「良いアイデアがある」と思えた時点で、なぜ危ないのか
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10枚の絵で賞金100ドルを争うとき、自分の絵が勝つ確率は何%でしょうか。
どの絵も同じくらいの出来なら、答えは10%です。ところが、実際に絵を出品した美大生たちに聞くと、平均の答えは52.8%でした。5倍を超えています。
法学者のクリストファー・ブッカフスコ氏とクリストファー・スプリグマン氏が、2011年に発表した実験の一場面です。
自分で生み出したものは、それだけで良く見えてしまう。「良いアイデアがある」という手応えも、同じ仕組みの上に乗っています。
作った人は、買う人の4倍の値段をつける
実験の設計はシンプルです。シカゴ美術館附属美術大学の学生20人が自作の絵を1枚ずつ出品し、10枚ずつ2組に分かれて賞金100ドルを争いました。審査は同校の教員です。
別に集めた学生40人は「買い手」と「持ち主」に分けられました。買い手は、画家から賞金を得る権利をいくらで買うかを答えます。持ち主は、他人が描いた絵の権利をたまたま割り当てられた人で、いくらなら手放すかを答えます。
権利の理屈上の価値は、どの絵も10ドル前後です。
結果は、画家が手放してもよいと答えた額の平均が74.53ドル、持ち主が40.67ドルでした。買い手が払ってもよいと答えた額は17.88ドルです。画家の4分の1に届きません。
持っているだけで値段が上がる現象は「保有効果」として知られています。この実験で見えたのは、その上にさらに上乗せがあることです。同じ権利でも、自分で描いた人は、割り当てられただけの人のほぼ2倍の値をつけました。著者らは、この差の一部を勝つ確率の見積もりの甘さで説明しています。
ただし、画家は20人だけの小さな実験です。買い手まで勝率を31.8%と高めに答えていて、確率の質問がうまく伝わっていなかった可能性もあります。それでも、作った人、持っている人、買う人の順に値が下がる並びは、はっきり出ていました。
田所雅之さんは『起業の科学』で「Ideas are cheap, execution is everything(アイデアそのものは安く、実行がすべて)」という言葉を引き、盗まれるのを恐れて黙っているより、人に話して反応をもらうよう勧めています。
盗まれるのが怖いのは、アイデアを高く見積もっているからです。そして、いちばん高く見積もっているのは、たいてい作った本人です。
目利きのプロでも、自分の案だけは2つ上に置く
では、見る目のある人なら大丈夫なのか。答えは、半分だけ大丈夫です。
スタンフォード大学のジャスティン・バーグ氏は、サーカスの世界でこれを調べました。2016年に経営学の学術誌 Administrative Science Quarterly に載った研究です。
対象はサーカスのプロ339人で、演技を作る「クリエイター」177人と、演目を選ぶ「マネージャー」120人などが含まれます。コンテストに集まった演技の動画から1人10本を無作為に見せ、一般の観客にどれだけ受けるかを予想してもらいました。
答え合わせに使ったのは、一般の観客1万3,248人の反応です。動画を気に入ったか、実際にシェアしたか、演者に報酬の一部を渡したかを測りました。
他人の演技については、クリエイターのほうがマネージャーより正確でした。差は小さいものの、統計的に意味のある差です。作る側の人は、目新しい演技を不当に低く見る失敗が少なかったのです。
ところが、自分の演技が混ざると話が変わります。動画を出品したクリエイター119人は、自分の演技を、一緒に予想した他の演技と比べた順位で、平均およそ2つ高く置いていました。1人が並べたのは自作を含めて11本前後ですから、2つのずれは小さくありません。
同じ動画についてマネージャーの予想と比べられた64人では、順位のずれは作った本人が1.67、マネージャーが0.29でした。他人の案なら当てられる人が、自分の案になると外すのです。
見る目の問題なら、他人の案も外すはずです。外れるのが自分の案だけなら、原因は案との距離にあると考えるのが自然です。たとえば企画会議で複数案から1つを選ぶ場面なら、提案者本人の推しは少し割り引いて聞くのが妥当です。
バーグ氏は論文の最後で、作り手は自分のアイデアにもっと厳しくあるべきだと述べています。ただしそれは発想の初期の話ではなく、ある程度形になり、続けるかどうかを決める段階の話だと断っています。育てている途中の甘さまで消す必要はありません。
「やめたほうがいい」と言われても、3割はお金をかけ続ける
作り手の見積もりが甘いなら、外から評価してもらえばいい。そう考えたくなります。
