時に「ありかなしか」を判断できます。

私たちは仕事や人生の選択で、つい「あれもこれも」と条件を増やしがちです。すると、どの選択肢も一長一短に見えてきて、決められなくなる。優先度の一番高い基準を一つだけ選ぶ。それだけで、細部が消え、本質的なポイントが浮かび上がります。

第6章の「レベルをそろえる」は、議論の場面で効きます。

会議が噛み合わないとき、多くの場合、参加者が話している事象のレベルがずれています。たとえば「アフリカ大陸の国々」と「日本」を同列で語ろうとすると、あちらは54カ国の集合体、こちらは1カ国なので、議論の足場が崩れます。同じレベルのものをそろえて、図解で整理する。すると、議論のズレや、ときには相手が話を意図的にすり替えている本音まで見えてきます。

絞り込みもレベル合わせも、共通しているのは「軸を意識的に作る」という姿勢です。軸がない議論は、ただの感想戦になる。本書はそこを冷たく指摘してきます。

「独自のフィルター」が、世間の評価軸から自分を解放する

第7章は、本書のなかでもとくに人生に効く章です。

世の中には、すでに用意された判断基準(フィルター)があふれています。業界、企業規模、年収、ブランド。就活や転職、家探し、商品選び。すべてがこれらの既製品フィルターで処理されています。

ちきりんさんは、この既製品フィルターは「粗すぎる」と言います。

たとえば「成長できる仕事に就きたい」というフィルターは、何も言っていないのと同じです。成長できない仕事など存在しません。「社会の役に立つ仕事」も同じです。役に立たない仕事も、ほぼ存在しません。

では、どんなフィルターが本当に効くのか。本書はいくつかの軸を例示します。

こうした粒度のフィルターを持っている人は、求人票に書かれた業界や企業規模の情報がほとんど無関係であることに気づきます。

そして本書は、もう一段踏み込みます。

重要なのは、与えられたフィルターをそのまま受け入れて頑張ることではない。自分独自のユニークなフィルターを見つけ、それで勝負することだ。

これは個人のキャリア選びだけでなく、企業の競争戦略にも当てはまります。価格や機能で他社と争うのではなく、新しい評価軸そのものを提示する。ゲームのルールを変える発想です。本書がただの自己啓発書で終わらないのは、この「自分の物差しを作れ」というメッセージに、ビジネス全体への射程があるからです。

データを「トコトン追い詰める」深掘りの作法

第8章は、要約データの罠についてです。

ちきりんさんが取り上げるのは、自殺の原因についての警察庁発表です。「日本の自殺の最大の原因は健康問題である」という見出しが、毎年のようにメディアに流れます。

ところが、本書ではこれを鵜呑みにしません。年齢別、職業別、性別の詳細データに踏み込みます。

これらを並べると、見出しの「健康問題」という言葉が、実は「定年後に経済的・社会的な居場所を失った中高年男性」という、より具体的な像を覆い隠していたことが見えてきます。

ちきりんさんは強い言葉で警告します。

一見もっともらしいデータを鵜呑みにしていると、本質的なことがまったく見えてこない。「もっともらしいデータ」は「疑わしいデータ」より危険である。

ここは本書の白眉だと私は思います。明らかに怪しいデータには、私たちは警戒します。でも、もっともらしいデータには、警戒すらしない。だから誤解が深く埋まる。データを「トコトン追い詰める」というのは、専門家のための言葉ではなく、私たち全員の防御技術です。

視覚化と「思考の棚」──考えを未来に持ち越す仕組み

第9章は視覚化です。本書では「階段グラフ」が紹介されます。

円グラフは内訳の提示には向いていますが、変化の構造には弱い。複数の円グラフを並べても、何がどう増減したかは伝わりません。階段グラフを使うと、「売上は増えたのに、どのコストがどれだけ増えて利益が減ったのか」というプロセスが、一目で見えるようになります。

ちきりんさんは「思考を視覚化することは、思考を言語化することよりも、もっと突き詰めて考えることを求められる」と言います。図にしようとした瞬間、自分の考えの曖昧な部分が露わになる。だから図解は、見せるためのツールである前に、自分の思考をふるいにかけるツールなんです。

そして終章で出てくるのが、本書のラスボス的な概念「思考の棚」です。

思考の棚とは、頭の中にあらかじめ用意しておく整理枠のことです。たとえば「事件の発生場所」と「各国の報道スタイル」を縦軸と横軸にしたマトリクス。新しい情報が入ってきたとき、それがどこに収まる情報なのかが瞬時に分かるようになります。

