毎日アイデアを書き出す人が見落とす、「選ぶ」という工程
目次
アイデアを3倍出したのに、選び終えたら差が大きく縮んでいた。
ペンシルベニア大学の学生44人を対象にした実験で、実際に起きたことです。
毎日アイデアを書き出す習慣は、ティム・フェリス氏の『巨神のツール』で広く知られるようになりました。投資家で作家のジェームズ・アルトゥーチャー氏は、毎日メモ帳にアイデアを10個書き、10個出なければ20個考えろと勧めています。悪いアイデアをたくさん思いつけば、良いアイデアもおのずと浮かんでくる、という考え方です。
量を出すと良い案の候補が増える。この部分は、あとで見る実験でも確かめられています。引っかかるのは「おのずと」のほうです。書いた中から良い案を見つけるのは、書くのとは別の技術で、多くの人はそこでつまずきます。
案を3倍出しても、選んだ後には差が縮む
INSEADのカラン・ジロトラ氏と、ウォートン校のクリスチャン・ターウィッシュ氏、カール・ウルリッチ氏が、2010年に経営学の学術誌 Management Science に発表した研究です。
製品デザインの授業を取る学生44人が、学生向けのスポーツ用品や、寮や自宅で使う製品の新しいアイデアを考えました。やり方は2通りです。最初から4人で30分話し合う方式と、まず各自で10分考え、そのあと4人で20分話し合う方式。どちらも最後の5分で、グループとして上位5案を選びます。
出た案は合計443件です。その質を、別に集めたMBAの学生41人が事業としての価値で、対象になる大学生88人が「買いたいか」で、それぞれ10段階で評価しました。
先に一人で考える方式は、同じ人数と時間で約3倍の案を出しました。平均の質も高く、出た案のうち上位5案の質でも上回りました。ここまでは「量を出せば良い案も増える」という話そのものです。予想どおりです。
ところが、グループ自身が選んだ上位5案で比べると、様子が変わります。「買いたいか」ではまだ差がありましたが、事業としての価値では統計的な差が消えました。
原因は、選ぶ段階です。グループがつけた順位と評価者の順位の相関は、どちらの方式でも0.2に届きません。著者らは、アイデアを出した人が自分たちの案を評価する力は極めて限られている、と書いています。
良い案は、書いた中にちゃんと入っていました。拾い上げられなかったのです。
人は、独創的な案を自分で外してしまう
選ぶのが苦手なのは、この実験に限った話ではありません。
オランダの心理学者エリック・リーツシェル氏らは2006年、各自で考えた案を持ち寄るグループと、最初から話し合うグループを比べました。各自で考えたグループのほうが案の数が多く、案も独創的でした。ところが、その中から選ばれた案の質には、条件による差がありませんでした。しかも選択の精度は、でたらめに選んだ場合と統計的に区別できない水準でした。
2010年の続報で、リーツシェル氏らはその理由を示しています。人は実現しやすく望ましく見える案を強く好み、そのぶん独創性を削って選んでいました。
独創的な案ほど、実現できるか分からないように見えます。「いちばんいい案は?」と聞かれると、多くの人は知らないうちに「いちばん失敗しなさそうな案」を選びます。
たとえば「チームの会議を減らす方法」を10個書いたとします。「定例を隔週にする」と「議事録をAIに要約させて、出席を任意にする」が並んでいたら、選ばれやすいのは前者でしょう。無難だからです。
前者が悪いわけではありません。ただ、その案なら10個書かなくても思いつけました。
量を出す習慣の価値は、ふだん思いつかない案を手元に置けることです。選ぶたびにそれを外していたら、書いた手間の半分は回収できていません。
見分ける目はある。問い方が曖昧なだけ
では、人には独創的な案を見分ける目がないのか。
そうとも言い切れません。
ノースカロライナ大学グリーンズボロ校のポール・シルビア氏は2008年、大学生226人に4つの発想課題で答えを出してもらいました。そのあと、自分の答えのうちどれがいちばん創造的かを選ばせています。評価者の採点と照らし合わせると、本人の選択は評価者と強く一致していました。
リーツシェル氏らの2010年の研究でも、「創造的な案、独創的な案を選んでください」とはっきり指示すると、選ばれる案の独創性は上がりました。私はこう読んでいます。見分ける力はあっても、問いが「いい案」のままだと、判断は手堅さのほうへ流れる。
ただし、代償もあります。
独創的な案を選んだ人は、自分の選択への満足度が下がり、選んだ案の効果も低めに評価されました。新しさと手堅さは、1回の選択では両立しにくいのです。
もう一つ、選ぶ直前に何をしていたかも結果を動かします。
ジャスティン・バーグ氏が2016年に発表した実験では、米国北東部の私立大学の学生206人を5つの条件に分けました。10分で新製品のアイデアを3つ考える条件、同じ10分で製品の成功を見極める基準を3つ書く条件、何もしない条件などです。