カナダには、発明を有料で審査する窓口がありました。カナダ・イノベーション・センターの発明家支援プログラムです。発明を37の項目で評価し、AからEの5段階で判定を返します。
判定の精度はかなり高いものでした。1976年から1993年に審査された1,091件のうち、「D(開発の継続は勧めない)」と判定された発明で市場に出たのは4%、「E(中止を強く勧める)」は0%です。
トーマス・オーステブロ氏らは、1994年から2001年にこの審査を受けた発明家に電話調査を行い、830人から回答を得ました。2007年に行動意思決定論の学術誌に発表された研究です。
まず、発明家は、年齢や性別の構成をそろえた一般のカナダ人300人と比べて、楽観的で、自分の判断への自信も過剰でした。
そして、中止を勧める判定を受けた人のうち、29%はその後もお金を、51%は時間をかけ続けていました。楽観度が平均より高い人は、低い人より判定後の支出が166%多くなっていました。判定前に多く使っていた人ほど、判定後もほぼ同じ額を追加で使っていました。
ここには救いもあります。7割はお金をかけるのをやめています。外の評価は、多くの人にはきちんと届くのです。
届きにくくなる条件は、楽観的であることと、すでに多くをつぎ込んでいることでした。自分で生んだアイデアに時間とお金を足すほど、手放しにくくなります。
自分のアイデアを「他人の案」として評価する
3つの研究に共通するのは、アイデアの出来と同じくらい、作った人との距離が評価を動かしている点です。だから対策も、距離を取る方向になります。
誤解:「いいね」と言われたら、前に進む合図 → 単体で見せられたアイデアには、たいてい好意的な答えが返ってきます。
別のやり方:ほかの案と並べて、順位をつけてもらう → バーグ氏の研究で作り手のずれが見えたのは、複数の演技を並べて順位を比べたときでした。たとえば、自分の案を含む5つの案を、誰の案か伏せて並べ、同じ分野の同僚3人に順位をつけてもらいます。自分で付けた順位との差が、そのまま自分の甘さの大きさです。頼む相手は、自分でも案を出している人が向いています。
誤解:「この案、うまくいくと思う?」と聞く → 成否の判定を求められると、相手は遠慮して当たり障りのない答えを返しがちです。
別のやり方:「どこがよかった?なぜ?」と聞き、説明し返してもらう → シーナ・アイエンガー氏は『THINK BIGGER』で、成否ではなく良かった点とその理由を聞くほうが、有用な反応が返ってくると述べています。さらに、アイデアを話した相手に後日「あの案を私に説明してみて」と頼む「プレイバック」も勧めています。相手の説明が自分の意図とずれた箇所が、まだ伝わっていない部分です。
誤解:形にしてから見てもらう → つぎ込んだ時間とお金が増えるほど、否定的な評価を受け入れにくくなります。
別のやり方:投資が小さいうちに、外の評価を受ける → 発明家の調査でも、審査前に使っていた金額は半数の人が234ドル未満でした。たとえば、資料を作り込む前の、メモ1枚の段階で上の2つを試します。今日できるのは、手元のアイデアを3行に書き、同僚1人に「どこがよかった?」と聞いてみることです。
おわりに
「良いアイデアがある」という感覚そのものは、悪いものではありません。オーステブロ氏らの調査でも、発明家は一般の人より楽観的でした。その楽観がなければ、そもそも何かを生み出そうとは思わないでしょう。
危ないのは、その感覚をアイデアの出来の証拠として使うことです。手応えは、アイデアの中身と一緒に、自分との距離の近さまで測ってしまいます。
判定だけは、距離のある人に任せてみてください。
この記事で参考にした本
『起業の科学』田所雅之さん → アイデアを抱え込まず、人に話して反応をもらうことを勧める一冊
『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法』シーナ・アイエンガー氏 → 成否を聞かずに良かった点を聞く質問と、相手に説明し返してもらうプレイバックの手法
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『すごい壁打ち』石川明さん 未完成のアイデアを人に話して考えを進める方法の本です。自分とは遠い人をあえて相手に選ぶ話は、この記事の「距離のある人に判定を任せる」と重なります。
『insight(インサイト)』ターシャ・ユーリック 自分が思う自分と、他人から見た自分のずれを扱う本です。アイデアに限らず、自己評価の甘さを外の目で補う方法が分かります。
作ってから売ろうとすると負けるのは、判定を先送りするから 売ることを後回しにして、市場の判定を先送りしてしまう仕組みを扱ったコラムです。自分の案を高く見積もったまま作り込む前に、どこで確かめるかを考える手がかりになります。