つまり、情報感度が高い人は、頭の回転が速いのではなく、情報を待ち構える棚をすでに持っているということです。新しいニュースに触れた瞬間、「あの空欄が埋まったな」と棚が反応する。そこから「次はどの空欄を埋めたいか」も自然に出てくる。

知識を保存する=記憶するのではない。知識を洞察につなげるしくみとして思考の棚を作る。これこそが「考える」ということである。

ここまで読むと、本書の最初に出てきた「考える」という定義が、もう一段深い意味で立ち上がってきます。考えるとは、瞬発的なひらめきのことではなく、自分専用の整理棚を組み立てる長い作業のことだったわけです。

実践アクション

本書を読んだあと、私が実際に取り入れている習慣を紹介します。本書のアクションをもとに、無理なく続けられる粒度に落としたものです。

1. 1日1回、ニュースに「なぜ?」と「だからなんなの?」を書く

朝のニュースから一つだけ選びます。いきなり検索しない。まず手元のメモに、「なぜそうなったのか」を3行、「だから自分はどう動くか」を3行書きます。週に5本続けると、ニュースとの関わり方そのものが変わります。

2. 仕事を「情報収集/作業/思考/伝達」に分けて記録する

1日のタスクを終えたあと、3分でいいので分類します。すると、「思考」の時間が驚くほど短いことに気づきます。本書の「考える時間の見える化」を、軽量にやる方法です。

3. 迷ったら、判断基準を1つだけ書き出して紙に貼る

選択肢が多くて迷ったら、選択肢を比べる前に、まず「何で選ぶか」を1つだけ書きます。それを目の前に置いて、その軸だけで一回判断してみる。本書の「判断基準のシンプル化」をそのまま日常に持ち込んだ方法です。

4. 求人や商品を選ぶときは、自分のフィルターを言語化してからにする

業界・規模・年収・ブランドではなく、「成果が見えるまでの期間」「広く浅くか、狭く深くか」など、自分にとって意味のある粒度の軸を一度書き出します。フィルターを変えるだけで、見える求人が変わります。

5. 月に一度、自分の「思考の棚」を見直す

最近読んだ本やニュースを眺め、自分のなかにある棚(テーマ)を更新します。空欄になっている部分を意識すると、次に読むべき本やデータが見えてきます。

おわりに

私が本書を読んで一番ハッとしたのは、「思考は知識より忘れにくい」という一文でした。

人は、一度じっくり考えたことを、知識よりも圧倒的に長く覚えています。これは私の実感とも合います。仕事でも人生でも、印象に残っているのは、苦労して悩んで、自分なりの結論に着地したときの記憶ばかりです。安易に検索して得た「正解」は、たいてい翌週には消えています。

つまり、自分のアタマで考えるという行為は、面倒で、時間がかかって、効率も悪いように見えて、実は最も長く効く投資なんです。

知識は更新されると古びます。しかし、自分の頭で組み立てた論理は、状況が変わっても応用が効きます。本書が「未来に通用する論理の到達点」と思考を定義したのは、そういうことなのだと思います。

検索すれば答えが出てくる時代だからこそ、検索する前に10分だけ自分で考える。その10分の積み重ねが、自分にしか見えない景色を作っていく。本書はそう静かに、けれどはっきりと、背中を押してくれます。


合わせて読みたい

『仕事に生かす地頭力』細谷功 本書が「考える=情報を結論に変換するプロセス」と定義したのに対し、細谷さんはその変換力を「地頭力」として体系化しています。ちきりんさんの「決めるプロセス」を、抽象化・フレームワーク化・仮説思考という3つの土台でさらに掘り下げたい人に向いています。

『アウトプット思考』内田和成 「情報を集めても何も決まらない」という本書のエピソードと真正面からつながる一冊です。ちきりんさんが「決めるプロセスを先に作れ」と言うのに対し、内田さんは「情報収集は現実逃避である」と切り込みます。情報過多で動けない自分を見つめ直すなら、この2冊はセットで効きます。

『知ってるつもり 無知の科学』スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック 本書の副題「知識にだまされない」を、認知科学の側から裏付けてくれる本です。ちきりんさんが直感で言い切る「専門知識ほど思考の邪魔をする」という逆説が、なぜ脳の仕組みとしてそうなるのか。本書を読んだあと、自分の「知っているつもり」を点検したくなったら、次に開くべき一冊です。


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