そのあと全員が、特許は取ったがまだ広く売られていない製品4つを、消費者に受けそうな順に並べました。正解の1位は、目新しさも消費者の評価も高い、宅配の荷物を受け取って通知する屋外ボックスです。
1位を正しく当てた割合は、アイデアを考えた条件で77.5%、基準を書いた条件で51.2%、何もしない条件で56.1%でした。アイデアを考えてから基準を書いた条件では、41.0%まで下がっています。
基準を考えた人のほうが外したのです。
評価の基準を並べた直後は、目新しい良い案を低く見やすい。自分でも案を出した直後は、その価値に気づきやすい。そういう傾向が出ています。
ただし、ここで並べたのは他人の案です。自分の案になると、作り手は自作を高く見積もることが、バーグ氏の同じ論文で報告されています。その話は「合わせて読みたい」の1本目で扱っています。
書く習慣に「選ぶ工程」を足す
誤解:10個書いたら、その中からいちばんいい案を1つ選べばいい → 「いい案」とだけ問うと、選ばれるのは手堅い案に寄ります。独創的な案に出番が回ってきません。
別のやり方:週に1回、「いちばん新しい案」に別の印を付ける → リーツシェル氏らやシルビア氏の結果に沿うなら、問いを「新しいか」に絞るだけで、選ばれる案は変わります。たとえば日曜の夜に1週間分を見返し、手堅い1つとは別に、いちばん新しい1つに印を付けます。印を付けた案は、すぐ実行しなくてかまいません。翌週の月曜に、その案をテーマにして10個書きます。新しい案は最初の満足度が低いので、育てる時間を先に取っておく。これは研究からの私の応用です。
誤解:選ぶ前に評価の基準を整理しておくと、判断が正確になる → バーグ氏の実験では、基準を書いてから並べた人ほど、目新しい最良の案を1位にできませんでした。
別のやり方:見返す前に、同じテーマで新しい案を3つ書く → 選ぶ直前の数分を、発想の側に使います。実験は他人の製品案を並べる課題だったので、自分のノートを見返す場面にどこまで効くかは確かめられていません。とはいえ、手間は5分ほどです。
誤解:迷ったら、みんなで話し合って決めればいい → ジロトラ氏らの実験では、各自が一人でつけた順位のほうが、4人で合議した順位より評価者の判断に近いものでした。話し合いが、順位をかえってぶれさせることがあります。
別のやり方:先に一人で順位をつけて書き残し、人に見せるのはそのあと → 自分の順位を残しておけば、他人の意見に引っ張られても元の判断と比べ直せます。人に頼むときも、合議ではなく、各自に別々に順位をつけてもらいます。
もう一つ、1位が良い案だとは限りません。クリエイティブディレクターで、dof代表の齋藤太郎さんは『非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術』で、クリエイターが必死で考えた100案から選別し、時には「全部ダメ」と言うべきだと書いています。10個の中の1位が基準に届かない週は、「該当なし」でかまいません。
おわりに
アルトゥーチャー氏の習慣は、発想の筋肉を鍛える話として語られがちです。研究から見えてくるのは、もう一つの筋肉でした。書いた中から、手堅さに引っ張られずに新しい案を拾う力です。
毎日書くのは、候補を増やす作業です。週に一度、その中から新しい1つに印を付ける日を作ってみてください。書いた日の自分が何を見つけていたのかは、選ぶ日になって初めて分かります。
この記事で参考にした本
『巨神のツール 俺の生存戦略 富編』ティム・フェリス氏 → 毎日アイデアを10個書き、出なければ20個考えるというアルトゥーチャー氏の習慣
『非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術』齋藤太郎さん → 100案から選別し、基準に届かなければ「全部ダメ」と言える絶対評価のバー
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「良いアイデアがある」と思えた時点で、なぜ危ないのか 作り手が自分の案を高く見積もる仕組みを、バーグ氏のサーカス研究などから整理したコラムです。自分の案を人に評価してもらうときの受け方が分かります。
新しいアイデアは「遠いもの同士」から。ただし混ぜるのは少しだけ 新しい案ほどすぐには評価されない理由を、組み合わせの研究から扱っています。「新しさ」と「すぐ使えるか」を別々に採点する方法は、この記事の「別の印」と組み合わせて使えます。
『ゼロ秒思考』赤羽雄二さん A4の紙1枚に1分で書き出すメモ書きを、毎日10ページ続ける方法の本です。書く習慣そのものを作りたい人は、ここから始めると続けやすくなります。